24 森の娘と事件の解決
キエムから騎士団の到着が知らされたのは、日が高くなりかけていた時間だった。
ハインツは、知らせを聞いてすぐにキエムのほうきに乗って、日が傾く前には現場に到着した。
キエムのほうきの腕もあって、そんなに時間はかかっていないと思ったが、ハインツたちが駆けつけた時には既に騎士団がクラウゼ侯爵側をほぼ制圧していた。ハインツと、自分のほうきでついてきていたティレは、キエムの指示でほうきを降りるとそっと木の影に隠れる。
「ここまでだ! 常闇の森に踏み込むとは気でも触れたか、クラウゼ侯爵。お前が不正に過剰な採掘をして税を逃れていたこと、発泡水が有毒だと知っていながら販売を続けていたこと、そして我が国の王宮騎士ハインツ・ヴァーグナーを襲ったこと、陛下の耳にも届いている。あきらめて大人しく投降しろ!」
その声の主はなんと騎士団総長である第三王子ユリウスだった。ハインツは驚いた。まさか辺境の傭兵騒動如きに王子が直接赴くとは思っていなかった。確かに自分は王子の幼馴染で親友と言っていい間柄だ。だが、表向きはあくまで王宮の一騎士で姉のマルティナとは違い、近衛でもなければ王家の側近でもない。たとえ非情だと言われたとしても、ユリウスは、その辺りの公私の線引きはきちんとする人間だ。自分程度の騎士の救出だったらせいぜいハインツの属する王宮第二騎士団の団長あたりが率いた一個小隊くらいの派兵だと思っていた。
その上で、ハインツの救出にはその程度の規模の派兵で十分だろうとも思っていた。近衛部隊には及ばないとしても、腐っても王宮騎士団だ。実際に傭兵部隊と対峙してみて、自分たちの隊の敵ではないことは肌で感じていた。だからこそ、余計に単身乗り込んでしまった自分の不甲斐なさを感じていた。
見ればハインツの団と近衛師団の両方が来ているようだ。きらきらしく号令を発する王子の横で、熊のような大柄な第二騎士団長が居心地が悪そうに控えている。確かに近衛騎士団が動いてしまっては自分たちの出番はない。ただハインツが第二騎士団の所属であり、更に王子自らが率いるとなるとこの規模が最低限の派兵だろう。
なおも侯爵は悔しそうに顔を歪めて抵抗を見せているようだが、侯爵が金の力だけで集めた傭兵部隊は既に戦意を失っているようだ。手足となって戦ってくれる兵がいなければ、クラウゼ侯爵一人でできることはない。
しかし、開き直りなのか、単に気でも違ったのか、王族であるユリウスを睨みあげて声を張り上げている。
「仮にも王家の人間がこの森に踏み込むとはな。私をとらえても森の民が許すまい。ゲルグ国の王族として、この責任をどう取るつもりだ!」
得意げに叫ぶ侯爵を木の後ろから見ていたハインツは呆れた。ここまで追い込まれた状況で、自分を棚に上げてそんなことが言えるとは。ある意味あっぱれだ。
対して言われた当人であるユリウスは冷静だった。いや、ハインツは、あのユリウスの顔を知っている。心から軽蔑し、見放した顔だ。
「ーーここは、森の入り口だ。何日もさまよったらしいが、森と国の境目をずっとうろうろしていただけだ。我々は事前にきちんと森の民と連絡を取り、ここまでの進入を許されている。お前達は森に惑わされていたようだがな」
さっとユリウスが手を挙げると、騎士たちが左右に割れた。それまで騎士たちによって塞がれていた視界が開け、周りの景色が見えるようになった。そこは鉱山近くの森の入り口だった。ユリウスがどこまで知っているのかわからなかったが、クラウゼ侯爵達は、本当に幻術で森のごくごく入り口の付近をうろうろさせられていたらしい。ハインツが考えていたよりもずっと森の出口は近く、クラウゼ侯爵が採掘を任されていた鉱山は、今いる場所の目と鼻の先だった。
「そ、そんな……」
流石に顔色を無くしたクラウゼ侯爵が、がっくりと膝をつく。
そんな侯爵にユリウスは静かな声で告げた。
「お前は誰も道連れにはできない。お前一人が捕らえられて裁きをうけるのだ。ハインツも無事なようだしな」
「気づいていたか」
ハインツが木の陰から出ると、騎士たちに捕縛されていた侯爵はハインツを苦々し気に睨んだ。
「お前が、余計なことをしなければ」
ハインツは、鼻で笑った。逆恨みも甚だしい。
「それは違うな。俺は騎士として、国王の命で調査を行っただけだ。俺がしなくても、俺を殺しても誰かが必ずお前の罪を暴いただろう。第四王子殿下の顔にも泥を塗ったのだ。覚悟するのだな」
クラウゼ侯爵は今度こそ全身から力が抜けたようにへたりこんだ。それが合図のように既に降参の意思を示していた傭兵たちも次々に捕縛された。雇い主を失った傭兵には既に戦意はなく、抵抗らしい抵抗はなかった。
こうして、王都の貴族たちの謎の体調不良から始まった一連の事件は無事幕を閉じたのだった。




