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森の娘と白銀の騎士  作者: 四葉ひろ
第二章

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29/41

森の屋敷は大変な騒ぎ

 その日、森との境目にある領主の館は朝から大騒ぎだった。


 住み込みの使用人だけでなく、村から何人も手伝いがやってきていつにない喧騒だ。

 通いの男手によって、どたどたと大きな荷物が運び込まれる中、メイドたちが家中をピカピカに磨き上げている。

 

「客間の準備終わりました!」

「じゃあ、玄関ホールをもう一回掃いてきて! さっきから色々と荷物が届いてまただいぶ汚れちゃったのよ」

「裏口は使えないんですか」

「そっちもめいいっぱい使っているわ!」


 メイド長に言われ、年若いメイドはほうきを片手に玄関に向かう。この調子だとおそらくまた汚れるだろうが、それでも一回掃き清めた方がいいだろう。ついでに門から玄関までも綺麗にしよう。


 そう思いながら玄関から外に出たメイドは、ここにいるはずのない人物を見て仰天した。


「奥様!」


 思ったより大きな声が出てしまった。

 その声にビクッと地面から飛び上がった「奥様」は、恐る恐るメイドを振り返った。その手には大きなほうきが握られている。


「どうされたのですか? こんなところで」

「あ、あの、皆さんお忙しそうだから、私も手伝おうかと思って……」

「まあ」


「奥様」らしい威厳は、この屋敷の奥様にはない。ここに勤め始めて数ヶ月の歳下のメイドにも、悪戯を見つかった子どものように小さな声で言い訳をする。


「奥様。ここは私がやっておきますので、そろそろ着替えて準備をしてください。旦那様ももうすぐ戻られる時間です」

「そ、そうね。どうもありがとう」


 そう言うと、ほうきを持ったまま屋敷に入ろうとする。


「奥様、ほうきはお預かりしますわ」

「あ。そ、そうよね。つい、いつもの癖で」


 一体、どんな癖だ。


 呆れたメイドだったが、ほうきを受け取っていると門からこの家の主人が馬に乗って入ってきたのに気づき、姿勢を正して一礼する。


「ティレ」

「ハ、ハインツ様」


 夫に声をかけられた「奥様」は、明らかに慌て始めた。本当は夫が戻ってくるまでに身支度を終わらせている予定だったからだ。

 ハインツは、馬から降りるとやってきた下男に馬を預け、あたふたする妻の手を取った。


「慌てなくて良い。俺が予定より早く帰ってきたんだ。今日は、お前の実家の方の衣装だから、身支度にそんなに時間はかからないだろう」


 だいたい、お忍びで来ればこんな大騒ぎにはならなかったのに、と不満げに続ける夫に、少し落ち着きを取り戻した妻のティレは控えめな笑顔を向けた。


「きっと私を気遣ってくださったのだと思います。王都の式には出られませんでしたから」

「……そうだな」


 諦めたようにため息をつくと、ハインツは妻であるティレの背にそっと手を当て玄関に進んだ。

 残されたメイドはふうと息をついて、門から玄関ホールまでを掃き清め始めたのだった。



 このゲルグ国の第三王子殿下が結婚したのは半年前のこと。相手は、長く王子の側に仕えた女性騎士だった。

 この屋敷の主人であるハインツは、この国のヴァーグナー侯爵家に三男として生まれた。幼い頃は両親と共に王都のタウンハウスや王都近くの侯爵家の本邸で育ったハインツは、第三王子とは同い年で幼い頃からの友人だ。そして、王子の結婚相手である女性騎士の弟でもある。


 そんなハインツの館に、新婚旅行を兼ねて隣国を訪問していた王子夫妻が帰路の途中で立ち寄ることになったのだ。侯爵家の本邸の方でなく、この分領なのは帰路の途中にあるからとされているが、ハインツの妻であるティレに会うためというのが本当のところだった。


 ティレは、ゲルグ国の出身ではない。

 ティレは、森の民なのだ。

 

 この大陸の真ん中には「常闇の森」と言われる深い森が広がっている。大陸にはハインツが属するゲルグ王国を含めて5つの国が存在するが、この森はそのどれにも属していない。許可なく踏み込むのをタブー視され、実際に常闇の森に案内なく入った者は必ず迷う。だが、その常闇の森で生活しており、唯一自由に行き来できる者たちがいる。それが「森の民」だ。一般にはその生態や文化は外に詳らかにされておらず、謎の多い民族とされている。大陸のどこの国にも属さず、独自の文化のもとに生活している森の民は、その「大いなる智慧」と「比類なき力」により、各国に起こる様々な問題の解決に協力してきた。そんな事情もあり、各国の人々は「森の民」に畏怖の念を抱いている。

 

 ハインツは、兄に代替わりすると同時に侯爵家が所有するこの国境近くの村を自領として譲り受けた。同時に王都では騎士として勤めており、この領地と王都を行ったり来たりする生活を送っていた。


 ここを相続するのは、ハインツの姉マルティナだと目されていた。


 代々、騎士を多く輩出してきたヴァーグナー侯爵家。

 しかし、ハインツの兄弟は少し複雑だった。夭折した最初の妻との間に生まれた長男。隣国の妻との間に生まれた次男、そして今の妻との間に生まれたマルティナとハインツ。長男が侯爵家の跡取りとなり、次男は母の国に渡って、子のいない叔父を継ぐことになった。そこで第三子であるマルティナが騎士となったのだ。次いでハインツも騎士になったが、階級はマルティナに遠く及ばず、順当にいけば領地を得るのはマルティナだろうと言うのが大方の意見だった。


