パーティー後の奥様と旦那様
何だかレオナルド王子殿下に変な認識をされてしまったような気もしますが、想像していたよりずっと気さくな方でした。途中から緊張もほぐれてお話出来たのですが……。
「……エル」
パーティーから帰ってから、ロルフ様がべったりになってしまいました。
レオナルド王子殿下の言葉が今も突き刺さっているらしくて、今までの分を取り返そうとしているのか兎に角べったりです。
ドレスのままべったりはドレスの形が崩れてしまうので着替えようとするのですが、ロルフ様は中々離してくれなくて……アマーリエ様に引き剥がされて、漸くお着替え出来ました。因みにアマーリエ様にはロルフ様、怒られてました。
化粧を落としてドレスも脱ぎ捨て装飾品も取り外すと、魔法が解けたような感覚です。
でもまあ、おとぎ話に魔法にかけられて舞踏会に行った女の子のお話がありますが、あれは女の子が元から綺麗だったのですよね。私は上辺を上手く取り繕ってるだけですし。
そうして入浴後の寝室で、ロルフ様は私を膝に抱えてずっと抱き締めるのです。お人形宜しくぎゅむっと抱き締めてくるので若干鳩尾が絞まってるのですが、苦しくはない程度なので指摘はしません。
「エル、怒ってないか?」
「何で怒るのですか?」
「……その、結婚した時の事を思い出して」
「怒ってませんよ。心配性ですねえ」
確かに、出会いはとてもではありませんが良いものとは言えませんでした。
ロルフ様と結婚出来た事は当時でも僥倖としか言いようがありませんが、結婚生活自体はとても冷たいものではありましたね。
興味を持ってくれない旦那様と、嫌われるのが怖くて息を殺していた妻。それは暖かい家庭からは程遠かったのだと、今では思い返して苦笑出来るまでには過去のものとなっているんですよ。
「あの時のロルフ様に今のような態度を求める事なんて出来ませんよ。実際あの時のロルフ様は私に興味なかったのは事実でしょう?」
「それは……そう、だが」
「互いの事を知らずに結婚したのですし、仕方ありません。それに、私もロルフ様を知ろうとか好かれようという努力がなかったのです。私から話し掛ける事もなかったでしょう?」
嫌われるのが怖くて、ただ空気になっていただけ。好かれる事なんてないと諦めて、ただクラウスナーに嫁げた事だけを感謝する毎日でした。
けど、それが不幸ばかりといえばそうでもないのです。
「極論、あれで良かったのです。その分、こうして愛される今の尊さが分かりますし」
「しかし」
「私の方こそ謝らなければならないのですよ、ロルフ様。パーティー会場では酷い事言ってごめんなさい。その、女心分かってないとか駄目駄目とか……」
「実際分かってないから責められて仕方ないのだぞ。私は、そういう事に疎い。……エルを傷付けてきたのだろう」
「……私が勝手に傷付いてるのですよ。それに、誤解や擦れ違いがあったから今の私達が居るのです。だから、気にしないでください」
あの頃の私達が居たからこそ、今の私達が在るのです。だから、その事を今から責めるつもりもありませんし、ロルフ様が悪いという訳でもないのです。
それに私がロルフ様を責める訳がないでしょう、こうして愛してくださって、大切にして下さっているのです。……ちょっぴり、むっつり……と言うのでしょうか、そういう意図はなくても胸や太腿を触りたがりますけど、それも可愛い所ですし(最近はオイタは駄目ですよとあしらう事を覚えました)。
だから良いのですよ、と微笑んでロルフ様の胸に重心を寄せて見上げると、ロルフ様はちょっぴり困ったような笑顔を浮かべて、それからそっと頬を撫でてきます。
その仕草は、最初からは考えられないくらいに、優しくて、慈しみのあるもの。……変わったのは、私もロルフ様も一緒なんですよ。
「ロルフ様は、私の事好きですか?」
「勿論」
「じゃあ良いです。それだけで充分です」
「……他に私にして欲しい事はないのか?」
「そうですね、今日は疲れたから、早く寝たいです。ロルフ様にぎゅっとして欲しいです」
「分かった」
言うや否や私ごとベッドに転がり込むロルフ様。
こうなる事は予想できていたので驚きもせず、ただ衝撃を殺して優しくベッドに横にさせられ、ロルフ様に抱き締められるまま。望んだとはいえ即断即決即実行なロルフ様に、私には本当に甘いですよね、なんて擽ったさにも似た充足感が胸に宿ります。
もうこうして抱き締めて貰う事には慣れましたが、それでもどきどきは止まない。心地好さと幸福感が日を増す毎に増えていって、きっと私は幸せが体から滲んでいるのかもしれません。
