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奥様の誕生日 前編

「エルは幾つだっただろうか」


 恒例の夜寝る前の会話をする私達夫婦ですが、今日の話題は家族の年齢についてでした。と、いうのもロルフ様の職場の方が丁度誕生日を迎えたらしく細やかなお祝いをしたからだそうです。


 何でも女性の方らしくて歳を取る事を嘆いていたそうで、ロルフ様が「別に一つ二つ年老いた所で変わるまい」と言って怒らせたそうな。……ロルフ様、女性に年齢の事を言うのは厳禁なのですよ?


 私は聞かれた所で困りはしないのですが、ロルフ様は気にした方が良いと思います。というか私の年齢を正確にご存知でないというのは複雑ですね……いえ、結婚した当初を考えれば仕方ないのですが。


「私ですか? 今十六歳です」

「そうか。私と五つ違いなのだったな」

「そうですね」


 成人して一年くらいでロルフ様と結婚したので、個人的には早い結婚だなあ、と思っております。


 ……よく考えれば、もう少しで一年が経とうとしているのですよね。この一年、本当に色々ありましたね。私にとって、この一年程濃密な時間はありませんでした。

 私はきっと、この一年でとても幸せを貰ったのだと思います。


「成人していたのだったな」

「そりゃあ結婚出来ますから。ロルフ様は大人っぽくて良いですよね」

「実際成人しているが。エルは……ふむ。まだ幼さは抜けないな」

「うっ」


 何気無い言葉がダメージです。

 ……そりゃあ、自分だって大人っぽいとは思いませんけど。顔もまだ、大人の女性って言い切れるような見掛けではないですから。


「で、でも、明後日で十七歳になります」

「……明後日?」

「はい。短い間ですが四歳違いになりますよ」


 明後日が来れば、私は十七になります。あんまり実感ないんですけどね。

 そんな訳で明後日からロルフ様とは四歳差。……といってもロルフ様の誕生日は私の数ヵ月後なので、直ぐに歳の差は元通りですが。


 だからちょっとは大人になりますよ、と胸を張ってみせると、何故か顰めっ面をされてしまいました。……何か変な事を言ってしまったでしょうか?


「……エルは明後日、誕生日、なのか?」

「そんな強調しなくても」


 ちゃんとはっきり言ったので聞き取りにくかったという事はないとと思うのですが、恐る恐る聞き返されたので頷きます。

 途端に渋面が濃くなって、私の肩を掴んで、怖いくらいに真っ直ぐな眼差しを向けてきました。びく、と体を揺らしても、離してくれません。


「何故言わなかった」

「何故って……言う必要もないかな、と。私にとって自分の誕生日って大した出来事でないですから」


 びっくりした、内緒にされてた事に不満だったんですね。

 でも、別に自分の誕生日をわざわざ言う必要ないと思うのです。言ったら言ったで祝えってせがんでいるようで、申し訳ないですし。


「大した事でない、と」

「あ、人の誕生日は違いますよ? 自分のは特に祝う事でもないかな、と。実際祝う人間なんて居ませんでしたから」


 無論、ロルフ様の誕生日なら心からお祝いしますし、私に出来る精一杯の事をします。

 けど、正直自分の事となると、どうでも良いというか……別に特段祝うべきものでもないって思ってますので。


 私にとって、自分の誕生日はただ生まれた日ってだけです。今までそう過ごしてきましたから。


 私としては辛くもなんともないのに、ロルフ様はまるで自分が傷付いたような顔をするものだから、此方としてもそんな顔をさせたかった訳ではないので慌ててしまいます。 


「あ、別に引きずってる訳ではないのですよ? ただ、祝われたのは小さい頃だけでしたし、傷を負ってから祝われる事なんてありませんでした。それで慣れてるので、別に自分のお祝いは特にしようとか思いませんし……」

「……エル、お前はその謙虚なところは美徳だが、行き過ぎると卑屈になる。もっと主張してくれても良いのだぞ」

「お気持ちだけでも嬉しいですから」


 今の会話を聞いていたら、ロルフ様はお祝いしてくれる気持ちがあるみたいです。私は、それだけで充分に満足しています。

 おめでとうの一言があったら、もうそれで幸せ。我が儘を言うつもりなんてないですから。


 これは紛れもない本心なのですが、ロルフ様は表情を軋ませて切なそうに瞳を伏せます。……そんな顔をさせたかった訳では、ないのですが。


「……祝いたいと思うのは迷惑なのか」

「いえ、そんな事はないですよ。ありがとうございます」


 気持ちだけで充分に嬉しいのは、本当の気持ち。大好きな人に祝われるのは、嬉しい。

 ですが、それ以上を求めようとは思いません。嫌とかではなくて、ただ純粋にそれだけで満足出来るのです。今までが今まででしたし、もうお祝いの一言で、胸が温かくなるのです。


