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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第二章

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森の娘と騎士たちの旅路

 ティレは微笑んでその姿を見つめていたが、ふとハインツの伸ばした腕越しに目をやって、徐に立ち上がった。


「ちょっと行ってきます」


 というティレに焦ったのは王宮からついてきている騎士たちだ。今回の旅は大袈裟なものではなかったが、数名の騎士が護衛として付けられている。ハインツは不満だったが、以前単独行動で失態を犯した身としては断ることはできなかった。

 ハインツや屋敷のものたちはティレの行動に慣れているが、王宮騎士はそうでもない。同僚の妻だと紹介された女性は見たこともない黒髪に黒い瞳の娘で、ハインツとはかなり仲睦まじい様子だったが、ところどころ奇妙だった。


 ハインツに聞いても「異民族だからな」の一言で済まされる。戸惑ったが、本人は真面目で優しく控えめな性格で、騎士たちが戸惑うと申し訳なさそうにするくらいなので、確かに悪気はなさそうだった。


 しかし、いつもはおとなしく、馬車に乗るのにも戸惑いがちなくらいなのに、急に「常闇の森」の中に勢いよく突っ込んでいくティレに騎士たちはこれまでになく動揺した。

 幼い頃から禁忌の地として、決して足を踏み入れてはならないと教え込まれている場所だ。追わなければ護衛の意味がないとわかっていても咄嗟に足が出なかった。


 ハインツはそんな護衛たちに、軽く手を上げて制した。


「俺がついていく。外から見える場所だ。見失わないように外から見ていてくれ」


 そう言うと、躊躇いなくティレの後を追っていった。


 ティレは、使えそうな薬草をいくつか摘んだ。ハインツも手伝う様子に騎士は度肝を抜かれたが、どうやらこの夫婦にとって、「草を摘む」ことは日常のようだった。

 しばらくすると気が済んだようだ。森の外に戻って、明らかにほっとした顔をしている騎士たちにお礼を言って馬車に乗り込んだ。

 

 森沿いに進み隣国に入る頃には、ティレの独特の生活のリズムにも騎士たちは慣れてきたようだった。森での休憩の際、ティレはしばしば道端で野草を見つけては摘んでみたり、時には森の浅いところまで入っていくこともあった。

 最初は戸惑った騎士たちも、ティレが外から見えないような奥まで行くことはないということと、ハインツが必ず付き添うことを理解してからは、落ち着いて森の入り口で待機するようになった。

 ティレの摘む野草は有用なものが多く、騎士たちも興味を持ってティレに教えを乞うたりした。


 ティレも騎士たちに野草の知識を分け与えることに躊躇はなく、症状がある騎士には野草を煎じて分け与えたりもした。


 ハインツは、自分以外の騎士とティレが親しく話すのは、異民族であるティレがゲルグ国に馴染んでいる証で喜ばしいと思いながらも、少しばかり嫉妬する気持ちもあり、馬車の中で必要以上に近づいてティレを戸惑わせたりした。


 もう少しで、目的の公爵領に入ろうかというある日、休憩中に、ティレは森の入り口から近いところに、小さな泉があることに気づいた。森の中だが、外からもよくみれば見える場所だ。

 ティレは、その泉の輝きが気になった。


 いつものように森に躊躇なく入っていくティレにハインツが付き添う。

 

「どうした?」


 ハインツが泉のほとりに座り込むティレに問いかけた。


「この泉、変わった煌めき方をしています。もしかすると、何かが溶け込んでいるのかも知れません」


 ティレはそう言うと、池の周りの草地を丹念に確認し始めた。

 夢中になると周りが見えなくなるティレが池に落ちないように、ハインツはティレを支えながらついていく。

 やがて、ティレは、ある植物を摘み取った。


「これです」

「これは?」


「春の野草です。この辺りにかなり密集して生えています。こちら側から水が流れ込んでいるので泉に成分が溶け込んでいるのかもしれません」

「そうか。有用なのか?」

「そうですね。場合によっては。でも今の私には不要ですし、どちらかと言うと害になる可能性があるので、今日は場所だけ覚えておきます」


 そう言うとティレは森の奥に目をやった。

 

「キエム!」


 ティレが声をかけた方向にある茂みが揺れてキエムが出てきた。ずっと森の内側をティレたちについてきていたのだ。森の入り口にいる騎士たちからは影になる場所に立っている。


「ここの泉、もしかしたら、役に立つかもしれないから、騎士さんでも入れるようにしておいて」

「俺が取りに来るんじゃダメなのかよ」

「キエムがいつもいるとは限らないでしょ」


 キエムは面倒くさそうに頭を掻いたが、承知したようだ。


「じゃあ、私たちがいたら邪魔だろうから先に行くわね」


 ティレはそう言うと馬車の方に戻っていった。

 ハインツは、キエムの肩をポンと叩くと「悪いな」と一声かけてティレを追った。


 

