ステ振りして、階段まで駆け抜けろ!
スマホを取り出したシオンは、ステータスを確認した。
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シオン
LV20
筋力:10
体力:6
速さ:6
魔力:0
SP:4➡18
DP:1500
スキル
〈剣術〉LV5
〈体術〉LV5
〈罠解除〉LV2
〈精力増強〉LV3
〈忍耐力〉LV4
〈連携〉LV1
〈精神耐性〉LV1
称号
【蹂躙される者】【現実を知り、絶望する者】
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「(スキルが増えているのは嬉しいが、称号のコレって『あの時』のだよな……)」
釈然としない、文句を言いたい気持ちではあったが、リナ1人に長時間任せるわけにはいかないので、サクッと振り分ける事にした。
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シオン
LV20
筋力:16(+6)
体力:12(+6)
速さ:12(+6)
魔力:0
SP:18➡0
DP:1500
スキル
〈剣術〉LV5
〈体術〉LV5
〈罠解除〉LV2
〈精力増強〉LV3
〈忍耐力〉LV4
〈連携〉LV1
〈精神耐性〉LV1
称号
【蹂躙される者】【現実を知り、絶望する者】
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レベルアップにより増えていた『18ポイント』を、6ポイントづつ筋力、体力、速さに振り分けた。各ステータスは1.5~2倍に増えた計算である。
「(SPの予備が無くなるのは、精神的にキツいけど、今を乗り越えなきゃいけないから、仕方ないよな……)」
今も昔も、SPに関しては少しでも残したかったが、ここで死んでは、階段からのやり直し……いや、【目印シール】を剥いだ以上、マイルームからの再スタートになるかもしれない。
最悪、再スタートした場合で考えると、このフロアがモンスターで埋まっていて危険性が高いが、今なら突破できるだろう。
「よし。待たせた!!」
掛け声と共に、戦線に加わる。動きの確認を兼ねた凪ぎ払いで
数体のモンスターを消し飛ばした。リナは声を受けた瞬間に、少しずつ横側に移動してスペースを空けていた。
2人は再び肩を並べ、戦線を押し上げ出した。
「ぐが! なんか、キリがないの!!」
リナの悲鳴が通路に響くが、前も後ろもモンスターしかおらず、助けはない。このフロア内に、飛行タイプのモンスターがいないだけ、何倍もマシと判断するしかないだろう。
「せいああああ!!」
掛け声と共に剣閃が2、3と通路に煌めく。リナほど派手ではないが、その攻撃はモンスター命を消し去った。ステータスを振った事により、シオンの体は今まで以上に動き、力が溢れてきている状態であった。
一撃でモンスターを倒す事が出来るが、そこに優越感は全くなかった。倒しても現れるモンスターが、錯覚を起こさせているのだ。倒したことは、周囲に光の粒が飛び散ることで理解できるが、倒したモンスターの穴は瞬きする間に埋まってしまうのだ。
『イタチごっこ』
この言葉は、無くならない犯罪によく使われる。1つの手段を防いでも、新たな手段を生み出すように……。シオンの脳裏には、この言葉が浮び上がってきても仕方がないだろう。先が見えないと言う事は、簡単に人を追い詰め、苦しめてしまうからだ。
機動力の高いウルフ、小賢しいゴブリン、どっち付かずのコボルトに、時々突っ込んでくるボア。この中で1番戦い易いのがウルフと言う時点で、2人の戦闘力の高さが窺える。加えて言うが、モンスターは弱くはない。ただ、強いワケではないが……。
通路の角から前進してどれくらい経つのか、全く分からず、切る、斬る、KILLという具合に目に付くモンスターを、斬って斬りまくっっていた。そして、待望の階段が見えてきた。
モンスターの集団がいる中、ポッカリと空いた空間が異様に浮いていた。それを見た瞬間、シオンは率直な感想を抱いた。
「(──うわぁ。今まで気にしなかったが、これってかなり異様な光景だったんだな)」
ポッカリと空いている空間まではまだ距離があるのだが、2人体には力が満ちてきていた。人間とは単純な生き物である。
目の前にゴールが見えた事により、最後の力が溢れ出てきたのだ。下への階段を目指して剣を振り、モンスターを倒して行く。このフロアの階段は最奥の部屋に当たり、行き詰まりでもあるので、モンスターの数は今までと比べてかなり多い。
優にこの部屋の中に100匹は詰まっているだろう。そうなると、鳴き声の大合唱が起こる。1匹の鳴き声は小さくても、3桁の数の鳴き声が重なれば、当然空気を震わせる大きなモノになる。合唱団の様子を思い出すと、イメージしやすいであろう。
「(あと少し! けど、時々『ミシィ』『メリィ』とか、軋む音が聞こえるんだが、大丈夫なのか?)」
飽和状態の部屋の中、階段回りの結界が働き続けるが、大丈夫かと言うとかなり怪しい。シオンが結界のことを警戒するのは、耳に届いた軋む音が原因である。
一応、説明には『階段から半径10m以内にモンスターの発生ポップ、侵入はありません』と書かれていたが、現状では10mの範囲で安全が確保できるのか、怪しいなんてレベルではない。
そして、シオンたちの見ている前で、結界は最期の悲鳴を上げた。
パキィィィィィィン!!
