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過去と、リナの真の覚醒

 回避を最優先とした、戦いが始まって既に、数時間が経とうとしていた。2人の攻撃方法は、確立されていた。


「せいっ!!」


 シオンの掛け声と共に、閃光が4度まう。以前コボルトに対して放った、【四閃】であった。ただ、あの時と違う点がある。


 以前の四閃は、剣の威力を生かす為、剣撃がメインに置かれていた。しかし、使用している四閃は、剣から"斬撃"が放たれていることだ。「テ」で始まるシリーズである『魔○剣』をイメージすると分かりやすいと思う。


 さらに、放たれた斬撃は四散する事なく、一点に集中していた。複数の連続した斬撃が、一点で重なる事により、傷跡はより深くなっていくのだ。


 これを剣技──【四双飛燕】という。



「があ!!」


 リナの口からは、普段の声音から想像できない、雄々しい雄叫びが上がっていた。空間を震わせる雄叫びと共に、ガン! と重い音が空間内に響いた。音の発生源は、リナの細い脚であった。


 シオンの腕くらいの太さしかない、細くしなやかな美脚は、オーガの丸太のような脚とぶつかっても、ケガ1つなかった。その事自体が異常であるのだが、誰も気にする余裕はなかった。


 その細い脚を守っているのは、前回の冒険で入手した『すね当て』であった。先ほども上げたように、『破壊・破損』の起こらない"装備品"だからこそ出来る荒業でもあった。


 他の異世界モノのように、『壊れること』が前提にある装備では、硬い筋肉の鎧に覆われたオーガとの衝突に耐えられなかったであろう。そんなレベルでの負荷が、すね当てに加えられていたが、変形する素振りもない。


 シオンの攻撃パターンが変化したと同様に、リナの攻撃も変わってきていた。多かった攻撃の手数を減らし、狙い定めた一撃の重さに、比重を置いてきたのだ。


 故に、今のリナは、シオンの数段上の〈体術〉に至っていた。


 2人の体が、新しい攻撃スタイルを確立して、しばらく経った頃、2人の体内では以前にもあった現象が起きていた。


 それは、中級と上級を遮る"壁"との衝突であった。体内で煮えたぎる熱に振り回されながらも、壁の突破を目指して突き進んで行く。ドンドン加速する熱は、2人の身体中を沸騰させた!


 今ではバラバラの、全く正反対の戦闘方法の2人だが、1つの感情に支配されかけていた。



 ──これなら、行ける(の)!!



 その感情は間違いではないが、正解でもない。スキルが『LV7』の段階に達しても、彼らとオーガでは"地力(ステータス)"が違いすぎるからだ。リナと比べても、倍以上は違う。


 体の中で燻っていた熱は、ある瞬間を境に、元から無かったかのように消え去った。これは、スキルレベルが『7』に達した事によるモノであると、2人は瞬時に理解した。


 元々、1度は経験していた感覚だけに、戸惑わないでいられたのだ。


 スキルが上級レベルに入ったことにより、シオンの放つ剣撃は重なることで、今までよりも深く筋肉の鎧を切り裂いた。リナの打撃も、赤くなるだけだった皮膚が、内出血を起こしたように赤黒くなるのであった。


 形勢は徐々にだが、2人に向かって傾きかけていた……。


 2人の猛攻は、止まるところを知らないかのように、加速していった。唯一の救いは、頭の中から『回避』が抜け落ちていないことであろう。もし、抜けていたら、ダメージを受けた瞬間"死に戻り"してもおかしくないからだ。


 そんな状況だからだろうか? その顔には、遠目でも分かるくらいの『笑み』が浮かんでいた。油断できない敵とは、『=』で"圧倒的な経験値"とも言い替えられるからだ。


 自身の成長具合が1番目に見え、感じられるのだ。強さが必要な現在は、どうしても求めてしまい、『強くなった』と感じることを嬉しく思ってしまう、悪循環が生まれるのだ。


『Gaaaaaaaaaaaa!!』


 開幕時に行ってきた雄叫びを、再びその身に受けた2人。体が硬直して動けなくなったワケではないが、戦闘リズムを崩されたのは間違いないことだった。ほんのワンテンポ──いや、半テンポズレただけであったが、完全な格上との戦いだった為、それは大きなミスとなった。


「──くっ!!」


 頑張って避けているシオンの顔には、苦虫を噛んだような表情になっていた。実際に、先ほどの雄叫びにより、戦闘の流れを強制的に変えられ、自身にとって悪い流れになったのを、肌で感じた為である。


