奥様、めかし込む
そんな訳で、私のドレスはアマーリエ様が張り切って仕切った結果、とても素晴らしいものが出来ました。というか、こんなにも綺麗で華やかなドレスが完成するとか思ってませんでしたよ。
光沢のある生地で出来た、見るだけで気後れしそうな程に豪奢なドレス。私が着ても良いのか不安でしたが……アマーリエ様に「エルちゃんなら似合うわよ、私が見立てたものだし!」と自信満々に力説されたのでちょっとだけ自信が付きました。
ロルフ様は、褒めて下さるでしょうか。
身に纏った姿は、ロルフ様には直前に見せる事になっています。何でもビックリさせたいとかなんとか。
そんな訳でお呼ばれ当日になったのですが……アマーリエ様が、張り切って私の事をめかしつけるのです。そりゃあもう、嬉々として。何でご自分の格好より私の格好を重視するのでしょうか。
「趣味よ。あと可愛い義娘を飾り付けるのは楽しいじゃない」
ウィンクまでされて、私はアマーリエ様にされるがままにあれこれお化粧や髪型セットをされました。まさか直々にされるとか。
そんな訳でアマーリエ様におめかしされた私は、何故かきらきらした瞳のアマーリエ様にせっつかれて、部屋で待機しているロルフ様の元に向かいます。
……こんな華やかなドレス、初めてで、ちょっと動きにくい。アマーリエ様が気を付けて下さって踝が見える丈の長さのドレスにして下さっているので、比較的動きやすいのでしょうが……着なれないというのがやっぱり大きいですね。
本当に似合っているのでしょうか、私。アマーリエ様には太鼓判を押されましたけど……贔屓目込みの気がします。
……そりゃあロルフ様なら褒めて下さるとは思いますけど、それってええと、惚れた欲目とか痘痕も靨というやつでしょうし。
「ロルフ様、入りますよ?」
兎も角ロルフ様に会ってみない事には、と待機している部屋の前で声をかけ、ノックをしてから扉を開けて……。
「おおエ、……ル」
視界に真っ先に入ったロルフ様の姿に、私は即座に扉を締めました。
勢いよく閉めすぎて大きな音を立ててしまいましたが、今はそんな事、どうでもよさ過ぎて配慮なんて頭から吹き飛んでいました。
……な、何でしょう、あのとてつもない眩しい輝きを放った男性は。気のせいか私の旦那様のお顔だったのですが。
「エル!? 今何で閉めた!?」
心を落ち着かせようとロルフ様を視界から物理的に追い出した私に、ロルフ様は狼狽えた声を扉の向こうから聞かせてくれます。
何故閉めたかなんて、そんなの決まってます。……ロルフ様が眩しすぎて、視界に入れるのが辛かったからです。
だって、ロルフ様って普段は身嗜みに無頓着で、ラフな格好とかで過ごす事が多いのです。着飾るなんて概念存在してなかったのです。外行きのも基本は魔導師のコートが多かったのです。
それが、今のロルフ様はきっちり盛装。豪奢な装いで、髪は綺麗に梳かれて整えられています。
ロルフ様自体とても見目麗しい方なのですが、余所行きの服装やきりりと引き締まった表情に、とても、心臓と頭が揺さぶられたというか。……あ、あんなに格好良いとか、聞いてません。
「何でもないです!」
「何でもなくないだろう!? 今勢いよく閉めたよな!? そんなに私の盛装は駄目だったのか!?」
「違います! 似合いすぎて直視出来なかったのです!」
「普段と変わらないだろう!」
「だってロルフ様普段服装に頓着しないでしょう! 私が直さなきゃ髪の毛も寝癖付いたまま出勤するし! 最近ロルフ様が可愛くて仕方ないのですよ!?」
「それは何かおかしいだろう!?」
「おかしくないです! だから今凄く格好いいロルフ様に腰が抜けそうになったので暫く顔を合わせたくないです!」
「無茶を言うな! 私もエルが見たい! 一瞬しか見れなかっただろう!」
「隣に並びたくないです! 私がどれだけ見劣りすると思ってるのですか!」
「そんな事はないから此処を開けさせてくれ!」
