第9夜 マチン(3)
「マーガレット…何があったのか…話してくれない?」
「話す?」
「ええ。あなたに何が起こっているの? 働きに出ることになったの? ご主人様ってどなたのこと?」
とたんにマーガレットが笑いだした。
「何もご存知ないのね。アリス。ああ。幸せなアリス」
「マーガレット?」
「ええ。私はご主人様のものなの。ご主人様の言うことを聞くのは至上の幸せなのよ」
マーガレットの目が熱を帯びたように、ぎらぎらと光り出す。
「全てはご主人様の言う通りにするのが、どんなに良いことか。教えてあげるわ。アリス。私は奴隷なのよ。ご主人様の役立つ奴隷なの」
「奴隷?」
「ええ。そうよ。私の全てはご主人様のため。ご主人様を喜ばせるためにあるの」
マーガレットが狂気を帯びた瞳で笑い、私の前で舌を伸ばして見せた。
わかっていたこととは言え、その舌先についている金属に思わず息を飲む。
「ほら。これでご主人様にご奉仕をすると、非常に喜ばれるのよ」
「奉仕?」
「そうよ。見て。私の身体を見て。ご主人様のものだという印が沢山あるの」
マーガレットが私の前で服を脱ぎ始める。
「マーガレット。やめて。お願い。はしたないわ。こんなところでいきなり脱ぎ出すなんて」
「見て。ほら。私を見て! こんなにご主人様を楽しませているのよ!」
すっかり私の前で全裸となってしまったマーガレットの身体には、いたるところに鞭の後とやけど、それに傷がついている。
しかもそれだけではなくて、小さな金属が、胸の先端、へその横など、彼女の肌を貫いていた。
「ひっ」
「ほらここも見て!」
「やめて! マーガレット。やめて」
床にしゃがみこんで、足を開いたマーガレットが、私にどこを見せているのか。私は考えたくなくて、そんな姿のいとこを見たくなくて、しっかりと目を瞑る。
「お願い。マーガレット。やめてちょうだい」
「見てよ! アリス。見て! 私のここ。ご主人様を喜ばせているのよ!」
ああ。もう。どうしたらいいのだろう。マーガレットは普通だと思えない。
そのとき、ドアを叩く音がした。
「お嬢様。お呼びになりましたか?」
マリーだ。声を聞きつけたのかしら。でもこんな姿のマーガレットを見せるわけにはいかないわ。
「入ってこないで! 私が呼ぶまで、誰もこの部屋に入れないで!」
力を振り絞って叫んだ。その剣幕に押されたようにマリーの声が弱くなる。
「は…はい。何かございましたら、お呼びください」
「わかったわ」
ドアの前からマリーが去って、私は視線をマーガレットに移した。全裸でぺたりと床の上に放心した顔つきで座っている。
私も一緒に床に座り込んで、再び彼女の身体に腕を回して抱きしめた。
「辛かったのね。マーガレット」
「私…」
「泣いていいのよ。あなたは辛かったのだから」
「私…辛くなんか…」
「泣いて…。マーガレット…あなたは…」
彼女が泣くよりも早く、私の涙腺が緩むほうが早かった。思わず涙声になる。それにつられるようにして、マーガレットの目からも涙が零れ始めた。
「アリス…私…結婚なんてしたくなかったわ」
「ええ。マーガレット」
「こんなことになるんだったら、教会に行ってシスターになるのだった」
「ええ」
「自分で自分が分からなくなるの」
「マーガレット…」
「痛いのに…痛かったのに…痛みが…快感になっていくのよ。こんな…こんな…汚らわしい自分なんて知りたくなかった…」
さっきまでの熱っぽさが消えて、涙を流すマーガレットに私が何を言えるだろう。どうにかできないのかしら。
私ではムリだわ。誰かに相談したい。でも誰に?
脳裏に浮かんだのは、お父様でも、お母様でも無かった。冷たい瞳の彼。彼なら…世慣れている彼なら、何か解決策があるかもしれないわ。
「マーガレット。どうにかしなくちゃ」
「アリス?」
私の声音に何かを感じ取ったのだろう。マーガレットが顔をあげる。
「ねえ。私にいい考えがあるの」
彼女がいぶかしげに私を見た。
「もしかしたら助けてもらえるかもしれないわ」
「何を言っているの。アリス。私は嫌よ。こんな自分を誰かに知られるのは嫌」
「マーガレット…お願い。私を信じて」
私はマーガレットを何とか説得すると、彼女が服装を整えているうちに彼に手紙をしたためた。
誰かに知られるのは嫌…とマーガレットは言っていたけれど、すでに彼は知っているのだもの。それに彼ならきっとマーガレットのことを変な目では見ないわ。
マリーを呼んで誰かに使いに行ってもらうように頼んだ。
マーガレットは不安そうに私を見ているけれど、きっと大丈夫。
彼なら口では色々言いながらも力を貸してくれるわ。




