東京終戦 2
叙勲式典から数日後、サナちゃん達巨人特殊部隊の3人は本日付けを以て帰国をする事になっている。
炊飯部隊や現場で交流のあった自衛官、司令所勤務の隊員、防衛省のお歴々が基地司令に謝意を伝えた後、皆揃ってサナちゃんの元へと挨拶に向かった。
私は昨夜の内に私的に挨拶を済ませているので、今日あの子に言うことは無い。
「こんな所に居たのか小夜」
「・・・」
背中に掛けられた声は髭の中隊長佐藤さんだ、私は振り向かずに頷きで返す。
「良いんですか施設科の中隊長がこんな所に居て、道路の復旧作業もあるでしょうに」
「ははは、施設科の出番はもう少し先だよ、一部道路の補修はあるけど、先ずは不発弾と除染、ナマモノの撤去からだな。
小夜こそあの子に挨拶はいいのか?」
「私は昨日の内に済ませたので・・・」
「そうか」
炊飯部隊の為に米軍基地内に仮設された二階建ての建物の屋上からは、広い滑走路が見渡せる。
手摺りに寄っかかる私の隣りに中隊長が並んだ。
「お前、なんでそんな号泣しているんだ・・・」
「っ、あの子が本当に幸せそうで、知ってました?
サナちゃん医師を目指すって、作戦中も勉強を欠かさず、あんなに大変なのに」
「いや初耳だよ、そうか、医師か」
「ええ、あんなに笑う子だなんて、良かった、日本を出て、本当に・・・」
「まあ、そうだな・・・」
私の発言は自衛官としては失格だ、【穴】の脅威は未だにあるのだから特別戦力である巨人は1人でも良いから日本国内に居て貰うのが国防上では正解。
そんな国防視点を置いて、あの子の幸せに喜んでアメリカへ帰国するのを心の底から祝福している。
本来なら彼女と親しい私は笑顔の仮面を被り、同情でも引いて日本国に留まるように差し向けるべきだ。
実際、防衛省上層部、内閣の閣議でもそういった話は挙がっていたようで、事務次官の方から「巨人の、日本滞在を引き伸ばせないか?」と聞かれている。
この質問はとても官僚的な質問で、問い掛ける形をしているものの事実上の引き留め工作をしろ、と言われてるも同然の内容だった。
私はサナちゃんがハイスクールに通っている事、来年には大学受験がある事、作戦期間中も空き時間は勉強に費やしていた事などを伝えた。
事務次官はエリートだ、官僚の中でも国内最高峰の学歴を持つ人間なので、その意味は良く理解してくれた。
「解った、そうだな、済まない不粋な事を言った、忘れてくれ」
事務次官自身を支える学歴を、あの子に、サナちゃんには捨てて日本の国防に身を捧げろと言うのですか?
やや皮肉の効いた表現になってしまったけど、アメリカ国籍の前途有望な女子高生にこれ以上望むものでは無い。
その後、引き留めやそれに類する話は全く聞こえてこなかったので事務次官から更に上、総理も理解してくれたようで私はそっと胸を撫で下ろしたのだった。
ガシガシと袖で乱暴に涙を拭く、
「それにしても、問題が次から次へと」
「そうですね」
東京災害が一応の幕引きとなったあの日、国防上の最大の懸念が現実となっていた。
敵国の侵略、即ち戦争が日本国に襲いかかったのだった。
侵略国はロシア。
サハリンから出港したロシア海軍の大艦隊は、目と鼻の先にある宗谷岬へ向けて侵略を開始、発端は・・・そう、東京災害だ。
東京で起きたモンスター災害、民間人400万人超の犠牲者を出したニュースは世界に駆け巡った。
そこで問題になったのが犠牲者の数も然ることながら、自衛隊が殆ど無抵抗のままだった事。
脅威を前にして只の案山子に過ぎないと隣国に思われたのは防衛上最大の失敗になる。
事実、ロシア海軍は攻めてきた、専守防衛を主としている自衛隊、先制攻撃は確定の戦争に勝機を見出したと分析されている。
「はあ、自衛隊辞めようかな」
「おいおい止してくれ、総理も辞める気満々だし!」
「いやあ、正直シンドくてですね」
「他の隊員からも辞めるって声が聞こえてくるんだが」
「頑張って下さい中隊長!」
半分本気、半分冗談で話していると視線の先の滑走路にはアメリカの極超音速機とワイヤーに繋がれたサナちゃん達が立っていた。
「「・・・」」
思わず無言になる私と中隊長を余所に、一機目が轟音を挙げて加速していく。
キィィィィィィィ——————
飛ぶ為に加速する飛行機、繋がれたワイヤー、走るリリィ部隊長。
何もかもがシュールな光景だった
ゴォォォォォ———————
離陸した機体にぶら下がり、吊られて巨人リリィが空へと舞い上がる。
「本当に空輸して来たんですね」
「だな」
東京に降り立ったサナちゃん達がHALO降下で現れたのに驚いたけど、実際に離陸する光景を見ると、これはこれで呆れるばかりだ。
続いてサナちゃんが滑走路に立ち、身体を軽く解している。
途中、私に気付いた彼女は笑顔で手を振って滑走路を駆け、日本の地を去って行った。
「ぐわああああ!またかよ!!!」
最後にライアン少尉が足を滑らせ、滑走路を引き摺られて離陸していく様は何とも言えない気持ちになってしまった。
聞けば数時間でワシントンDCに到着するというが、方法としては速いけど、問題もあるのではと思いたくなる。
「ふふっ」
「くっ、はは!」
私と中隊長は屋上で点になる彼等を見ながら大きな声で笑った。