「リナ──!!」


 1度、離れる事で体制を整えようと考え、声をかけようと考えたとき、オーガは地面を蹴り上げ、土をシオンに向け蹴り飛ばした。砂などをまく『目潰し』とは、規模の異なる量であった。


「ぐっ……!!」


 これまで探索してきた通路と違い、ここの床は石造りではなく、剥き出しの地面であった。その1つが、悪い方向に働いた。


 その太い足の指を地面に突き刺し、土を掘り起こしたのだ。


 離れようとしていた事がプラスに働いて、その光景を偶然目にしたので、両腕で顔を守ることには成功した。しかし、その代償は大きく、鎧で守られていない上腕、太ももを土石で打ち付けられるた。腹部も鎖かたびらで守られてはいたが、打撃を吸収することなど出来なかった。


 その威力は、筆舌に難い。イメージとしては、プロ野球の試合でデットボールを受けたバッターくらいのダメージは、最低でもありそうだ。最悪、軽自動車との衝突くらいあるかもしれない。


 そんな衝撃が体にぶつかる瞬間、ギリギリで地面を蹴り、後ろに跳ぶことには成功したが、それでもダメージは大きかった。シオンの体は、中央付近から10m以上跳んだことで、数メートルは転がることになった。


「い……っつ」


 直ぐに立ち上がろうとするが、土石のぶつかった箇所と、転がった際に、全身のあちこちを地面にぶつけた為、身体中が痛くて、立てなかったのだ。


 回復薬を取り出し、飲もうとするのだが、全身の痛みと意識が朦朧としてきたので、手を動かせられなかったのだ。


 ジンジンとする腕の痛みを堪え、無事であった口を動かし、今朝覚えたばかりの呪文を唱えた。奇跡的に、喉にダメージを受けなかった。


「『汝は、世界に満る 生命を、見守る者 その力の一端を 癒しと転じ 我を癒せ 【小回復(ヒール)】』!!」


 今朝、試したように、精神的な疲れがドッと押し寄せてくるが、肉体的には痛み、疲労が無くなってきていた。


 どれくらいの回復量かは分からないが、「回復薬、数本分はあるんじゃないか?」とシオンは考えるに至った。


 仰向けのまま、軽く体を動かして、動作の確認を行う。少し動かしただけだが、まだ身体中に痛みが走ったので、もう1度【ヒール】を唱えて回復した。


 精神的には、今すぐに眠りたいところまで、疲れてしまったが、肉体的には完全回復……いや、それ以上に調子が良くなっていた。


 ふらつきながらも、立ち上がった。


 戦闘の中心となっている、空間の中央に視線を動かす。そこには、オーガの一撃を受け、地面にうつ伏せ状態になっている、リナの姿があった。完全に勝利を確信したオーガは、のっしのっしと、余裕を見せながら近付いていた。


 シオンは、それを見た瞬間に、何も考えずに駆け出した。


 途中で、落とした剣を拾ったのは、よくやったと褒めるべきなのだろうか?


 一迅の風、というにはまだまだ遅いが、結構な速度でオーガに駆け寄って行った。幸運なことに、駆け寄っているシオンには気付いていない。


 無防備に晒されている、脛……アキレス腱の部分を、走る勢いのまま、体重を乗せ切りつけた! その一撃が鋭かったのは言うまでもなく、硬い筋肉の鎧ごとアキレス腱を「スパン」と切り裂いた。


 スレ違い間際に、置き土産として【閃光(フラッシュ)】を直視させ、視界を奪うことに成功した。


 駆け寄り、地面でうつ伏せ状態になっていたリナを抱かえ、オーガから30mほど離れた。それ以上離れなかったのは、このボスルームとでもいえる空間の広さが原因であった。


 半径50m。それだけの広さしかない、空間だったのだ。それ以上離れようとしても、今度は壁が近くなり、逃げ場を失ってしまうのだ。


「待っていろ! 今、回復するから……」

「ぐが……。ご主人様……?」


 この状態で、回復薬では効果がないのは分かっていた。正確には、回復薬は『飲むモノ』であることが大きな理由で、大量に使うことが出来ない。


 短時間の間で、【ヒール】2回、【フラッシュ】1回と、魔法を立て続けで使用していたシオンは、限界の近い状態であったが、リナは彼にとって"とても大切な存在"になっていた。


 先に回復薬を1つ取り出して、リナの顔の近くに置く。


 【ヒール】を『2回』唱えるのであった。そして、本人が予想していたよりも、精神的な疲れが大き過ぎて意識が、フラっと遠のいた。


 リナの目の前から、シオンの姿が消え去った。そして、遅れて、音と風が耳に届いた!