 その翌日、目的地である公爵領に到着した。ティレの国の北東にある隣国は、西側に森を抱いているせいか、夕方は心なし涼しく感じられた。


 公爵領に入るところで、ハインツの兄であるクラウス・ダルシアンが待っていた。


「ハインツ!」

「クラウス兄さま」

「大きくなったな!」


 二人は抱擁を交わしたが、兄の台詞に一緒についてきていた騎士たちは笑いを噛み殺していた。ハインツは今や兄弟の中で一番立派な体躯をしている。

 もっと歳の離れてる長兄とは、こうはならないのだが、幼少期に離れた兄弟は久しぶりに会うといつもこんな感じだということだった。


 ティレは、二人の様子を微笑みながら眺めていたが、クラウスは、ティレの方に向き直ると、表情を引き締め最大級の礼をとった。

 その顔を見てティレの体が明らかに強張った。

 クラウスは、その顔のつくりは、マルティナが言ったようにティレにそっくりだった。色味が違うし、男女の差もある。何も言われずに会えば、どこかで見たことのある顔だなと思うくらいだったかもしれない。

 だが、話を聞いた今となっては、正面からはっきりと見て、気付かずにはいられなかった。

 ハインツが、ティレの背にそっと手を添える。

 クラウスが口を開いた。


「森の民よ。あなた方の大いなる叡智にてお助けいただくことを感謝する」

「……はい。精一杯頑張ります」


 小さな声だったが、ハインツと初めて森の入り口で会ったときに比べたら、雲泥の差だった。緊張はしているものの、ハインツが側にいることがティレにはこれ以上なく心強かった。


 クラウスは頷くと、表情を崩した。


「結婚式には伺えず失礼した。お会いできて嬉しいよ、義妹殿」

「はい。私もお会いできて嬉しいです」


 クラウスの雰囲気が砕けたものになったからか、ティレも少し緊張が和らいだようだ。クラウスは、ティレの顔をまじまじと見た。女性の顔をじっと見つめるのは本来無作法だが、事情を知っているハインツもティレも何も言わなかった。


「叔父は屋敷で療養している。屋敷までの馬車の中で細かいところを説明してもいいかい」

「……わかりました」

「公爵家の馬車を用意した。私と二人というわけにはいかないからハインツも同行してくれ」

「はい」


 ハインツが付き添いの騎士たちといくつか言葉を交わすのを待って、三人は馬車に乗った。乗ってきた馬車は馬を休めながら御者が屋敷まで運んでくれるということだった。


「――マルティナから手紙がきたよ。今は妃殿下か」


 馬車が動き出すとクラウスは徐に話し始めた。そして、ティレの顔をもう一度しげしげと眺める。


「確かに僕にも、そして叔父にもよく似ているね。瞳の色と髪の色が違うから印象は違うけれど、造形はそっくりだ。自分の少年時代を思い出させるよ」


 クラウスは、白銀の髪を持つハインツよりは、色味のある髪色をしているが、それでもかなり明るい髪色であった。そして瞳も薄いアンバーだ。黒目黒髪のティレとは確かに全く印象が違った。少し離れた位置にいた騎士たちは気づいていないようだった。


「叔父は、僕にそっくりでね。事情を知らない人は甥ではなく、息子だと思うくらいだ。生まれてから十数年の間、隣国の父の元で生活していなければ、本気で叔父の隠し子だと疑われたかもしれない」


 ――もしそうだったら、きっと命を狙われていただろう。


 兄の言葉にハインツは、改めてこの国の過酷な状況を感じた。

 もしかすると、クラウスの母親はそれもあって幼少のクラウスを父の元に残したのかもしれない。あの頃は隣国であるゲルグ国に嫁いで王籍を抜けたクラウスの母親より、その弟であるアルベールの方が王位継承順位が高かったはずだ。出発前に当時の様子を調べたハインツはそう思った。


「だから、マルティナの推理は正しいと思う」


 クラウスは、ティレをまっすぐに見た。


「ハインツの奥さんが僕と血縁関係にあるなんて、出来すぎた話に思えるけれど、これも何かの縁かもしれないね」


 すでにクラウスもティレとの血縁を確信しているようだった。


「……叔父は今かなり弱っている。どこが特に悪いとか、急激に何かの症状が出るとかそういったことはないんだけれど、徐々に、本当に少しずつ弱っていったんだ。最近は横になっていることがほとんどだ。食欲も落ちているし、それに比例して体力も落ちてしまっていてね」

 

 クラウスは目を落とした。


「叔父は、叔父には、僕が唯一の家族なんだ」

 

 静かな声だった。長らく続いた跡目争い。知識として知っているだけのハインツやティレにも王家のお家事情は察せられた。結婚もせず、子のいなかった叔父と早くに家族と別れた甥のつながりの深さを感じるものだった。


「力を尽くします」


 小さな声だったが、ティレの言葉にはこれまでにない力があった。それを感じたクラウスは、口元を緩めた。


「ありがとう。あなたに会えて、叔父はきっと生きてくれると信じてるよ」


 馬車は公爵邸に向かって進んでいった。

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