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隠し通路は、秘密の香り

 光が収まった時、目に映ったのは、以前と変わらない石畳の通路であった。灯りの周り以外は薄暗く、奥の方は全くと言っていいほど見えない。周囲の確認を、サッと済ませる。


「右の方に進むから、背後の警戒は任せたぞ」

「があ。お任せなの」


 その掛け声だけで口を閉じ、物音を立てないように歩き出した。前回の探索で入手した装備品の中には、足具(グリーブ)系の防具はなかった。唯一あったのは手甲(ガントレット)系で、それは革製のモノであった。


「(まあ、石のブロックの上を歩く以上、金属系のグリーブは履けないよな……)」


 内心でそう呟く。金属の装備でなかったことは不思議であるが、それを問題視するのは無い物ねだりである。ゲームの感覚から、『良い防具は命を守る』という考えから来ているのだろうか?


 現在の攻略場所からすれば不必要な装備なのは間違いない。カチャカチャと音を出しながら移動するのは、物陰に潜んでいる相手に「オレはここにいます!」と言っている様なものだからだ。


 敵に見付からないように、2人は黙ったまま進むが、薄暗い通路の中では、時間の感覚は簡単にズレていってしまう。5分を10分や、20分と勘違いしやすい状況になるからだ。周囲に敵がいるのが確定しているダンジョン内では、緊張感もあるので余計に錯覚を起こしやすい。


 時々物陰に隠れて、スマホの【Dマップル】を開き、マップの確認をする。警戒しながら進んできた道程で、気付かなかった道が表示されていた。マップには、横道らしきものが映っていた。隠し扉だろうか? とシオンは考える。


「リナ、1つ前の曲がり角手前に、通路のっぽいものがあるんだが……見たか?」

「があ。見ていないの」


 小声で話しかけた問いかけに、リナも小声で答えた。顔を横に振っていると、後頭部から生えている尻尾(ポニーテール)も左右に動いた。薄い水色の軌跡にシオンは魅いってしまった。


 夜のリナと昼のリナ、どちらも魅力的ではあるが、昼間にシオンに見せる顔は、小さかった時のように幼さを含めた純心なモノが意外に多い。先ほど見せたリナの仕草も、それの1つに当たる。


 ふとした拍子に表に出てくるその幼さは、シオンにある種の既視感(デジャブ)を与えていた。残念ながら、それが何なのかは、分からないままであったが。


「……1度、引き返して確認しよう」

「ぐが」


 リナの返事を横目で確認し、進んで来た道を引き返した。スマホを見ながらの移動は、結構な危険性を孕むが、見落としを避ける為には仕方がない事だと言い聞かせていた。確認しながらなので、ゆっくりとした歩みで時間がかかってしまうのは当然だろう。


 マップ上で点滅する光点(自分たち)の位置と横路が、丁度ピッタリと重なる場所に着く。左右の曲がり角の中央くらいで、壁に設置された灯りの届かない部分なので、通路内でもっとも暗くなる。ここまで来ると、恐らく意図的に隠していたのだろうと、そう思わさせる何かがあった。


 スマホをホルダーに戻し、影になっている壁に触れる。そこは灯りから遠く、暗い場所なので目が慣れるまで時間がかかる。触れた手から感じる石のレンガは、ひんやりとして冷たく、パッと見るだけでは継ぎ目などは見付からなかった。


 意外なのは、表面がそこまでザラついていないことであろう。


 リナに周囲の警戒を頼み、集中して探してみるが、シオンの目には全てのブロックが長方形に見え、触ったところで違いを見付けられなかった。


「──条件でも、あるのか?」


 一通り調べ終わり、考え込んでいたシオンの口からポロっと出した言葉に、リナが反応を返した。少し離れた場所から、トテトテと近寄ってきた。


「があ。ご主人様、私が調べいてもいい?」


 その顔には、本人ですら気付いていない変化があった。それほど大きくはない、微小と言ってもいいくらい、とても小さな変化であった。よく表現で使う、「雰囲気が違う」という言葉がもっとも近い言葉かもしれない。


 本人が気付かないくらい小さな変化に、シオンが気付いたこと自体が驚きではあるが、彼の付き合いは『リナがリナになった瞬間』からであるから結構長い時間である。当然かもしれない。


 それに、昼夜の豹変度合いの落差を、身を持って(・ ・ ・ ・ ・)知っているシオンには、現状で身の危険を感じない分、簡単な部類だったのかも知れないが……。


「……わかった。リナが調べている間は、オレが警戒している」

「があ。ご主人様、ありがとうなの」

「ただ、何か変化があったら、直ぐに教えてくれよ?」

「があ。お任せなの!」


 リナの元気な返事に苦笑しながらも、シオンはお願いを聞き届けた。お願いを聞いた理由の1番は、『これが隠し扉だとしたら、リナが鍵になるはずだ』という考えからだ。まだ、ゲーム感覚が抜けていない。