 BuoooooN!!



 千載一遇のチャンスを見逃すオーガではなかった!


 まだ、視界が回復していない状態なのだろう。腕を振り回した、大振りと言えるパンチを繰り返していた。正直なところ、シオンが攻撃を受けたのは、ラッキーパンチというレベルであった。


 たまたま、腰を低くして打ち出した拳が、シオンの体にヒットしただけであった。しかしながら、その攻撃は全力の一撃といえるモノだ。


 攻撃をその身で受けたシオンの体は、風で舞う木の葉のように空中を舞い、壁際まで飛んでいった。


 体が動けるまで回復したリナは、近くに置かれていた回復薬を持ち、シオンの元に駆け出した。


 正直に言って、シオンの受けたダメージは酷いモノで、瀕死の重体であった。意識がまだあるだけ、奇跡といえた。


「ぐがぁ!! ご主人様!!」


 駆け寄ったリナは、急いで回復薬を飲ませた。それは、途切れかけていた意識を、引き留めるだけ(・ ・)の効果はあった。


 リナの視界に映るシオンの様子は、右腕が曲がらない方向に曲がっていた。攻撃を受けたのは、ちょうど右半身だったらしい。状況から、肋骨が折れていても不思議ではない。


 そんな中、リナの右頬を左手が触れた。驚きに目を剥き、大きくなった瞳で見つめる彼女に、口からは血を流した状態で笑いかけるシオン。


「やっと……全部……、思い出した」

「ぐが? ご主人様??」

「お前は、あいつ(・ ・ ・)だったんだな……」

「????」

「……待たせて……すまなかった…………アンリ──」


 シオンはそう言うと、リナの唇を奪った。途切れ途切れで出てきた"あいつ"と言うのは、あのオモチャの指輪の贈り主の少女であった。


 今まで忘れていた理由は、右耳の後ろにある『傷痕』が原因であった。あのオモチャの指輪は、最後の日、将来の約束と共にシオンが渡したモノであった。


 ただ、不幸なことに、翌日に交通事故に巻き込まれ、当時の記憶の大半を失っていたのだ。


 それが甦ったのは、オーガ一撃が、その時に受けた衝撃と同じだったからである。不幸中の奇跡……とでも言うのだろうか?


 リナの耳に届いた、『アンリ』という言葉。今まで思い出せずにいたが、彼の『最愛』に対するキスが、その身に宿る魂の封印から解き放ったのだ。


 魂の奥底から溢れ出てくる、『最愛』との思い出。それは、リナの心を震わせ、胸を締め付け、身体中を歓喜で包み込んだ。


「があ!? シーちゃん!? しっかりするの!!」

「……思い出したのが、今じゃなければもっと…………」


 その言葉を最後に、シオンの左手は地面に滑り落ちた。


 限界に達し、気を失ったのだ。


 その手を掴み、今度はリナから『最愛』に対する、キスを行った。


 ──奇跡とは、重なって起きるものであった。



 [個体名:リナの、ロックが解錠されました]


 誰も見ていない、スマホの画面に現れた。


 [解錠により、個体名:リナの種族に変更が入ります]


 [【恋する鬼(ラブレス)】から、【愛する鬼(ディアレス)】に進化します]


 [ステータス、スキルの解放、適応を行います]


 […………完了しました]



 リナの姿は、より人間に近付いた。もしくは、シオンの愛した少女が成長した姿になった……が、正しいかも知れない。


「……ぐが。…………貴様には、死など生温いの」


 その声は小さいが、半身50mの空間を支配するに価する、覇気が籠っていた。籠っているよりは『塊になっていた』が、ピッタリだろう。


 ゆらりと立ち上がるリナに対し、我知らずで後退するオーガ。


 両者の力関係は、完全に逆転していた。リナの方が圧倒的というレベルの、ステータスを持っていたからだ。


 苦戦していたオーガの2倍。以前の約5倍のステータスをだ。それだけではないが、今のところはそれ以上は関係ないであろう。


「があぁぁぁぁぁ!!!!」


 雄叫びと共に駆け出すリナの背後には、鬼神の姿が映っていた。そいつの顔は、怒りに満ち溢れ、目の前のオーガ()を滅ぼすだけの存在と言えた。


 身長差からみると、2倍以上の"差"があるのだが、現状で身長差などは意味を成していない、気がしないでもない。


 数秒で20m以上離れていた距離を詰め、全力の右手で殴りつけた!!

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