「エル」
「はい、ロルフ様」
「……今日のドレス姿はとても綺麗だった。誰よりも、ずっと綺麗だったぞ」
「あ、ありがとうございます。誰よりもは言い過ぎだと思いますけど」
「そんな事はない。私にとっては世界一だぞ」
「ロルフ様にとって、でしょう?」
「当たり前だろう、他人にとって世界一だと思われては拐かされてしまいかねないからな。だから私だけが真に魅力を理解していれば良いと思うのだが、駄目か?」
「……ロルフ様って、本当に……そういうのは恥ずかしげもなく言えますよね」
「問題あるのか?」
「……いいえ、私の心臓が破裂しそうなだけで」
いつもいつも、ロルフ様は、私の心臓に耐久訓練を課してくるのです。慣れたかと思ったら、こうして新たな爆弾を放り込んで来る。お陰で、今日も心臓は平常より何割増しも早いのです。
もう、とロルフ様に唇を尖らせて不服を申し立てると、ロルフ様は不思議そうにしていましたが、そのまま私の胸に顔を埋めて耳を立てるのです。
余計に燃料を投下されて心臓がまたうるさくなる私に「本当だな、とても鼓動が早い」と顔半分だけ上げて笑うから、それでまた強まる胸の高鳴り。
……ロルフ様のばか。あとすりすりしないで下さい。
「ロルフ様」
「寝る時は良いのではなかったか?」
「……もう。そういう所、ロルフ様は甘えん坊さんですね」
「エル限定だぞ。エルだって私に甘えん坊ではないか。寝る時は胸に顔を埋めてすり寄ってくるぞ」
「それはそうですけど……」
「だから私もして良い筈だ」
いや、確かに甘えてますけど、ロルフ様の甘え方はべったりというか。……嫌じゃないですけど。ロルフ様にこの体勢が何とも思われてなさそうなのは、女として複雑だったり。
でもまあこれもロルフ様らしいよな、とは思います。
「……ロルフ様、私はロルフ様に包まれて寝たいですよ?」
流石にこの体勢を続けられると恥ずかしいのでおねだりしてみると、ロルフ様はぱちぱちと瞬きをして。逆に私を包み込むように腕枕してくれました。
……昔では考えられない程に、ロルフ様って優しくて労ってくれますよね。いえ、昔はそれ以前に話さなかったのですけど。寝室だって別でしたし。
変わったなあ、なんてほっこりして良いやらしんみりして良いやら不思議な気分でいた私に、ロルフ様はゆっくりと髪を梳いてくれます。慈しむように、愛おしむように。
地肌を撫でる緩やかな動きは、とても心地好い。
とろん、と自然と瞼と頬の力が抜けて緩む顔に、ロルフ様は声を出さずに笑って。
「……うん、やはりこれが良いな」
「何がですか?」
「いや、めかしこんだエルも可愛らしかったが、こうして髪を下ろしている普段のエルの方が私は好きだ。……こんなに無防備なお前は、私だけに見せてくれるのだろう?」
……ああ、もう。
ロルフ様は、いつも私の心を掻き乱すのです。
「……寝ます」
「答えは?」
「……分かってる癖に」
「うむ、知っているが確認を取りたいのだ」
「……ロルフ様にしか見せません!」
それだけ口早に言ってロルフ様の胸に顔を埋めると、ロルフ様は静かに笑って私を抱き寄せて隙間を零に。
満足そうに頭を撫でてくるのが何だか気恥ずかしくて、でも、嬉しくて。きっとロルフ様には、ずっと敵いません。
私ばっかりどきどきして、胸がおかしくなりそうです。……どうにかして、ロルフ様をどきどきさせられないでしょうか。
「ロルフ様、大好きです」
「知ってるが」
「……ぅ」
照れさせようと告白してみるものの、ロルフ様にはちっとも効果がなくてただ嬉しそう。寧ろ私に羞恥が返ってきます。
だからこれ以上は反撃を考えるのはやめておいて、私はただロルフ様の胸に顔を擦り寄せて現実逃避も兼ねて寝てしまう事にしました。
……ちょっとロルフ様も心臓がどきどきしている気がしましたけど、私なんかその比ではないので、いつか凄く胸を高鳴らせてみせます。
「……お休みエル。私だけのお姫様」
「!?」
「レオナルドから寝る前に囁くと良いと聞いたのだが……効果は抜群だったか?」
慌てて顔をあげた私の頬が真っ赤に染まっているのを満足そうに眺めたロルフ様に、私はもう何も言えなくて唸りながらぐりぐりとロルフ様の胸に額を押し付けておきました。
因みにパーティーの後日、レオナルド王子殿下から荷物が届いて何なのかと戦慄しましたが、開けてみたら本が数十冊。巷で話題らしい恋愛小説の数々です。
『ロルフはこれで少しは女心を勉強すると良いよ』
そんな手紙が添えられていて、私はどうして良いのやら分からず困った笑みを浮かべてロルフ様にその本をお届けするのでした。