ガラス、薄氷というべきなのか悩むところではあるが、硬質な何かが割れたのは間違いないだろう。キラキラ光る破片らしきものが、空中を舞っていた。
「け……結界が、壊れた??」
その音と光景を理解した瞬間、シオンの口からポロリと出てしまった、1つの現実。それは、ダンジョンを攻略する上で、必要不可欠といえる要素であった。
階段付近に発生している結界を、『上下階のモンスターを隔離するモノ』と考えていた以上、この出来事によるショックはかなり大きかった。
今までのシオンなら、攻撃の手を緩め、立ち竦んでいただろう。リナと過去の思い出が立ち止まる事を許さなかった。少なからずとも鍛え直されていたのだ。
故に、攻撃を続けながら、思考を加速させていった。
「(そもそも、何を持って『10m』という範囲が明言されていた? その数値が出ていなければ、オレたちは"常に警戒"していた)」
思考の中で、何か引っ掛かるような感覚に襲われた。
「(──ちょっと待て! 何をもって、結界の範囲が正しいと感じた!?)」
そう、結界あると理解していたが、説明には『階段から半径10m以内にモンスターの発生、侵入はありません』としか書かれていなかったのだ。
この中で数回だが確認出来ているのは、『発生』の方だ。階段付近に貼った【目印シール】により、転移した時に範囲内にモンスターがいなかった事を見ただけで、実際に実験などはしていなかったのだ。
もしも、この説明の中で、『故意に隠している』部分があるとしたら、さっき起こった事も納得できるだろう。その事実に対して、何かに思い当たっる事があったようである。
「(嘘を信じさせる為には、『真実』を混ぜる事だと聞いたことがある)」
失礼な話ではあるが、生死の境にある状況で人間は、『自分にとって有利』な事を選ぼうとする。
過去の実話の中に、『カルディアスの板』という話がある。1枚の板では、1人の体重は支えられるが、2人分は支えられず沈んでしまう。この状況下で『2人で助かろう』とする人は、かなり少ないのではないだろうか?
誰だって死にたくないからだ。
「(あの説明に『嘘』があるとした場合、どこら辺の可能性が高い?)」
必死に頭をフル回転させる。この時点で、以前のホブゴブリン戦で体験していた、ゾーンの効果が出ていたのだが、考える事に必死なシオンは気付かないままであった。ある意味で、ムダに贅沢な使用方法である。
思考はさらに加速し、説明文をパーツ毎に分けた。分けたのは、『10m』『発生』『侵入』の3つだ。
「(今のところ、守られているであろう条件は『発生』だ。『10m』という範囲に関しては、さっきモンスターの圧力に負け圧しきられたし、『侵入』に関しては結構怪しいレベルだけどな……)」
分けたパーツの中で『発生』は、直ぐに分かるものではない。まず、モンスターの発生頻度自体が分からないからだ。1時間なのか、1日なのかは待ち続けない限り、判断が出来ないからである。
「(範囲に関しては、最大と考えた方がいいだろう。侵入の方は結界のオマケと言ったところだろうな……)」
周囲との時間のズレを自覚しないまま、考え事に没頭していった。
「(侵入出来るか、出来ないかを調べる方法はないしな~)」
確認が難しい事なので、半ば投げやり状態になってしまったらしい。モノクロのセカイで視線を泳がせた時、視界の隅で異変が発生していた事に気付いた。
「(結界的な何かは、無くなったハズだけど?)」
スローといえる時間の中で、一瞬だが煌めく何かがあることに気付いた。それは異変が起こっている場所から、発生している様である。
白くなったり、黒くなったりするモノをジッと見ていると、壁のようなモノがあるようだ。瞬間的に切り替わるだけなので、気付きにくかった。
「(壁……? いや、どちらかと言うと、『バリア』のように感じるよな。一瞬だけ光って……!?)」
煌めきが脳内を、通りすぎていった。
「(待てよ、オレが"結界"と呼んでいたモノは、まだ生きているって事か?)」
それからも何度か、階段の付近が光った。モンスターのバランスが、光る度に崩れるのか波打つように見えていた。ただのバリアではない!? とシオンは感じ取った。
「(バリア自体は生きているし、モンスターの侵入は起こってないみたいだが……)」
考え事に没頭している間も、2人は階段に近付いていた。モンスターが多すぎるので、本当に遅々とした歩みではあるが。
階段のある部屋には、溢れんばかりのモンスターが詰まっていたが、奮戦の甲斐があってか、少しだが減ってきている。もっとも、100が95に減ったくらいでは、誰にも分からないままである。
