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第7夜  囚われ人(1)

 気持ちのいい風が吹いていく。空は青く、高く見える秋晴れの日。あの結婚式から数日後。私はベッドの中から開け放たれた窓を通して空を見ていた。


 綺麗な青い空。まだ少しふらふらするけれど、大分私の体調は戻っている。


 そっとベッドから抜け出して、ゆっくりと窓に近づいたところでノックの音がしてマリーが入ってきた。


「お嬢様。起きて大丈夫ですか?」


「ん…。まだちょっとふらふらするけれど…大丈夫よ」


 そう答えれば、マリーがほっとしたように息を吐いた。


「良かったです。真っ青なお顔を見たときには、どうしようかと思いました」


「心配させたわね」


「いえ。お元気になられたなら良かったです。そうそう。マーガレット様がお見えです」


「え?」


「どうされます?」


 私はちらりと自分の格好を見た。ネグリジェのまま。これでは会えないわね。


「支度をするわ」


「大丈夫ですか?」


「ええ。ちょっと会うぐらいなら。多分…」


 マリーはパタパタと洋服を用意すると、すぐに着替えを手伝ってくれた。


「そう言えばお嬢様」


 後ろでボタンを留めながら、マリーが話始める。


「前に話していらした怖い話ですけれどね」


「何かいい話があるの?」


「ええ。まぁ。なんというか、前に話した話の続きみたいなものですね」


 マリーはちょっと言いよどむ。


「もったいぶらないで話して」


「そうですね。前に三歳の男の子が消えた事件の話をしましたよね」


「ええ。納屋で死んでいたんでしょう? 可哀相なことだわ」


「そうです。そのときに一緒にいた女の子の弟が今度は居なくなったんです」


「え? 女の子って七歳ぐらいだったわよね?」


「そうですよ。弟も三歳だそうです」


 三歳の男の子がまた一人行方不明…。


「それはお気の毒だわ。無事に見つかると良いけれど…」


「そうですね」


 マリーはきゅっとリボンを締めてから、ふんわりとスカートの形を整えた。


「これでいかがです? 御髪も少し整えましょう」


 鏡台の前に座って、髪をいじり始めたマリーの手が止まった。


「お嬢様。少し前から気になっていたんですけれど…その瓶はどうなさったんです?」


 マリーの視線が空の瓶を見ている。


「あ…これ…」


「空ですよね。処分しますか?」


「ダメっ!」


 思ったよりも強い声が出てしまった。


「お嬢様?」


「あ、これは…ダメなの。大事な瓶なの」


 そう言った瞬間に、くすりと笑う声が落ちてくる。


「わかりました。大丈夫ですよ。捨てません」


「ええ。そうして。お願いよ」


「はいはい。一体、どうしたんです?」


「えっと…瓶が綺麗だから…何かに使おうと思って…えっと…」


 しどろもどろになってしまったけれど、気に入っているということだけは伝わったらしい。マリーはにっこりと笑うと、髪から手を離した。


「はい。これでいいですよ。マーガレット様がお待ちです」


「ありがとう。マリー」


 そう答えた瞬間だった。突然ドアが開いて、マーガレットが飛び込んできた。


「助けて。アリス! お願いよ。私をかくまって」


 マーガレットが必死に私の足元に跪いて、私に抱きついてくる。いつもは輝くばかりの彼女のふわふわとした金髪が、今日は精彩を欠いたように色あせて見えた。


「マーガレット。落ち着いて。どうしたの?」


「ああ。お願い。あの人が来てしまうわ。お願いだから。私を隠して。居ないと言って頂戴」


 必死に私にしがみつく彼女の首筋に、ふっと見えたのは紅い筋。


「マーガレット…あなた…首筋…どうなさったの?」


 そう尋ねた瞬間に、彼女ははっとして自分の首筋を隠すように、右手で押さえる。大きなその瞳に見えるのは怯えの色。そして彼女が持ち上げた右手首をぐるりと取り巻くように見えるのは、白い皮膚にくっきりと映った紅い筋。


「右手まで…」


 私がそう呟いた瞬間に、マーガレットの両目から見る見るうちに涙が溢れ始めた。思わずマリーに視線を送れば、マリーも心得たように部屋から出て行く。


「マーガレット、落ち着いて。もう私しかいないわ。何があったか教えてくださらない?」


 とたんにマーガレットが激しく首を振る。


「言えないわ。とてもじゃないけれど、言えないの」


「マーガレット…」


「お願い。何も聞かないで私を隠して。ここにおいて」


「それは…別にいいけれど。でも結婚したばかりだから、せめてあなたの」


 私の言葉は途中で遮られた。


「やめて。あの人に私の居場所をおっしゃらないで。連れ戻されてしまうわ」


 尋常ではない彼女の様子に、何か結婚において問題が起きたのだとようやく私も悟った。


「何か…結婚に…不都合があったのね?」


「ああ。アリス。結婚なんてするものではないわ」


「そんな…」


「あんなことをされるなんて…」


 思わず洩れた言葉に、マーガレットは慌てたように自分の口を自分の手で覆う。


「ねえ。マーガレット。誰にも言わないわ。話してくださらない?」


「いいえ。言えないの。とても恥ずかしくて言えないわ」


 マーガレットが小さな子供がするように頭を左右に振って拒否をする。


「マーガレット…あなた…」


 大丈夫? と尋ねようとしたときだった。バタンと大きな音を立てて扉が開いた。


「マーガレットっ!」


 部屋に響いた男の声に、マーガレットが飛び上がる。身体を震わせて私の影に隠れるように身を縮めた。


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