ガチャガチャとドアノブが取れそうな勢いで捻るロルフ様と、必死に抵抗してドアが開かないようにする私。
傍から見たら何やっているんだという攻防かもしれませんけど、私的にはとても大真面目です。だって、あのロルフ様は破壊力が凄いと言いますか、格好良すぎて、変な声が出てしまいそう。
そもそもロルフ様はとても見目麗しいお方だとは常々思っておりますが、あんな……きらきらしてるなんて、卑怯です。攻防戦のせいかもしれませんが心臓が飛び出しそうなくらいに跳ねていて、落ち着かない。
兎に角無理ですと開かないように抵抗する私。
ロルフ様も今は手加減してくれていますが、段々焦れて来たのか「いい加減にしないと扉を壊すぞ」と物騒な事を言い出したのです。流石にそれはまずいと見えていないでしょうけど首を振ります。
「エル、兎に角開けても良いか。エルを馬鹿にしたりはしない、寧ろ褒め殺しで行く所存だ」
「パーティーに行く前から殺さないで下さい! ただでさえ緊張で死にそうなのに……!」
「大丈夫だ、私が蘇生しよう。口付けで息を吹き返す事もあるのだろう?」
「それはお伽噺です!」
口付けで生き返るお伽噺を信じてたロルフ様がちょっと可愛いとか思いつつも、それをされたらもう恥ずかしさとその他諸々で復活出来なさそうです。
だから止めてと言おうとして……がくん、と重心が前に傾きます。
口論というか会話で扉を閉める力が緩まってしまい、それを狙ったロルフ様が一気に扉を開け放ったのです。
当然ノブを握っていた私はそのまま前に倒れ込むように引き寄せられて……とす、としっかりした体に抱き留められます。誰なんて言わなくても、分かりました。
「……捕まえた」
お腹の奥を疼かせるような、低くて甘い低音が、耳に注ぎ込まれます。
本人は意図していないのでしょうが、それはとっても背筋に来るというか、いとも容易く腰を砕く破壊力満載の甘い声で、堪らず膝から力が抜けて折れてしまいます。
どっ、どっ、とロルフ様に壊されそうな心臓の音が、ずっと体内に鳴り響いている。こんなに密着したら、ロルフ様に聞こえてしまうのではないかと心配するくらいに。
そんな私をロルフ様は支えて、それから何処か惚けたような私に、しっとりと濡れたような艶やかな笑みを向けてきました。
溢れている色気がいつもより五割増しなのは、ロルフ様が盛装をしているからでしょうか。
「……ほら、心配する事はなかっただろう? とても似合っている。絵本から抜け出してきたお姫様のようだ」
「……っど、何処でそんな口説き文句を覚えてきたのですか……!」
「口説き文句……と言われてもな。思った事を口にしたのだが……駄目だったか?」
……そっちの方が質が悪いの、ロルフ様は分かってません。
うう、と呻いて羞恥を誤魔化す事に集中する私に、愛しの旦那様は私をしっかりと地面に立たせ、それから改めてもう一度私の姿を視界に写します。
今の姿は、オレンジ色のドレス。
傷を隠す為にワンショルダーのドレスを選んでいますので、袖はなく腕と片側の肩は剥き出しです。その上しっかり採寸されて体のラインに沿うようにドレスを設計されているので、体型が浮き出ていて、ちょっと恥ずかしい。
スカート部はティアードタイプでゆったりとしたフリルと裾にはレースがあしらわれていて、女の子っぽさを強調するようなデザイン。
裾はちょっと短くて足首が見えているので、ボリュームがありながら重苦しさのない、すっきりと軽めのデザインに仕立てられています。
……ドレスは完璧なのですが、肝心の中身が私なので、ちょっと台無しなんじゃないかと不安になりましたが……ロルフ様には、喜んで頂けたようです。
「とても似合っている。皆に見せるのが勿体ない、私が独り占めしたい」
「もう……」
緩く巻いた髪を一房掬い上げて口付けるロルフ様に、羞恥は引いてくれません。ただ、本心から口にしていると分かるから、嬉しい。私に嘘はつかない人ですから。
