第5話 アイリスのスキルを封印してみた。
アイリスは【竜神の巫女】というスキルを持っている。
【竜神の巫女】の効果は「魔物の名前および特徴が分かる」というものだ。
身も蓋もないことを言ってしまえば、魔物限定の【鑑定】スキル、という感じか。
だが【竜神の巫女】には、とんでもないサブスキルが隠されている。
――【災厄の生贄】。
暴食竜との戦いで明らかになったサブスキルで、災厄と遭遇したときだけ解放される。
災厄を鎮めるための力を得るのだが、具体的には「自分自身を生贄として捧げることで災厄を鎮める」というものだった。
なんてひどいスキルだろう。
そして俺の推測だと【竜神の巫女】にはまだまだ厄介な効果が秘められている。
暴食竜が出現した時のことを思い出してくれ。
あの時、アイリスは宿屋からいきなり姿を消し、暴食竜のすぐそばにワープさせられた。
原理はよく分からないが、【空間跳躍】みたいなサブスキルが一時的に発動していたのかもしれない。
いずれにせよ、アイリスの安全を考えるなら、【竜神の巫女】は封印してしまったほうがいいだろう。
……俺はアイリスに対して、そんな風に説明した。
「つまり、コウは、あたしのことを心配してくれてるのね」
アイリスは、なぜか、少しだけ嬉しそうだった。
意外な反応だ。
正直、猛反対されると思ってたんだけどな。
この世界ではスキルがとても重要視されているわけだし、封印となれば嫌がるのが普通だろう。
「アイリス、スキルの封印はあくまで提案だ。嫌なら嫌で構わない。別の方法を考える」
「嫌というか、恐い、かしら。……スキルって、手足みたいなものでしょ? 手足が動かなくなる、って考えたら、誰だって恐怖を感じるわ」
アイリスは少しだけ表情を曇らせる。
しかし次の瞬間には、真剣な表情を浮かべて、言葉を続けた。
「でも、コウがあたしのためを思って提案してくれたことだもの、恐いけど、きちんと検討しなきゃね」
「……俺のこと、随分と信用してるんだな」
「当然でしょ。コウが人助けするところ、いままで何度も見てきたもの。暴食竜のときは、あたしのことも守ってくれたし」
「アイリスは大切な旅仲間だからな」
「それだけ?」
アイリスは、大きな赤色の瞳で、じっと俺のことを見つめてくる。
どんな言葉を期待しているのか知らないが、たぶん、期待には応えられないぞ。
俺は言う。
「【竜神の巫女】を放っておけば、暴食竜が出たときみたいに、アイリスが急に姿を消すかもしれない。俺の知らないところで、アイリスが災厄に喰われでもしたら、あまりに寝覚めが悪すぎる。俺はきっと一生後悔する。……そういう意味じゃ、スキルの封印は、アイリスのためというより、俺のための提案だな。俺の心の平穏のために【竜神の巫女】を封印させてくれ」
我ながらひどい言い草だ。
自分勝手というか、なんというか。
とはいえ、アイリスの手足をひとつ奪うような提案をしているわけだし、こちらの本音を晒しておくのが誠意というものだろう。
「そっか、コウのため、か」
アイリスの反応は……これまた予想外のものだった。
ふふっ、と小さく微笑んだかと思うと、こんなことを言い出した。
「コウって、表向きはクールだけど、実は優しくって……でも、ときどき、とっても強引よね」
「……嫌か?」
「ううん。強引というか、引っ張ってくれるというか……そういうところも含めて、すごく、す、す、す――すごいと、思う」
すごくすごい。
なんだその謎フレーズは。
褒めているのか批判しているのか、いまいち意味が分かりづらいぞ。
「と、とにかく! スキルの封印は任せるわ。そもそも、コウの言うことをひとつ聞く、って話だったし。……部屋に呼ばれた時は、ちょっと、期待したけど」
「期待?」
「なんでもないっ! それより、スキルの封印って、あたしは何をしたらいいの? こういうの、初めてだからよく分からなくって……」
「そのままリラックスしていればいい。俺に任せろ」
「う、うん……」
アイリスは少しだけ不安そうな表情を浮かべる。
長引かせても意味がないし、さっさと終わらせよう。
俺は、あらためて月光の大剣アルテミスを構えた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうした?」
「や、やっぱり、痛いわよね……?」
「そうだな」
【スキルバインドEX】を発動させるには、アルテミスで斬りつける必要がある。
もちろん最小限の傷で済ませるが、それでも、少しは痛いはずだ。
「ま、待ってね。コウなら上手にしてくれると思うけど、心の準備をさせてほしいの」
「そこまで身構えなくてもいいぞ。痛いのは一瞬だ。天井のしみでも数えていろ」
「いや、ここって掃除がすごく行き届いてるから天井にしみなんて――」
アイリスは天井を見上げた。
その一瞬を狙って、俺は、アルテミスを振るった。
アイリスの指先、薄皮一枚にわずかな傷をつける。
【スキルバインドEX】の発動には、それで十分だった。
「終わったぞ」
「えっ、もう?」
「ぜんぜん痛くなかったわ……。コウ、上手なのね……」
アイリスは驚いたのか、眼をパチパチと何度もまばたきさせていた。
……その直後、頭のなかに声が響いた。
『特定条件の達成を確認しました。アイリスノート・ファフニルの【竜神の巫女】が消滅し、【災厄殺しの竜姫】が解放されます』
災厄殺しの竜姫。
これはまた中二病っぽいというか、なんというか……。
アイリスが喜びそうなネーミングだな。
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