 しかし、ハインツはティレと出会った。


 ティレは、森の民の母と外の国の父の間に生まれた。混血の証として真っ黒な髪と真っ黒な瞳を持つ。ハインツが知る限り、純粋な森の民は色鮮やかな髪と瞳を持つので、異形とも言える見た目だ。

 森の民は、一般には「知識豊かな人」と思われており、不思議な力を使うというのはおとぎ話だと言われている。しかし、森の民は実は魔法が使える。これは公にはされていない。ハインツは、ティレと出会って、結婚するまでの中で、ティレやその家族が魔法を使えることを知っているが、誰かにそれを伝えたりはしていない。ティレも使用人や村人には、薬の知識の豊かな奥様としては知られているが、魔法が使えることは秘密にしている。

 勘の良い家令あたりは薄々気付いている気もするが、それを吹聴したりする人物ではない。

 そんな実は魔法使いなティレだが、半分森の民というティレは、純粋な森の民と比べて、力が弱かった。

 力を使いすぎると、すぐフラフラになって気を失うこともある。そして、何より長いこと森のそばを離れると日常生活に支障が出るほど弱ってしまうのだ。


 詳細は伝えていないが、ティレが長く森のそばを離れられない体質だと知ったマルティナを始め、侯爵家は、この常闇の森に隣接する分領をハインツに継がせることにした。

 ティレは、この国に起きた大事件を解決してくれた恩人であり、立派な体躯といかつい顔、女性の心の機微になど想像も及ばない朴念仁の侯爵家の三男。この様子では一生結婚することなんてないのではと思っていたハインツが心に決めた人だったからだ。

 そうして丘の上にあった領主の館の他に、森との際にあった連絡小屋を建て替えて新たな館としたのだ。

 普段ハインツとティレはこの館で過ごしている。


 今回は公式な訪問ということで、大勢の人間がやってくるため侯爵家と王子夫妻は護衛と共に森に近い新領主邸、王子のそばを離れられる者たちは丘の上の旧領主邸に滞在することになっている。

 丘の上の家は家令が、森の館の方はメイド長が用意を取り仕切り、ハインツは両方を行ったり来たりして指示を出している。


 今日は、昼頃にまず侯爵家の一行が到着することになっていた。


 太陽がだいぶ高くなってきた頃、村のはずれから早馬がかけてきた。侯爵家の先触れだ。

 間も無く、侯爵家の紋章のついた馬車が森の館の玄関に到着した。馬車は全部で三台。


「ティレちゃん!」


 最初の馬車から降りてきた女性は、馬車を降りるやいなや、エスコートしていた夫の手を振り切って、ティレに抱きついた。

 歳の頃は四十ほどだろうか。

 ハインツと同じ空色の瞳を持つ女性は、ハインツの母クラーラだ。


「母上。はしゃがないでください」


 ハインツが、すげなくティレから引き剥がして、父親に母を預けた。受け取った父は五十半ばと言ったところか。白髪に見えるが、よく見ると若い頃はハインツと同じ同じ銀髪であっただろうことが窺える。

 嫁から引き剥がされて不満げな妻を宥めるように肩を抱いた。


「まずは一度中に入ろう。また後でゆっくり話をさせてもらえばいい」


 歳の離れた夫にそう言われて、渋々頷いている。

 

「まあ、いいじゃないか。お前がなかなか招待してくれないからな。義母上は、いつまたティレさんに会えるのかずっと楽しみにしていたんだぞ」


 二台目の馬車から降りてきた三十代と思しき男性が苦笑いしながら近づいてきた。同じ年頃の妻を伴っているこの人はハインツの長兄。現ヴァーグナー侯爵だ。

 ハインツと同じ白銀の髪だが短く切り揃えているハインツに対し、長く伸ばして後ろで一つに結えている。


「ハインツさん、ティレさんお久しぶり」


 二人を見て、腰を落としたティレに兄嫁は笑いかける。


「素敵な衣装ね。装飾は全て刺繍?」

「は、はい。伯母が刺してくれました」


 ティレの伯母は森の民で今でも森の集落に住む。ティレの育ての母と言っても良い存在だ。


「――あの。前回お会いした際にも刺繍をほめていただいたので皆様にハンカチを用意しました」

「まあ、ティレさんが刺してくれたの?」


 兄嫁にそう言われティレは恥ずかしそうに頷いた。


「なにそれ! 僕も欲しい!」

「ちょっとご挨拶してからでしょ!」


 兄の子たちが最後の馬車から降りてくる。末っ子が母に飛びつくのを二人目の女の子が止めている。さらに上には、成人の早いこの国では、そろそろ成人かという年齢の嫡男がいて、苦笑しながら二人に挨拶した。


「叔父上、叔母上お久しぶりです。弟妹がうるさくて失礼しました」


 ティレといくつも違わない長男は、そう言って綺麗な形で礼をとった。



「いや。田舎の小さな家だ。気取らずに過ごしてくれればいい。長旅ご苦労だったな」


「そっか。じゃあハインツ兄さまでいい?」


 ハインツに言われた途端、砕けた口調になった長男がそう言っていたずらっぽく笑った。

 ハインツとも兄弟のように育った長男は、正直父であるハインツの実の兄よりもハインツにとっては、兄弟らしい。

 ハインツは苦笑して頷いた。

 全く書けていないのに、見切り発車で始めてみます。

 週一回更新くらいでのんびり書こうと思います。


 途中で違う短編とかも投稿できたらいいんですが。


 よろしくお願いします。

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