 シオンが隠し扉? のある場所から少し離れ、周囲の警戒を始めた。周囲にモンスターの気配はない。


 最初の間は何の変化も無く、時間だけが過ぎていく感覚だけであった。リナもじっくりと調べているのだろう。そう自分に言い聞かせる、シオンであった。


 無言での時間が無情にも過ぎていくが、シオンの表情に焦りの色は見えない。ヘビーとは言わないが、これでもゲーム好きの1人であったシオンの頭には、ゲーム的な考えがありそれに行動が引きずられていた。


『進化前のリナが鍵の可能性は低い』


『進化したリナが反応した以上、リナが鍵の可能性が高い』


『現状で開かないなら、何か足りない"イベント"的なモノがある』


 以上、3点である。どれも当てはまらなかった場合は、『現状では、発見条件のみクリアされていて、開放条件はクリアしていない』と考えていた。


 それでもシオンの考えは、1つに集約されていた。


『リナがあの時に反応した以上、リナ自身が鍵で間違いないだろうな……』


 それだけを胸に待つこと、数十分。リナは怪しい場所を発見した。それは周囲と何も変わらない石のレンガであるが、そのレンガのサイズだけが違った。基本的に、縦が手のひら1つ分、横が2つ分の大きさなのだが、リナが発見したレンガは『縦横が1つ分』という大きさで、長方形ではなく、正方形になっていた。


「ぐがぁ。ご主人様、怪しい場所を見付けたの!」


 小さい声だが通路内である事と、周囲が静かであった為、意外に大きく聞こえていた。警戒しつつも、内面での考え事に集中していたシオンは、ちょっと驚いてしまった。ちょっとと言ったら、ちょっとである。


 周囲に大きな音を響かせないように警戒しながら、小走りでリナの元に駆け寄る。灯りが遠く暗いの通路では、シオンの顔は分かりにくいが、その表情は『ビンゴ!』と言っている様なものであった。


 隣に立ち、リナの示した場所を確認すると、確かに周囲の石のレンガとは違った形のモノがあった。自身が確認したときに、その場所も見ていたのだが、見落としたのだろうか? と内心で首をかしげた。


 しかし、変わったレンガの場所を教えられなければ、見落としていた事から、幻惑効果か、隠蔽効果があったと推測していた。もしその効果があった場合、無効化できるのは『進化したリナ』だけであったと考えていた。


 それに、進化前でもリナが、右方面に行きたいとゼスチャーをしたら行っていた可能性は高いと理解しているからだ。


 リナが示した場所を手で触るが、予想通り何の反応もなかった。


「(──ふむ。"リナ以外には反応しない"って事か……)」


 冷静に判断であった。自分が見付けられなかったものを、自分が開けられるワケがないと頭の片隅で考え、構えていたたからだが。納得するとその場を離れ、リナに呼び掛けた。


「リナ、触ってみてくれ」

「があ。わかったの。ご主人様、触るの……」


 シオンが頷くのを確認してから、片膝を床に着き、前傾姿勢になった。ここまでスルーしていたが、正方形のレンガがあるのは、床から3段目(・ ・ ・)である。そうなると、自然と見えてしまうのだ。何処がとは言及しないで欲しい。


 その視線の先には、ピンク色の線が映り込んでいた。それが何なのかは、シオンも理解しているが、考えないようにした。


 ただ、男のチラ見は、女からしたら『ガン見』と言える。無論、リナの方は愛するご主人様の視線が胸元にきたのは分かっている。慌てて反らしても、もう遅かった。


「(があ。ご主人様、興奮したの?)」


 シオンの呼吸が乱れ、少し荒くなっている事は、リナには筒抜けである。もっとも、リナ自身の呼吸の方が荒れており、その事実はスルーされている。シオンのスルースキルは、確実に成長していた。


 自身の中から溢れ出す欲情を一応ではあるが抑え、リナはレンガに手を当てた。


 触れた瞬間、正方形のレンガから眩しい光が放たれた。周囲を白く染め上げるほど眩しいのだが、意外にもシオンやリナにダメージはなかった。それどころか、その光は"2人に優しく包み込んでいる"と感じさせるくらい、優しくて神秘的な光であった。


 光が収まると周囲は真っ暗に戻るが、そこには通路が現れていた。通路があると判断した理由は、奥と思われる場所から少しだが光が洩れていたからだ。それは小さくて、微かなモノではあったが。


「「…………」」


 目の前で起こった光景に、2人は顔を示し合わせたかのように顔を見合わせ、頷いた。周囲より暗い通路は『地獄の入り口』と言われても不思議ではないが、迷わずに進入した。


 通路の幅は狭く、1人が通るのが精々であり、戦闘には不向きであった。シオンを先頭に、ゆっくりと進んで行く。剣は鞘に収めているが、鞘の剣先部分が壁にカンカンとぶつかっていた。


