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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第二章

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森の娘とペンダントの本当の秘密

 しばらくして光が収まるのを感じ、皆が目を開けると、そこには穏やかに呼吸をする公爵がいた。その隣にキエムが静かに立っていた。ティレと違って、魔力を大量に使っても息一つ上がっていない。純血の森の民の魔力はティレとは比べ物にならないらしい。


「これは――」


 クラウスが、言葉を失っている。


「兄上。これは、我が家では私しか知らない秘密です。兄上も他言無用にお願いします」

「あ、ああ……。森の民とは。やはり我らの理解を超えた存在なのだな」


 クラウスは驚きながらも、公爵に近づいた。


「穏やかな呼吸になっている。――ありがとう」


 キエムは、小さく頷いたに留めたが、クラウスがあっさりと今の出来事を受け入れたことに少し驚いているようだった。


「私も、これでも色々あったのだよ。ある程度のことは受け入れる度量があると思っている」


 キエムの驚きはクラウスにも伝わったようで、苦笑いを浮かべたクラウスにそう言われて、キエムは頷いた。

その時、部屋のドアを叩く音が聞こえた。


「クラウス様! 何か森に向かって光るものが! ご無事ですか?」

「――ああ。 大丈夫だ。……そういう薬だそうだ。下がっていていい」


 どうやら、窓からも光が溢れ、おそらく森を照らしたのだろう。使用人が慌ててやってきたようだった。クラウスの言い訳はかなり苦しいものに思えたが、さすがは公爵家の使用人だけあって、それ以上追及することはなく、部屋の外に控えたまま入ってくることはなかった。


「キエム。――ありがとう」


 ティレが魔法を使うことに苦言を呈していたキエムだったが、ここで、クラウスがいる前で、魔法を使ってくれた。危険な行為ではあったが、ティレにはただありがたかった。ここの屋敷の者に今回のことを吹聴するようなものがいないだろうというのはキエムならわかっていたのかも知れない。


「俺は戻る。森の側にしか光は漏れていないはずだが、これ以上騒ぎが大きくなるのは避けたいからな」


 キエムはそう言って、窓から姿を消した。



 公爵が目を覚ましたと言う連絡を受けたのは、翌日の朝だった。

 ティレとハインツは様子を見に行ったが、熱を出した後よりかえって体調は良いくらいだった。部屋には医師もいた。昨日の急変は、呼吸が苦しそうな時間があったとクラウスから医師に報告はされており、医師の診療も受けたそうだ。医師の見立てでは、特に問題はないとのことだった。


