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男は女で変わり、強くなる

 シオンが、ダンジョンでの出来事を『ゲーム』と混同していたのは、【指南書】に書かれていた説明が原因ではあるが、モンスターの消え方や【転移の羽根】といった非現実的な、摩訶不思議アイテムが存在していた事実も大きいかった。


 このアイテムたちがシオンの緊張感を和らげ、現実感をゆっくりとマヒさせていたのだった。自分は『死』とは無関係と思うことで、これまでは活動出来ていたのだ。【大氾濫】【大海嘯(スタンピート)】この2つが、心の均衡を崩す切っ掛けとなってしまった。


 不安定な状態に陥ると、明確な『死』の影が目の前にチラつかされたのだ。いくら現実逃避していたとは言え、不安定で揺れ動いていた精神の均衡は簡単に崩れ落ちた。


 思考停止に陥ったシオンの脳裏には、とても鮮明だが、人の姿が分からない映像(・ ・)が再生されていた。



 ☆   ☆



「も~う! そんなんじゃ、ダメなんだからね!」


 目の前で怒っているのは、少女なのだろうか? 姿が見えないので性別は分かりにくいが、怒っていることは、先ほどの言葉と仕草で伝わってくる。


「何だよ。別に、問題ないだろ?」


 不満そうに声を出しているのは、オレなのだろうか?

 中途半端なところから始まったので、どうして怒られているのか、分からない。


「自分を大きく見せようとしたり、目に見えるモノを、都合のいいモノだけ(・ ・)を信じるってのはダメなんだよ!」


 オレと思わしき影に、目の前の影はビシィっと人差し指を突き付けた。過去に、あった光景かもしれない。


 それにしても、『自分にとって信じたいモノしか見ない』性格は、何時かは思い出せないくらい昔……、それこそ小学生の頃からのモノだったのかもしれない。


 年頃が分かった理由は、周囲にある鮮明な建物だ。


 少女の伸長からは、そのくらいが妥当ではないか? と感じられるので、間違いないないだろう。それにしても女の子ってのは、外見年齢と精神年齢が本当に一致しないんだな。


 しかし、この子は誰だっけ? 顔もそうだけど、名前も思い出せないんだよな。


「そんな事ばかりしていたら、何時か本当に取り返しのつかない事に、なるんだからね!!」


 はは……。今のオレが、正しくその通りだ。ゲームだと勘違いして、自分は『最強になれるプレイヤー』だって思い込もうとしていた。


 絶対的なヒーローである『主人公』だって思うことで、自分自身の心の脆さから目を背けて、そして──。


 そして、リナがいた。オレを信じ、オレを立ててくれる、オレにとって『1番』都合がいい存在として、隣にいてくれた。


 彼女と繋がることで、オレは自分が大きな……唯一に近い存在だって勘違い(・ ・ ・)していた。死ぬ事のない、復活するゲームの主人公だ……って。


 少女は指を突き出しながら、こちらに向けて体を倒してきた。


「いい? もしも、自分の全てが崩れ落ちた時でも、貴方を見捨てないで傍にいてくれる人がいるはずよ! ──私だったら( )嬉しいけどさ……( )


 最後に何を言ったのか、それは思い出せない。それどころか、聞いたのかさえ曖昧だ。聞いていたとしても、相当小さい声だったんだろうと思う。

 wWS

 少女が何を言ったのかは気になるが、今のオレには隣にいてくれる、1人の女性がいる! 逃げている場合でも、目と耳を塞いでいる場合でもない!!


 今だ!! 今、自分自身を、生まれ変わらせるんだ!!


 ☆   ☆



 俯いて塞がれていた、シオンの目が開かれた。指南書に書かれた説明を読み、絶望に落とされ、死の恐怖により暗くなった瞳には、ダンジョンに喚ばれる以前より強い光を放つようになっていた。


 周囲を警戒しながら、シオンに呼び掛け、励ましていたリナの顔をシオンは捉えた。彼女の表情は"焦り"に支配されていた。


「リナ」

「ぐが? ご主人さ……」


 返事をする前に、小さな口は塞がれてしまった。その瑞々しい唇には、シオンの唇が押し付けられ、開いた口から舌が入ってきた。そのまま10秒、20秒と時間が過ぎ、2人の唇が離れた時、銀色の糸が橋をかけていた。


 リナの瞳には『困惑』の色と同時に、『欲情』の色も出ていた。ちょっとほおけて、頬がピンクになった顔を見上げながら、シオンは初めてその言葉を口にした。


「ありがとうな。リナがいてくれて、隣にいてくれて助かったよ。リナの事を好きになって良かったよ」

「ぐが……。ご主人様……」


 言葉に潤む瞳。体だけではなく、心も満たす心からの言葉。それだけで自分の全てが満たされていく、そんな感覚がリナを包み込んでいった。心の充足感に比例して昂るのは、抑えがたい性欲だったりする。今夜は覚悟した方が、いいだろうね。


