200 聞けるはずがない
「…………」
「…………」
ひと気のない裏路地。
置いてあった木箱にファムを座らせ、彼女が落ち着くのを待った。
過去に何があったかは知らないが、昔の知り合いに会ったくらいでこんなに動揺するなんてな。
今まで俺はファムのことを、恐れ知らずの勇敢な戦士だと思っていた。
コルドには敗北したものの、たった一人であいつと戦って生き残ったのだから大したものだ。おまけにその後、すぐに立ち直って助けに来てくれたし。
俺だったら怖くて逃げだしちゃうぞ。
そんなファムが目の前で泣きそうな顔をして、両腕を抱えてぶるぶると震えている。
パニック状態に陥っているかのようだ。
ここで安易に声をかけても彼女が冷静さを取り戻すとは思えない。ひたすら待つしかないので、何も言わずにそっと寄り添うことにした。
どれくらい経っただろうか?
二時間以上は待ったんじゃないかな。
ファムは呼吸を整え、ようやく落ち着きを取り戻した。
「……大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
「そっか」
「……なにも聞かないのですか?」
聞けるはずねぇだろ。
聞いたら聞いたで、また元の状態に戻るかもしれない。
しかし……なんか聞いて欲しそうな雰囲気。
俺はファムの顔をじっと見つめる。
だが……。
「聞かない」
ただそれだけ言うと、彼女は深くため息をついて「左様ですか」と短めに答える。立ち上がってわざとらしく膝を払うと、むっつりとした表情で俺を見ていた。
二時間待たせておいて、その態度はないだろう?
「んじゃ、帰るか」
「お手間を取らせて大変申し訳ありませんでした」
「謝らなくていい」
「……はい」
俺はファムを連れて滞在している小屋へと向かう。
彼女は道中、一言もしゃべらなかったが、気まずさは感じなかった。
普段からお喋りをするような奴でもないし、放っておいても大丈夫だと思う。
無言でいるのも平静を取り戻した証拠だろう。
逆にべらべらと話し続けていたら不安になる。
「うん? おい、アレ……」
俺は通りのど真ん中で寝そべっている男を見つけた。
人通りの多いその場所で倒れていたのは、ほかならぬアルベルト。
片手に酒瓶を抱えて幸せそうに寝息を立てている。
まだ酔っぱらうには早い時間。あたりには大勢の通行人。誰もが嫌悪感を露にして、その場を立ち去っていく。
「アルベルトさま……ですね」
「くっそ! なにやってんだよ!」
俺は慌てて駆け寄り、アルベルトを抱き起す。
「おい! しっかりしろよ!
なんで酔っぱらってるんだ!」
「うーんむにゃむにゃ、もう食べられないよぉ」
なんだコイツ、本当にどうした?
冒険者ギルドで一杯飲むとは言ってたけど、まさかここまでへべれけになるとは……。
これが元英雄なんだから信じられない。
自分の父親だと思うと情けなくなる。
「おい、ファム。
この人を運ぶのを手伝ってくれ」
「かしこまりました」
俺とファムで両脇を抱え、引きずるようにして街の外まで連れて行く。
足に全く力が入らないどころか目を覚まそうとすらしない。
手に余った俺は近くの小川で水を汲んできて、頭から冷水を浴びせてやった。
「ぶるるるるるぅぁ! 冷たい!」
一気に酔いがさめたのか、大声で叫ぶアルベルト。
これでシラフになってくれよ。
「あんたが道のど真ん中で寝そべってて、
通行人の邪魔になってたんだよ。
だから俺とファムで……」
「まだ風呂の時間には早い!
もう少し寝かせてくれ!」
「え?」
「ZZZ……」
「……まじかよ」
その場に座り込んで眠りこけるアルベルト。
どんな神経してんだよ。
「アルベルトさまは一度眠ってしまうと、
なかなか目を覚まさないことで有名です。
自宅まで運んでいくしかありませんね」
これが元英雄なんだから聞いてあきれる。
戦場で眠くなったらどうするんだよ?
「現役の頃のこの人を知ってるんだろ?」
「ええ、まぁ」
「戦地でも同じように熟睡していたのか?」
「はい、彼を起こすのが私の初仕事でした。
かなり時間がかかって大変でしたね。
どんな状況でも目を覚まさないもので」
戦いの最中でも眠っちゃうんだろうか?
仲間は心配でひやひやしたことだろう。
それでも、目を覚まして戦うと強いんだろうな。
きっと。
「苦労しただろ」
「ええ……でも、頼りになりました。
まだ戦場に慣れてなかった私を守ってくれたので」
「やっぱり女だから気を使ったのか?」
「いえ、最初は男のふりをしていました」
「へぇ……」
思わずファムのおっぱいに目をやる。
「あの頃はまだ、ここまで大きくなかったんですよ」
彼女はそう言ってクスリと笑う。
いつの間にか和やかな空気になっていた。
アルベルトがよっぱらって道端で倒れていたお陰か?
ファムが少しだけ元気になったのでチャラにしてやろう。
俺はそう思うことにした。




