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第6夜  結婚式(1)

「…来る。来ない。来る。来ない…」


 花占い。花びらをむしりながら、その人が来るか来ないかを占うこの占いは、マリーに教えてもらった。白い花びらをむしってみたけれど、答えは『来ない』。


 来なくていいのよ。いいはずだわ。


 そう思うのに『来る』を引き出したくて、私はもう一輪、花瓶から花を引っ張り出す。長椅子に座って、身体を背もたれに預けながら白い花びらを指で挟んだ。最初は数日おきに来ていたのに。その後、数週間来なくて…。また来なくなって一週間以上。


 残暑はまだ酷いけれど、風は秋の訪れを告げつつあった。ふと思い出すのは出合ったときのこと。あれはまだ春の終わり、夏の初めだった。女性と一緒にいたわ。


 私と会っていないときは…誰か他の女性と一緒にいるのかしら。


 ちりちりと胸を焼く感覚に、自分で嫌気が差す。こんな感覚は知らなかった。まるで物語の中の女の人みたい。そう嫉妬…。まさか。ありえないわ。なぜ嫉妬する必要があるの? 自問自答しつつ、白い花びらをむしりとる。


「来る。来ない。来る。来ない。来る…来ない…」


 やっぱり答えは『来ない』。


「まあ。お嬢様。何をやっていらっしゃるんです」


 突然聞こえた声に、どきりとした。マリーが入ってきていた。ノックの音に気づかないほど集中していたのかしら。床に散らばった白い花びらに、マリーの目が丸くなる。


 いけない。私ったら、何も考えずに花びらをばら撒いてしまったわ。


「何を占っていたんですか?」


 マリーの探るような視線に答え切れなくて、思わずそっぽを向いた。どうしよう。なんて答えよう。


「お嬢様が誰かに来てもらいたいなんて…まるで恋する乙女みたいですね」


 その言葉に心臓が大きく音を立てた。一瞬、彼のことが頭をよぎるけれど、慌てて打ち消す。そうよ。彼に恋をするなんて…ありえないわ。あんな得体の知れない人。


「それで? どなたに来てもらいたいんですか? 当ててみましょうか…と言いたいところですけれど、お嬢様の場合は難しいですね。男性の知り合いはいませんし。まさかドクター…じゃないですよね?」


 思わず吹き出してしまう。いつも来てくれるお医者様はかなりお年を召した方だもの。


「別に来ることを占ったわけじゃないの。あ…えっと。外に出られるかしら…って思って…」


 無理やり答えを作れば、マリーは納得したようだった。


「確かに前にお出かけしてから間が開いてしまいましたね。夏の間はお嬢様も体調を崩されましたし」


 マリーはハウスメイドに床の掃除を指示すると、私に向き直った。


「そう言えば、いとこのマーガレット様がご結婚なさるということで、招待状が来ていましたよ」


「マーガレット? 結婚するの?」


 そう言ったとたんにマリーが呆れたような顔をする。


「先日、申し上げましたけれど」


「ごめんなさい。聞いて無かったみたい。知らなかったわ。お相手はどんな方なの?」


 いとこのマーガレットは私よりも2歳ほど年上なのに、くりくりとした瞳が可愛らしくて、私よりも年下に見られていたことを思い出す。


 もう結婚なんて…。


 ううん。お母様も、おばあさまも、私の年には結婚されていらっしゃったっておっしゃっていたもの。きっと私も身体が弱くなかったら、素敵な殿方と結婚していたわ。


 そんなことを考えた瞬間に、また彼が頭によぎる。


 私が彼と結婚するなんて…あるのかしら。白いドレスを着て、教会で彼の横に並ぶの?  ああでも。彼はタキシードが似合いそうだわ。


 一瞬頭に浮かんだ光景を壊すかのようにマリーの声が耳に飛び込んでくる。


「20歳ほど年上の方ですよ」


「あら。そんなに年上の方なの?」


「マーガレット様のお父様がお決めになったご結婚だそうです。貴族の方と伺っていますけれど」


「そう…」


 それでマーガレットは幸せなのかしら? そんなことが頭によぎるけれど、きっとマーガレットのお父様が決められたことならば、幸せよね。


「それで、いつなの? 結婚式は」


「招待状は…確かこちらにおきましたけど」


 鏡台のところにあった封筒を開ければ、再来週の日付が書かれていた。


「まあ。近いのね」


「そうですね。奥様が急いでドレスを新調しないと…っておっしゃっていらっしゃいましたから、今日の午後あたりには仕立屋が来ると思いますけれど」


「わかったわ」


 せめていとこの結婚式には出たいわ。そう思いつつ、だるくなってきた身体をぱたりとベッドに横たえた。


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