一気に胸が熱くなった私に、ロルフ様は満足そうに微笑んで……途中で、ふむ、と口許に手を当てて少しだけ残念そうな顔に。
「……惜しいな」
「え?」
「いや、化粧をしているから、キスしたら駄目だろう? 帰ってからのお楽しみになるな、と」
「……っ」
これを崩したら母上に殺されるからな、と染々呟くロルフ様。
……私、帰って寝るまで心臓が壊れてしまわないように耐えきれるかな。
だって、ロルフ様、凄く格好いいし、今日はやけに色っぽいのです。口付けられたら、心臓が溶けてしまいそう。望まれるなら全部差し出してしまいそうなくらいには、魅力と色気が内側から溢れているのです。
……毎日どきどきしてるのに、今日は、それとは違ったどきどきで、体の熱は収まってくれそうにありません。
「エルを皆の視線にさらすくらいなら、このまま引きこもるというのもありだな」
「駄目と仰ったのはロルフ様です」
「そうだな。では、帰るまで我慢しようか」
「……そうしてください」
……ロルフ様が我慢しきった後、おうちでどれだけキスの雨が降ってくるか想像もつきませんが、多分きっと、溺れてしまうくらいに降り注ぐのでしょう。
それが嬉しいと思うくらいには、私はロルフ様の愛にどっぷりと浸かり慣れているのです。いえ、キスとかハグは未だに慣れませんけど。
取り敢えず全部帰ってから、という約束で落ち着く事になったロルフ様ですが、やっぱり物足りないのか私の姿をじーっと見詰めて。
「これくらいなら許されるか?」
「え?」
これくらいが何を指すのか分からなくて聞き返すと、ロルフ様は私の傷を隠している布地に指を引っ掛けて、そのまま肩から下ろすようにずらすのです。
流石にこれには驚きすぎて後退しようと思ったのに、ロルフ様に背中に手を回されて一歩も動けません。
露になった肌に、ロルフ様はそのまま顔を寄せて、走る傷痕に口付けます。びくりと擽ったさとえもいわれぬ感覚に体を震わせて身を捩る私に、ロルフ様は意を介さず傷痕にまた口付けを落としていく。
念入りに、丹念に、刻み込むように唇で触れられて、感覚の鈍い筈の傷痕がじんじんと熱をもって唸ります。
触れられる度に過敏に反応してしまって背筋が震えるのに、ロルフ様は止めてくれなくて、そのまま見える範囲での傷に口付けを終えて……それから、その横の肌に、軽く吸い付きました。
本当に小さな痛みではありますが、何をされたのかは経験上分かります。慌てて確認するとドレスに隠れる範囲で、安心して良いやら怒ったら良いやらで複雑な気分でした。
「……ロルフ様、何をしてらっしゃるのですか」
「これは、お前へのおまじないだ。……可愛いエルが、何処にも行ってしまわぬように」
「それは呪縛的な意味ですか」
「そうだな。私はお前を手離してやれない。……此処まで執着を持たせたのは、エルだ」
私を変えたのはお前なのだから、責任は取って欲しい。そう悪戯っぽく微笑んだロルフ様に、……変えられたのは私の方なんですよ、と小さく囁いて、それからそっとロルフ様の頬に掌を添わせます。
「……おまじないがなくとも、私はロルフ様の元に居ます。というか、ロルフ様は手放したりなんかしないでしょう?」
「当たり前だろう。……エルは私のものだ。誰にも渡したりしない」
「はい、いつまでもあなたのものです。……ですけど、人前でキスとかしちゃ駄目ですからね」
「む」
「おうちまで、我慢です」
不満げに尖った唇を人差し指でつつくと、少しだけ和らぐ瞳。
「家に帰ったら沢山していいのか?」
「……応相談です」
「分かった、して良いのだな」
「どうしてそうなったんですか!」
「お前は押せば負けてくれると知っているからな」
「……もう」
そこを理解している分質が悪いのです、と私まで唇が尖ってしまって、ここぞとばかりにロルフ様も私の唇をつつき返してはお互いに笑い合いました。
因みにロルフ様の指には口紅が証拠のようについてしまい、後にアマーリエ様に「口紅塗り直しなのだけど?」と笑顔で叱られる事になりました。