 これなら、また食事療法などを続ければ、順調に回復するだろう。


 安心して、部屋に戻ったティレとハインツだったが、いくらも経たないうちに再び公爵に呼び出された。



「やあ。呼び出して悪かったね」


 部屋に入ると入れ替わりに使用人たちは下がり、部屋には公爵の他にはクラウスとハインツとティレだけになった。

 先ほどは医師がいたので、改めてということのようだった。


「いえ。体調が回復されたようでよかったです」

「ああ。君たちのおかげだよ」


 公爵は、クッションを積み上げ、そこに体を預けていた。穏やかな表情だった。


「昨日、一緒にいた彼を呼んでくれないか」


 あまりに穏やかに言うので、一瞬なんのことか二人は理解できなかった。


「兄上ですか?」

「いや違う。――森の民だよ。君以外にも来ているのだろう?」


 ――キエムのことだった。


 言葉を返せない二人だったが、公爵はもう二人からは目を離し、窓を見ていた。まるで、どこから現れるか知っているかのように。


「やあ。君か」


 果たして、窓にかかったカーテンの影から、キエムがあらわれた。


「キエム!」

「キエムと言うんだね」

「……はい」

「君もマナの子かい?」

「……はい」


 公爵に手招きされ、キエムがベッドに近づく。その表情はひどく固かった。


「君は、マナにそっくりだな。姿形も。――その魔力も」


 キエムが驚いたように目を見開く。公爵は同じように驚いているティレに目を向けた。


「君がいつも私に魔法をかけてくれていたのは気づいていたよ。君の魔力は、マナとは少し違うね。――私のせいかな?」


 ティレが、手をぎゅっと握ったのがハインツには見えた。


「……はい。おそらく。森の民でない血が入っているので、私の魔力は少し弱いんです」

「そうか。苦労をかけるね。でも、君の薬草の知識は、マナそのものだ。私も勉学は得意な方だったが、武術はからきしだったから、君も似てしまったのかも知れないね」


 ティレの顔が泣きそうに歪む。

 公爵は柔らかく笑って、そして、天井を見上げた。


「――マナは、もう、いないんだね」


 おそらく、初めてティレに出会った時から気付いていたのだろう。

 寂しそうな、しかし、覚悟を決めて受け入れた声だった。

 ティレは、そっとうなずいた。


「母は亡くなりました。私が八つの時でした」

「母は無理矢理父と結婚させられて、姉に立て続いて僕を産んで体を弱くして死にました」

「キエム!」


 ティレの言葉に被せるように、言ったキエムに、ティレが咎めるように声を上げた。


「そうか……」


 公爵は、穏やかな顔のままキエムを見て、ティレを見た。そして、ティレの胸元に視線を落とした。


「そのペンダント。君が持っているのだな」


 ティレが、ペンダントに触れる。

  

「母の形見です。肌身離さず持っているようにと」

「……そうか。中は見たか?」

「はい。マルティナ様が開けてくださいました」


 ティレの言葉に、公爵はうなずいた。


「これは私がマナに贈ったものなんだ。――そうか。最期まで持っていてくれたのか」

「これは公爵様が持っていらしてください」


 ティレが、首からペンダントを外す。

 

「形見なのでは?」

「ええ。でも平気です。母はいつでも私の中にいますし、私には夫がいますから――」

「そうか。君は今、幸せなんだな」


 ハインツを見上げたティレを見て、微笑んだ公爵がティレの差し出したペンダントに触れた。その瞬間――。


 一瞬、光が、部屋に満ちた。

 思わず、閉じた目を開けると、部屋に女性がたたずんでいた。いやその表現は正確ではない。半分透けた上半身だけがペンダントの上に浮かんでいる。

 

「――マナ!」


 声を上げたのは公爵だった。

 そこに浮かび上がったのは、今は亡き母だった。


「お母さん――!」


 思わぬことに震えるティレの肩をハインツが強く抱きしめた。


「……を……。キエムを……」

「キエム!」


 母の残像の出すか細い声にいち早く反応して大声で呼んだのは、ハインツだった。ティレが倒れないよう強く支えたままだ。


「……なんだよ」


 いつもの減らず口だったが、掠れた声だった。

 

「……キエム」


 ティレがすがるようにキエムを見た。

 公爵はペンダントから出てきた透けて揺れるティレの母を凝視している。

 キエムの手がペンダントに触れた。

 その瞬間、強い光が辺りを照らし、皆思わず目を閉じた。

 光が徐々に薄まったのを感じて目を開けるとそこには先ほどより格段にはっきりとした輪郭を持った、ティレの母が立っていた。

 ペンダントに手を伸ばしたままのキエムも目を見開いている。


「お母さん」


 ティレの声に反応したのか、「母」は振り返った。ティレを見て、キエムを見る。


「キエム、ありがとう」


 母の声は先ほどとは違って、はっきりとしていた。

 幼い頃聞いた母の声だった。


「――っ! 母さん……」


 キエムが声を詰まらせた。

 公爵が母に手を伸ばす。


 しかし、

「すり抜けた……!」


「幻影の魔法だ……」

「母は亡くなる前にこのペンダントに魔法をかけたんだと思います。公爵様が、私の父が触れたら、作動するように」


「アル……」

「マナ」


 公爵を愛称で呼ぶ母の声は、慈しみに満ちていた。

 

「私が見えているということは、ティレと会えたのね」


 公爵は、もう言葉にならず、ただ頷いていた。


「そう。ティレはあなたの子よ。あなたにそっくり」


 そうして、母の目線はティレに向かう。精巧な魔法だ。

 

「だから森で辛い目にあっているかもしれない。もし、ティレが逃げてきたのだったら、あなたに保護してほしい」


 公爵は、ああと言って頷いている。

 

「でも一つだけ条件があるの」


 母は、今度はキエムに視線を向けた。キエムの肩が跳ねた。

 

「キエム。このペンダントを作動させたのはティレの弟、キエムよ。二人を引き離さないで。あなたと子供たちが幸せであることを祈ってる。アル、愛してるわ。ティレ、キエム。もちろんあなたたちも。森にこだわらず自由に生きて」


 母の姿はペンダントに吸い込まれて消えた。


 しばらく誰もが言葉も出ずに佇んでいた。

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