探索を開始した階段から、下階への階段まで5時間、下手をすれば6時間近く戦っているので、リナはもちろんの事、騙し騙し戦っていたシオンの体力は限界であった。
「(階段まで、あと5mくらいか?)」
そう思った瞬間、ゾーンが切れたのか、体が鉛のように重たくなる。今までは高速で処理出来ていた情報処理が、時間がかかるようになった。階段までの距離をそう判断していたが、よく見ると5m以上離れている。
ズレを生み出しているのは、スタミナ切れが原因かもしれない。
「リナ! 階段まで、もう少しだ! ラストスパートをかけるぞ!!」
「があ! わかったの!!」
最後の残り火のように僅かな体力をふり絞り、2人は攻撃を加速させていく。馬があれば一迅の風のように、モンスターが溢れた部屋を駆け抜けられたかもしれない。
しかし、ダンジョンには馬はなく、2人が乗馬出来る保証はどこにもないが。
目の前に迫ってきたモンスターは、次々と光に変わり周囲を仄かに明るくした。剣を振るう度に階段に近付いるのだが、如何せんモンスターの量は多く、数が減っているのかは分からない状態であった。
気力、体力が尽きかけている2人であるが、ある意味希望といえる『階段』が目の前にあり、疲れにより動きが鈍くなろうとも、『階段に行く!』という目標を忘れなかった。
始まりがあれば、終わりがある。その言葉通りに、階段に到着する瞬間がきた。
「──げ、限界……」
どちらが呟いたのかは分からないが、2人は膝から崩れ落ちそうなくらい、疲れ果てていた。階段前の壁に背を預け、肩で息をしていた。剣を握っている手は震え始め、取り落としそうになっている。
安全地帯まで逃げ込んだ2人を追い掛け、モンスターが光の壁にぶつかって跳ね返されていた。モンスターがぶつかる度に、パィンパィンという不思議な音を発生させていた。
このままでは危ないと判断したシオンは、リナに階段を下ることを提案した。
「下も安全とは言えないが、ここでは気が休まらない。下のフロアに移動しないか?」
「があ。賛成なの」
「??」
賛成した様子なのだが、どこか落ち込んだ雰囲気を感じ取り、首を捻る事になった。思い当たる節がなくても当然だろう。彼女が落ち込んでいる理由は、夜の分を使いきってしまった為だ。
その事を知らない、ある意味で幸せな男は、不思議がっているだけであった。
モンスターの溢れる場所から離れた2人は、フロアとフロア繋いでいる階段の踊り場で、壁にもたれ掛かり休憩していた。剥き出しの地面だったら、まだ温かい方のだろうが、石造りの床と壁はひんやり……というよりは、冷たかった。
その冷たさは、熱に犯されている今の体には気持ちがいいのか、時折もたれ掛かっている場所を変えていた。冷たさに侵食された体は力が抜けたのか、ホッとした顔をしていた。
呼吸が落ち着き、汗が引いてくると、石の冷たさにブルリと体を震わせた。しかし、2人同時に震えなくてもいいと思うが。
「ある程度、疲労は抜けたかな」
ゆっくりと立ち上がり、必要以上に体を冷やさないようにする。手を握ったり、開いたりして握力が戻ったか確認したり、腕や脚を軽く伸ばしたりして柔軟を行った。あの乱戦が体に大きな負荷をかけたらしく、節々がピキィっと音を立てていた。
「イッチチ……。しばらくは、筋肉痛に悩まされそうだな」
腕を伸ばすと腕が痛く、脚を伸ばすと脚が痛い、背中も前後に曲げるのが苦痛になり顔を歪めていた。隣にいるリナの様子を伺った。
「リナは大丈夫か?」
「…………」
「……リナ?」
「──!! ぐが。体は大丈夫なの」
「そ……そうか」
普段なら、呼び掛けに直ぐに答えるのだが、黙っていたので再度呼び掛けてみた。今度は気付いたらしく、返事が返ってきたただのだが、不安を掻き立てられる部分があった。
「(なんだよ? 体『は』って……。まさか、コイツ……)」
返事の仕方から、何を残念そうにしていたのか、思い当たったシオンの表情は苦虫を噛んだようであった。意外な原因に気付いたのだ。
「(もしかして、あの時の言葉か!?)」
自分では、ただの感謝の言葉を言ったに過ぎなかった。言っては何だが、「好き」という単語を使ったかも知れないが、大きな意味で言ったわけではない。打つ手がない状態であり、最終手段を取ることしか出来なかった。
「(何も聞かなかったし、何も気付かなかった!!)」
完全に逃げ腰のチキン的な思考であった。自分の身に起こりうる事を考えたら、仕方がない事かもしれない。




