第36話 温泉郷と伝説の城5
それは、一言で言うと石の巨人だ。
ただし、単に大きな人の形ではなく、太い一本角が頭に生えており、発達した下顎の牙も口から飛び出している。
顔つきも明らかに人のものではない。獰猛さと凶悪さを兼ね備えている。目もカッと赤く光っていた。
それが石の鎧や兜を身に着けているのだが、石なのに、石で出来ているとは思えないような、精巧な造りをしている。
そして額の部分には、黄色がかった半透明の大きな鉱石が埋まっている。
あれは、琥珀だろうか。
「な、何じゃあ、こいつは――!?」
「恐らく食人鬼――オーガだ、アッシュ。かつて魔王に仕えていた巨人の一種だ」
「その石像が、何で動いてこんな所におるんじゃあ?」
「それは私にも分からないぞ。だがオーガと言えば魔王の配下だ。ひょっとして何者かが城騎士を操り、悪さをさせているのかも知れん」
「また、別の八魔将か何かかのう」
「あり得なくはない。城騎士は由緒正しき勇者の居城。それを操るんだからな」
しかしワシとティナの推測に、ドナは異を唱える。
「いんや、操られてるんじゃねえべ! 逆に城騎士がアレを操ってんだ! ありゃあ由緒正しいとか、そんなお行儀のいいもんじゃねえべ! とんでもねえヤツなんだ!」
ギラッ!
石の巨人の目の紅い輝きが一層増した。
そして――
「おうこらテメェ! 人がいねえと思って陰口か! あぁぁんっ!? 可愛い顔してとんでもねえアバズレだなぁ!」
恐ろしくガラの悪い口調で、喋り出したのだった。
「おおっ……!? 聞いたかティナ? あいつ喋っておるぞ……!」
「ああ私も聞こえた――歳のせいで空耳が聞こえるのではないみたいだな」
「……実はワシも同じことを思ったぞ。なら間違いなさそうじゃなあ」
「以心伝心だな? 深い絆の夫婦は考える事も似るものだぞ♪」
言ってワシの顔をぎゅっと胸に抱き寄せる。
「まあ、内容自体は余り喜ばしくはないがのう――」
何せ老いと空耳の話である。ティナが嬉しそうなのは結構だが。
そんなこちらを尻目に、ドナは巨人の声に怯え、震えていた。
「ひっ……!? 城騎士本人だべか――!? 」
「おうよ、このデクの坊に意識を映すなんて朝飯前でなぁ! テメェのような裏表の激しい女にゃ罰を与える! そのムチムチした体で俺のアレにご奉仕してもらうとしますか……! グェヘヘヘヘ――風呂掃除一ヵ月だコラァ!」
「ひいいぃぃぃっ!?」
「……意外と可愛い罰じゃのう――」
口ぶりから、もっとこう性的なものを想像したのだが――?
「しかし由緒正しき伝説の勇者の城に相応しいかと言うと、な――残念な感じは否めないな。いかにも育ちが悪そうだぞ」
「確かにのお。お世辞にも行儀が良いとは言えんか」
「ああぁぁぁぁんっ!?」
どすんっ!
大きく一歩こちらに踏み出し、ぐぐぐっ! と顔を近づけて睨み付けて来る。
「おいおいおいコラ、クソガキとエロ可愛いねえちゃんよぉ? 口のきき方には気をつけた方がいいって、父ちゃん母ちゃんに習わなかったのかなぁ?」
「……生憎、両親はとっくに他界しているぞ」
「ワシも同じく――」
見た目こそ子供だが、中身はもう天寿を全うしてもおかしくない程のジジイである。
両親はとっくの昔に他界していた。
「なら俺が教えてやってもいいぜぇ? 俺ぁ女子供でも容赦なく踏み殺しちまうぞぉ? ほら怖えぇだろ? 泣け泣け泣け泣けっ!」
「子供は大いなる可能性を秘めた世の宝――それを無為に摘もうと言うのか。仮にも名誉ある勇者の城とは思えない態度だな……その上、勇者の敵であるオーガの石像まで使役して……気でも触れているのか?」
ティナは全く怯まず、巨人の脅しを受け流している。
こうしていると、さすが元女王だと思わされる程の凛とした威厳がある。
「ケッ! こいつはな、大昔の戦争の時に勇者の力で石にされた魔王軍のマヌケだ。ずっと俺の中で放置されてたから俺の力が染みついて、操り人形に出来るようになっただけなんだよ。つまり俺自身は元々こう! 至って正常! 俺を従える『城主』のスキルを持つ勇者はもういねぇ! せっかくシャバに出た以上、これからは自由にやらせて貰うぜ!」
「この地での無法は、この私とアッシュが許さない。宿の温泉が止まってしまったのはおまえの仕業だな? 今すぐこの地を退去して温泉を元に戻せば、それ以上咎め立てはしないが……」
「はぁぁぁっ!? おいねーちゃん! 俺に指図しようってのか!? いい度胸だコラァ! こうなったらもう泣いても許さねぇ! お前もそいつと一緒に強制労働させてやるぜ!」
いきり立ってティナに襲い掛かろうとする石の巨人。
子供のワシ達の体よりも大きな拳が、グッと振り上げられる。
「あ、危ないだ! マルティナちゃん!」
「大丈夫。そちらは下がっていろ、ドナ。私もたまには鈍った勘を取り戻しておかねば」
「オラアアアァァァァァッ!」
唸りを上げる巨人の拳。
しかしそれがティナを襲う前に――
バギイイィィィィィンッ!
刀身が巨大化した『黒竜鱗の大剣』が、横から石の巨人を撃つ。
「うおおぉぉぉっ!?」
頑強な石の体は流石に切断できなかったが――
体勢を崩して転倒させ、ギルドの建物から引き離す事は出来た。
無論、ワシが繰り出した攻撃である。
「アッシュ?」
「すまんのう、ティナ。思わず手を出してしもうたわ」
「構わない! 私の事を心配してくれたんだろう? アッシュに愛されて私は幸せだ♪」
実際はその通りなのだが、何となく照れて否定したくなってしまった。
ティナがあまりにもストレート過ぎるからだろうか。
「いや……ティナの前で格好をつけたかっただけじゃわい」
「もちろんそれでもいいぞ♪」
それも喜ばれたようだ。
「と、とにかくまだ弾き飛ばしただけじゃ! 行くぞ、ティナ!」
「分かった、アッシュ!」
ワシらはギルドの建物から外の広場に出る。
「てめえこのクソガキが……! やってくれたなぁ――!」
城騎士の意志の宿った石の巨人は、剣閃の跡は残っているがまだ健在。
ギラギラとした瞳が、ワシを鋭く睨み付けて来る。
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