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第8夜  納屋(4)

「二階を見てみる?」


 彼がくいっと梯子を親指で示したときだった。


「あなた、だれ?」


 納屋の片隅から声がした。幼い女の子の声。振り向けば、人形を抱いた女の子が立っていた。彼が女の子の前にしゃがみこむ。


「僕らはちょっと用事があって来たんだ。君は?」


 彼の優しい声。聞いたことがない優しすぎるほどの声。


「あたしはレベッカ」


「レベッカ。君はここのお家の子?」


 女の子がこくんと頷いた。


「じゃあ、七歳?」


 また女の子がこくんと頷く。


「じゃあ、君はここで三歳の男の子が死んでいたのは知っている?」


「ちょっ」


 私が発した声は、彼の片手によって遮られた。子供になんていうこと聞くの。そう思うのに、女の子は顔色も変えずにうなずいて、納屋の二階を指差す。


「じゃあ、君は君の弟がどこにいるか知ってる?」


 女の子がこくんと頷いた。


 そう。頷いたのだ。


 待って。この家の男の子、この女の子の弟が…行方不明ではなかったの?


「そう。どこにいるの?」


 女の子はニッコリと笑って、首を振る。


「ナイショ」


 その笑顔は無邪気で、真っ白な天使のような笑み。


「でも知ってるんだね?」


 彼の問いにまた女の子がこくんと頷く。それは…それの意味するところは…この女の子が弟を隠しているということ?


 まさか。


 その先を考えたとたんに急激に血の気が失せていく。身体を支えていられなくてしゃがみ込んだ。彼が気づいて私のほうへ向き直る。


「アリス?」


 返事をしなくちゃ。心配させちゃう。そう思って、顔を上げたときだった。彼の後ろに見える銀色の光。


「あっ」


 私が声をあげるのと、彼の首が跳ね上がるのが同時だった。私の目の前で彼が自分のわき腹を押さえて振り返る。


 女の子がにーっと嗤っていた。さっきとはまったく違う表情。押さえた手の間から流れ出す彼の血。


「あっ…あっ…っ!」


 あまりの光景に意味を成さない音が私の喉から洩れてくる。


 彼は舌打ちを一つすると、不快そうに自分のわき腹に刺さったナイフに視線をやって、顔をしかめてからそれを抜き去った。


「レベッカ。弟はどこに居る」


「あはは。だって、トニーが悪いのよ。言うことを聞かないんだもの」


「もう一度聞くよ。弟はどこにいる?」


 彼の瞳が紅く染まった気がした。女の子は黙って壁際にあった機械を指差す。


 彼はちらりと目をやって…そしてもう一度女の子に視線を戻した。


「レベッカ。本当のことを言うんだ。正直に話すんだよ」


 彼の瞳が紅い。女の子がにーっと嗤う。そして狂ったように叫び出した。


「わたしが殺したのっ! わたしが殺したのよっ! 弟も、弟の友達も! びくびくしてたわ。死んだ瞬間、身体がびくびくして面白かったのっ!」


「ひっ」


 喉から出るおかしな音。それは私の喉から出ている。


「言っておいで。君の両親に、全部話しておいで」


 彼の声にレベッカは壁の向こうに消えた。よく見ればそこには子供が一人通れるほどの隙間が開いている。


 彼は立ち上がると震えて座り込んでいる私の横をすり抜けて、機械のほうへと向かった。


「なるほどね」


 彼の声が耳に届く。


「この機械で、弟の方はミンチだ。そりゃあ、死体は見つからないし、これだけ血の臭いがするはずだ」


 そう言われた瞬間に、私の神経は焼き切れた。


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