 通路の最奥らしき場所が見えてくると、出口の陰から確認を行う。そこには、6畳ほどの広さの小部屋があった。灯りは奥の壁の上に設置されている、2本の松明のみである。その松明の下には小さな箱があった。宝箱ですね? ありがとうございます。何故かシオンは、感謝を心の中で捧げていた。


 それを見て感じたのは、今までの流れから予想で、リナしか開けられない可能性が高いと考えた。最悪のケースは、触った瞬間に何かが起こる可能性だ。あっても不思議ではないと、警戒を高めていた。


「たぶん、リナしか開けられないだろうけど、注意して開けてくれるか?」

「があ? 私だけなの?」

「あくまでも『たぶん』だがな……」

「があ。安全って考えていいって事なの?」

「そうだな。『開く』か『開かない』かのどちらかだと予想している」


 シオンの考えでは、肉体的なダメージはないと思っている。むしろ、中身を見た時にどんな反応が起きるか、それ自体が心配であると言えた。ゲーム的に考えると、入り口から『リナがメインに据えられている』以上、ここでリナを害するモノは出てこないとハズであると思っていた。


 先ほども上げたように、1番の問題としているのは『中身』であり、それが与える影響を心配している。中身の可能性として1番高いのは、『リナに関する物品』である。次点は『ダンジョン攻略に関するヒント』だ。


 伺いをたてるように、リナはシオンの瞳を覗き込んだ。真っ直ぐに視線を合わせ、慎重に頷き返した。ゆっくりと箱に延び、近付いていく手に2人は緊張し、同時に唾を飲み込んだ。


 カチャ──指先が触れると同時に、軽快な金属音が2人の耳に届いた。鍵がかかっていたのか、いなかったのか音からの判断は出来なかった。ギギィ~っと軋む音を響かせながら、蓋は持ち上がっていく。それと共に、2人心臓はバクバクと慌ただしく動き出した。


「「??」」


 蓋が完全に開き、中身が見えるようになった時、2人は揃って『?』を頭に浮かべた。宝箱の中には、小さな箱が入っていた。


「マトリョーシカかよ……」

「??」


 シオンの呟きに首を傾げているリナ。その顔は、「何を言っているのか、わからないの」と暗に告げていた。世界的に有名な民芸品で、人形の中から小さな人形が出てくる"アレ"だ。


 中から出てきた小箱を、次々と開けさせた。その数が優に10個を越えた時、最後に出てきたのは5cm角くらいの立方体であった。その箱は、リナの手の上にちょこんと乗っている。


 真っ先にシオンの頭に浮かんだのは、指輪とかを入れる化粧箱であった。ただ、目の前の小箱には、美しく見せるための化粧はなく、粗雑というか素朴に感じた。


「があ。ご主人様、開けるの……」

「ああ。分かった」


 リナの顔を一筋の汗が伝った。絹のように滑らかな肌は、水滴を寄せ付けない様で、ツルンっと擬音語が付きそうなほど、滑り落ちていった。空を泳いだ水滴は、床に当たると弾け、小さな黒いシミを石の上に作り上げた。


 背後から中身を覗いていたシオンは、化粧箱の中に入っていたモノを見て、一瞬の事だが『ズキィ!!』と痛みが走ったようで、痛そうに顔を歪めていた。痛みが発生したのは、幼い頃にケガを負ったところで、今も傷痕が残っている。


「(何故だ? 何故、小箱の中身を見て、頭の奥底を引っ掻き回されるように、痛みが襲ってくるんだ?)」


 表だって騒いだり、表情に出していないが、内面では奇妙な焦燥感に襲われていた。そのワケの分からぬ焦燥感と、痛みにより考えがまとまらない状態である。


「(なんだろう……。何か、忘れているような気がする……)」


 箱の中身を見てシオンが固まっている中、リナも同じ様に固まっていて、その表情はポカンとしている上、瞳の焦点も合っていないようだ。中身が与えた衝撃は、意外に大きかったらしい。


「(があ。何かな? どこかで、見たことがあるかもしれないの……)」


 リナ自身も、中身に対して思うところがあるようで、深く考え込んでいた。頭の中では、輪郭さえ朧気な2つの塊が寄り添い、何かをしているような映像が映っていた。それが何かは分からないが、彼女にとっては大切だった『何か』だったらしく、胸の奥がキュ~ンっと苦しくなった。


 その繊細な手の上に鎮座する小箱の中身は、松明の光を反射して穏やかな光を放っていた。2人はダンジョンの中であることを忘れたのかのように、瞬きさえも忘れ、ジッとしていた。

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