「(情報を整理すると、ダンジョンは"厄災"そのもの。モンスターが増えることで、厄災と言える『大氾濫』や『大海嘯』が起きる。回避する唯一の手段が、ダンジョン内のモンスターを倒すことである……と)」


 リナがの頭は発情モードに陥ったのに気付かず、現状の解決策を模索していた。今のシオンの頭には、最悪を想定した対策を考える事で一杯だった。故に、リナの様子の変化を見落としていた。


「(大海嘯……説明を読む限りは、モンスター数が引き金ってことだよな?)」


 シオンの脳裏には、大海嘯の説明が浮かんでいた。


大海嘯(スタンピート)】……迷宮内に発生するモンスターの許容量が、限界に達し飽和した時に発生する大厄災。頻度としては、数十年~数百年の周期で発生しやすく、放置された迷宮であるほど発生しやすい。

 大氾濫との違いは、対処法が確立している事にある。モンスターを常に駆逐し、迷宮内のモンスター数を減らすことで、発生率そのものを下げられる。元凶は【ダンジョンコア】であるとされ、コアを破壊することで発生自体を無くせると考えられている。



「(これがもし、『津波』と似たような現象だとしたら、まず最初にモンスターが減る、もしくは奥に引き下がる現象が起きる可能性が少なからずある?)」


 津波の詳しい発生は横に置いて、津波が起きる時、一時的に水面が下がる現象が起きる。その後で津波がやって来る。


「(オレがダンジョン(ここ)召喚されて(来て)から、モンスターが少なくなった『可能性』は低い。いや、低いと思う)」


 シオンは毎日ダンジョンに潜っていたわけではないが、モンスターと戦いに関して、減ったという可能性は低く感じていた。そして何より、ある事実が可能性を下げていた。


「(──第1に、ダンジョン系の召喚って、『滅びが来る直前』ではなく、『何時か来る滅びを回避する』事の方が多くないか? 確かに、希望的な考え方だが、そう考える方がしっくりする)」


 この考え方が正しいとは言えないが、そう頭の隅で考えていたが、あくまで『可能性の問題』と考えたら、あり得る話だろう。わざわざ戦場(死ぬ場所)に、戦を知らない素人を喚び出さないと考えていた。


「(仮定の話だが、『召喚コスト』が大量に必要な場合、簡単に死んでは、使用したコストをドブに捨てるようなモノだな。

 仮に、召喚コストがDPで『100万』必要だった場合、そのDPを貯めるのには長い、それこそ"100年"単位の時間が必要なんじゃないか?)」


 そこまで考えた時に1つ、頭の中に浮かんだ仮説があった。


「(最悪、召喚された者(オレ)が、お笑いのような『ネタ』だったら話は違うだろうな。でも、ネタとするにしても、コストとリスクの問題があるだろう)」


 一方通行の考え方なので、偏った答えしか考え付かなかった。ある程度は『最悪』を考えた方がいいだろうと、心掛けようと思った。


 ただ、それよりも先に、目の前の問題(リナ)に注意した方がいいだろう。今ではもう、呼吸が荒いレベルでは済みそうもない。肩で息をしている状態ではないからだ。


 壁にもたれ掛かっている姿は、顔には汗が浮かび上がっていた。髪の毛が肌に引っ付き、夜以上に艶色が増していた。


 シオンは、リナの状態に気付かないまま、考え事に没頭していた。本当に、今夜は気をつけて欲しい。


「(大雑把な考えだが、スタンピートではないだろう。オレが何の目的で喚ばれたか、想像できないけどな……。簡単に殺す為ではないだろう)」


 希望的観測が混じっているのは、今の彼には理解できていた。それでも、召喚主の目的・意図が分からない以上、『ああでもない、こうでもない』と自分勝手な憶測しか出来ないのだ。


「(今、目の前に迫っているのは、『大氾濫』の方と考える方がピッタリと当てはまりそうだな。このフロアか、次のフロアなのかは分からないが、モンスターが"爆発的に"増えるのかもしれない)」


 目の前に迫っている危険は『大氾濫』ではなく、『興奮し、昂ったリナ』である。こんな状態で周囲の警戒が出来ている事実が、既に奇跡と言えるレベルであった。


 行動方針がまとまったシオンは、両手で頬を叩き、気合いを入れ直した。通路には『パシィーン』と小気味良い音が響いた。


「リナ、モンスターの気配はどうなってる?」

「──ぐがぁ!? ええ"っと、少しずつだけど、強くなってきているの」

「チィッ! 時間をムダにしたか……。今から『左』の通路の奥まで一気に探索する!!」

「──ぐあ……。わかったの」


 問い掛けに戸惑いながらも答えられたのは、流石と褒めたいところである。ただ、自分の決定を聞いたリナの返事に「待てをされた、犬のようだ」と、本人が聞いたら怒りそうな感想を抱いていた。原因は、あんたの行動だ。


