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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第二章

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森の娘と新たな家族

 公爵は、じっと目を閉じ、しばし沈黙した。

 部屋にいる誰もが口を開かず、重苦しい空気が流れた。

 しばらくして、口を開いたのは公爵だった。横になったままだったが、目を開いて、公爵はキエムをじっと見据えていた。

 

「キエムと言ったね」


 キエムは黙って頷いた。

 

「マナが体を壊したのは、君を産んだことが原因だったのかも知れない」


 キエムは辛そうに眉を歪めた。ティレはキエムのそばにいって、その手をそっと握った。ハインツもそれに寄り添う。


「だが、君を産むことはマナが望んだはずだ。どういう理由かはわからないけれど、マナほどの能力のある森の民が望まない出産はしないだろう。君は望まれて産まれてきたんだよ」

「――っ!」


 キエムが目を見開いて、公爵を見た。

 ティレも、驚いた。


 ティレの母は、ティレと同じようにキエムを愛していた。それは疑いようもないことだ。

 しかし、夫に愛情があったかと言われると、そうではないだろう。おそらく母は最後まで公爵を想っていた。

 実際、夫に面と向かって歯向かうことはなかったが、積極的に寄り添おうとしていた記憶はない。夫がティレに冷たく当たろうとした時には毅然とした態度でそれを拒否していたし、どちらかというと夫の方が母に気を遣っていたかも知れない。

 ティレもキエムも、そんな男との間に、キエムが生まれたのは、夫の意向によるものだと思っていた。

 ティレの母が、ティレの父を想い続けていたのは明らかだったし、他の男との間に子を望んだとは考えたこともなかった。


「ティレのためかもしれないし、もっと利己的な理由……例えば、純粋な森の民としての子孫を残したかったのかも知れない。……もしかすると、自惚れかも知れないが、私のためかも知れない」


 公爵はそう続けた。たった今、目の当たりにしたペンダントの件を考えるとそれもあり得ると思えた。

 

「マナは力の強い森の民だった。憶測に過ぎないが、もしかすると自分にそっくりな子が生まれることが、わかっていたのかも知れない。そして、いつか私に会わせたかったのかも知れないと――、希望的観測が過ぎるかな」


 母は、おそらく自分がもう森の外に出ることはないだろうと考えていただろう。ティレの父と別れさせられて、村に戻ってすぐに結婚相手をあてがわれ、ティレを妊娠していることがわかってからも、一人での外出は許可されなかった。

 家の外に出ないのは体を壊したからだと思っていたが、健康であったとしても見張られている生活になっていたかもしれないのだ。


「いつか、君ほど力の強い森の民なら、森の外と接点を持つ仕事につくかもしれない。そうしたら王族である私と出会うこともあるかもしれない」


 公爵は、驚いて声も出ないキエムを見てそう言ったあと、ティレに視線を移した。

 

「マナは、どんな母親だった?」

「優しい母でした。強い母でもありました。いつも守ってくれました。村に戻ってからの結婚は本意では、なかったと思いますが、弟のことも本当に可愛がっていました。私も母を早くに亡くしたので弟が心の支えでした」


 公爵は、そうか――と呟いた。ティレから、自分の手元に視線を移して何かを考えているようだった。そして、再び視線を上げた。

 

「私に引き取ってもらいたいか?」


 ティレは、目を瞬いた。

 一瞬なんのことだかわからなかったが、どうやら先ほどの母の言葉を受けてのことだと理解した。


「いいえ。私の家は、夫と暮らす家なので」

「――君は?」


 今度はキエムに聞いた。姉が断ったのに、自分にも聞かれるとは思わなかったのだろう。キエムは意外そうな顔になった。

 だが、真剣に静かな声で答えた。


「――いいえ。今の生活に満足しています」

「そうか。では、もう私には思い残すことはないな……」

「叔父上――!」


 クラウスが咎めるように声を上げた。

 

「ティレ…。会えて嬉しい。本当だ。マナがお前を産んでくれて感謝している。あちらで、マナに感謝を伝えねば」


 立派な跡継ぎもいるしなと、クラウスを見る。クラウスが、公爵に駆け寄ったその時、意外な言葉が聞こえた。

 

「あ。でも、あと一年、いや何年かは頑張ってください」

「え?」


 公爵とクラウスが振り返ると、ティレがなんでもないことのように告げた。

 

「来年、孫が生まれますよ」


「え――」

「なんと!」

「はあーーー?!」


 驚く公爵の声も、めでたいニュースに口元を綻ばせるクラウスの声も打ち消すような大声がハインツから出た。公爵家の護衛がドアを開けて中を伺うほどの声だった。


「どう言うことだティレ!」


 ハインツはティレの肩をガシッと掴み、いや! と慌てて離し、しかし恐る恐るもう一度両肩を抱き直した。

 ティレは、ハインツの勢いに押されながら小さい声で説明した。


「……あの、なんだか旅の間に体調に変化があって、この間、お屋敷の医師の方についでに調べてもらったら、赤ちゃんができていました」

「は? ――はあ?!」


 旅の間に?