 だから気に病まなくとも、と軽く笑ってみせても、ロルフ様は渋い顔を崩そうとはしません。

 ……ロルフ様の事ですから、きっと実の両親を内心で責めているのでしょうが……私としては、もう乗り越えた事ですし、何でもない事なので。


「では、一つだけ我が儘を言っても良いですか?」

「私に出来る事ならば何でもするぞ!」

「そ、そんな食い気味に来なくても。……朝起きたら、おめでとうって言ってくれたら、嬉しいです」


 朝一番に、ロルフ様から言ってくれたら、それだけで幸せです。私はアマーリエ様達には言ってませんし、ロルフ様にしか言ってもらえませんから。


「……どうして私の妻は……」

「はい?」

「他に! 他には!」

「えええ? 別にこれといって……」


 何かロルフ様がやけに縋って来るので若干戸惑いつつ、自分のして欲しい事を考えてみたりするのですが、私って今満たされてるので特に思い当たらないんですよね。

 でも言わなきゃロルフ様は納得してくれそうにありません。お気持ちだけで嬉しいというのは本音なのですけど……。


「んー……そうですね。……じゃあ、その日はロルフ様が側に居てくれたら、嬉しいです。あ、でも明後日ってお仕事で、」

「休む」

「えええ」

「当たり前だろう、エルの誕生日だろう」

「そ、それは有り難いのですが……その、良いのですか?」

「ああ。休む、何があっても休む、絶対休む」

「……職場の方がびっくりでしょうね……」


 まさかの絶対休む発言。

 あの研究熱心で睡眠や食事よりも研究を優先しがちなロルフ様が私情で休むなんて、研究所の皆さんも驚きでしょうね……。いえ、私の為なのでそこは申し訳ない限りですけど。


「大丈夫だ、大体の奴等にエル大好きなのは知れ渡っている。理由さえ説明すれば納得するだろう」

「……え?」

「エルの訪問と、誘拐騒ぎで私が職場で取り乱してな。その時にまあ」


  ……つまり、私の存在は皆さんに知られてしまったと……?


「私、これから研究所に行けない……っ」

「何故だ。別に申請すれば多分入れるぞ?」

「そういう問題じゃなくて! そ、そういう風に知られてるとか、恥ずかしいじゃないですか!」

「……そうか? 別に何も恥じる事はないぞ。お前は私の自慢の妻で、」

「それ職場で絶対に言わないで下さいね!?」


 多分のろけと取られますから! ど、どうしましょう、この調子だと確実にロルフ様はイメージ崩れてる気がします! もし私のせいで幻滅とかされてたら……っ。


「……む。駄目なのか?」

「その調子だと言ってますね……?」

「 ……聞いてきた奴か、まだ言い寄ってくる女にしか言ってないぞ」


 自分からは言ってないぞ、安心しろ。

 そうちょっぴり自慢気に宣うロルフ様に、私は「やっぱり言ってるんじゃないですか!」堪らずと腕を掴んで揺さぶります。


 ロルフ様が女性にモテるのは見掛け的にも家柄的にも能力的にも頷けるのでなるべく気にしたりしないようにしてますが、やっぱりもやっとして……でも今回はその女性方に同情です。のろけを聞かされてはすごすごと退散するしかないでしょうし。


「……そんなに問題あるか?」

「大有りです」

「ふむ。ならばエルが自慢の妻だと言うのはなるべく胸に秘めておこう。代わりにエルを直接褒めれば良いな。明後日は沢山褒めよう」

「……うぅ」


 相変わらずマイペースな旦那様にもう止められる筈もなく、私はロルフ様の肩に顔を埋めます。

 きっと誕生日はロルフ様が沢山甘やかしてくれるのだろうな、と喜べば良いのか恥じらえば良いのか分からない事になりそうで、今から心臓の心配をするのでした。

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