 何時もより駆け足で、通路を進んで行く。曲がり角毎に先を確認しているが、リナの言う通りモンスターの数が増えている。今までの倍くらいの数と頻繁に戦うことになった。


 3~5匹くらいのグループが、7、8匹の群れになっているのだ。いくらレベルが高くなったシオンと、進化したリナの敵では無いといっても、数は力であり、暴力でもある。


 以前、ホブゴブリンと戦った辺りに着いた時には、2人は肩で呼吸をしていた。ここまでの間に、両手の指では足りないくらいの交戦を繰り返してきていた。上がったステータスとスキル、積み重ねてきた連携により、戦う時間は短くなったいたが、過去の探索からすれば『激闘』の一言であった。


 この時点で、Dマップルに表示されているマップは、75%くらいであった。


「──ふぅ。リナの方は、大丈夫か?」

「ぐが。まだ、大丈夫なの(夜の為に、取ってあるの)」

「!?」


 一瞬、背中にゾクッと悪寒が走ったシオンであった。悪寒と言うよりは、肉食動物に狙われている、草食動物の危機感が近いかもしれない。


 安全そうな通路のど真ん中で、アイテムボックスから水筒を取り出した。サイズは1リットルくらいの中瓶である。この水筒もDPで購入したアイテムで、地球での魔法瓶より色々と魔法臭い。


 本体の横に『お湯』と『冷水』のボタンがある。リモコンのような出っ張ったタイプではなく、タッチパネルのような平らなタイプである。このボタンを押しながら水筒を傾けると、注ぎ口と書かれた先端から水が出てくる。押さない限り出てこない不思議仕様である。


 冷水の温度は、ファミレスであるお冷やレベルなので、ダンジョン内で飲むには、とても冷たくて助かるのであった。10分ほど休憩と水分補給を行っていると、体が冷えてきたのかブルリと2人揃って震えていた。


 この休憩が最後の安全だった時間なった。探索を再開してから、モンスターとの遭遇が大幅に上がったのだ。今では戦っているのか、歩いているのかの境目が怪しい状態である。『戦う=進む』という感じで、ゲームチックな部分である『死んだモンスターは光の粒になり消える』というシステムは有り難かった。


 シオンが乱戦中に実感している事は、戦場では足場が重要であるという事であった。


 確かに、戦う場所も重要だが、それは野戦での場合だ。現在戦っているのはダンジョンの、それも足場がしっかりとしている場所になるからだ。床は石造りであり、簡単に穴を作れるワケではなく、石が転がっているワケでもない。


 幸運なのは現時点で、『罠』の存在がないことだろう。こんな混戦状態では、罠に対する対応など出来ない。


「!! ぐが! ご主人様、またモンスターの臭いが強くなったの!!」

「ちくしょう! こんな状態じゃ、中々前に進めないぞ!!」


 現在のシオンたちの進みは大変遅かった。それこそ『牛歩』と言わんばかりに遅く、遅々として進めなくなっていた。愚痴を言っている間に、またモンスターの群れが加わってきた。


 混戦になって1番不利なのは、盾を持っているリナではなく、剣1本のシオンであった。武装的な意味では、シオンは不利ではない。持ち手を交互に変更すれば、少しでも腕を休められるからだ。不利なのは"ステータス"の方だ。


 2人のステータスには1つだけ、圧倒的とも言える"差"がある。リナのステータスは自動で振られるが、シオンのステータスは"任意"であり、自分で振らなくてはいけない事だ。


 混戦状態ではスマホを取り出し、ステータスを割り振れるほど、自分は器用ではないと理解していたシオンには、『レベルが上がるほど』自身の不利を自覚させられていた。


 現在、動きはリナの方がいい。レベルが上がる毎に、ステータスは割り振られているからだ。筋力が上がることにより、一刀のもとモンスターを切り捨て、速さが上がるほど手数が増える。正に、戦闘民族とでも言うべき状態である。


 手数も威力も変わらないシオンは、少しでもケガを負わないように、戦況が不利に成りすぎないように注意していた。最終手段は、リナに戦線を一端預けて、その隙にステータスを振ることだ。


 待ちに待った瞬間が、目の前にやって来た。


「ぐがあ! ご主人様、角が見えてきたの!!」


 モンスターに囲まれている状態では、会話がゆっくりと出来ないが、お互いに考えが通じ合っていた。


「悪いがしばらくの間、1人で堪えてくれ!!」


 角まで辿り着いた2人は、リナが2面を受け持つの事で、戦線の維持を無理やり行っていた。角に背中を着いたシオンはスマホを取り出し、ステータスを振り始めるのだった。

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