 全く気づかなかった!

 混乱するハインツだったが、ティレの中では妊娠判明の経緯に対する説明は終わったらしい。


「なので、是非産まれたら会ってもらえればと思っています」

 

 こちらにきて二ヶ月にはなる。その間ずっと妊娠している体で動いていたということか。ハインツは全く気づかなかった。具合が悪そうな感じもなかったし、体型だって全く変わっていない。


「――体調は? 大丈夫なのかい?」


 混乱する弟に代わってクラウスが尋ねる。クラウスが覚えている限り、体調が悪そうな様子はなかったように思うが、妊娠初期には無理はしてはいけないことは、クラウスでも知っていた。ティレは、頷いた。


「はい。私、大丈夫な体質のようです。無理はしないようにしていましたし」


 大丈夫な体質って……と呟くハインツよりに腕を組んで壁に寄りかかっていたキエムが言った。


「多分、生まれてくる子には魔力がほとんどない。父親の気配と一緒だから、体は丈夫なんじゃないか」


 頷きながらそういう弟に、ティレが驚いたように振り返った。


「キエムわかるの?」

「……わかんねえの? 自分の中にいるのに?」

「……わからない」


 キエムは、しばらくぽかんとティレを見ていたが、


「やっぱり俺って優秀なのか……」

「おま……、お前、ティレが身籠っていること、知っていたのか?」

「ああ。知らなかったとは思わなかった」


 今度は、キエムの肩をつかんで詰め寄るハインツをめんどくさそうに相手をするキエムに、皆が笑った。だんだん落ち着いてきたように見える皆を前に、ティレは公爵に伝えた。

 

「生まれてすぐには連れてこられないと思うので、あの、会いに来ていただいてもよいですが、あまり軽々しく隣国までいらっしゃれないと思うので、生まれて一、二年したらまた連れてきますので、それまでは元気でいてくださいね」


 公爵は、目尻を下げた。


「そうか。そうだな。――ああ。ああ、そうしよう」

「叔父上。元気になったら私がお連れしますよ。ティレ殿もそうこうしているうちに次々子ができてしまったら、こちらに来る時期がずれるかもしれませんし。ですから、隣国に旅ができるくらい体力をつけましょう」


 肩を支えながら伝えるクラウスに公爵は相槌を打つ。


「そうだな。マナに似た子は生まれるかな」

「いや。残念ながら、今回も父親似だ。――そうか。母さんもわかってたのか」


 ぶっきらぼうに話し始めたキエムが、途中で何かに気づいたような顔になる。それを見て、公爵は微笑んだ。

 

「やっぱり君はそういうことがわかるんだな。そうだな。きっとマナもわかっていたのだろう」


 キエムは公爵を見て、眉を寄せた。何かを堪えているような顔だった。 

 ハインツは、しかし、キエムの感動より、気になることがあった。

 

「それより、旅の途中から薄々気づいてたんだろう。なんで言わなかった」

「ええと。――その」


 目を逸らすティレにクラウスが助け舟を出す。

 

「連れ帰られると思ったんだろう。お前の過保護はマルティナから聞いているぞ」


 本当に連れ帰ったのにと思うハインツは、兄に言い返すことができず、ぐうと言って押し黙った。連れ帰っていたら父娘の再会は果たせなかった。


「どうするか。このままここで産むか。いや危険だな。やはりキエムに言って、伯母上にお願いして……」


 うろうろとしながらブツブツと一人で話しはじめた夫にティレは苦笑した。


「落ち着いてください。伯母にはもう手紙を出しています。生む前には、屋敷に戻ります。産まれた後もしばらく伯母が来てくれることになっています」

「そ、そうか。伯母上はいいのか」

「そうですね。伯母は森の外に出たことがないので、もしかすると屋敷まではこずに、森の端に滞在するかもしれません。伯父が何とかすると思います」

「まあ、体力だけはありそうな子どもだし、そんなに心配しなくても大丈夫だろ」

「ハインツ様に似ているなら、少なくても体は丈夫な子だと思います」


 それはそうだなと笑うクラウスをハインツは複雑な表情で見たのだった。

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