パーシヴァルの決断
隊員が戸惑っている。ここで隊長のパーシヴァルまで飲み込まれてはいけない。
「総員、隊列を崩さず今いる場所から動かないように! これは魔族の魔法によるものだ。敵が正体を現すまで息をひそめていろ」
パーシヴァルは騎馬を降り、改めて周囲を見渡す。
明らかにルシフェルの仕業だと確信する。
だが、いくら魔王軍ナンバー2だとしてもそう簡単に時空転移魔法を使えるだろうか。
マーリンでさえ、大きな魔法陣を何日がかりかで準備せねばならないのだ。
「となるとこれは幻か……?」
(いや、これは幻じゃない。現実の森だ)
相棒が断定する。
「まさか……!? モンブランの巣があった森に転移したというのか!?」
(説明すると難しいのだが、一定の範囲の異空間を作り出しているんだ。ルシフェルは時空の狭間に潜伏している間に特定の時空の一部分を切り取り、魔力を媒介にして具現化できる能力を身につけたのだろう)
「となると、今我々のいるこの範囲に広がる森は、まぎれもなく現実に存在した“アンキロサウルスのいた森”ということか」
(ああ。ただしこれは魔力で一時的に具現化している空間だから、魔力の源を断つか、異空間の境界を破壊してしまえば元の場所に戻ることができる)
もしも。
もしも境界を破れず、この異空間内で敵に敗れた場合は?
(この異空間は元の原始時代に戻る。すなわち、敗者・死者は元の世界に戻ることはなく、原始時代のあの森で生涯を終えることになるのだ)
やっかいな魔法だ。
パーシヴァルはロンゴミニアドをひと振りすると、聖槍の先端に魔力を蓄積させ始めた。
敵の生み出した異空間内ではどのような攻撃が仕掛けられてくるのかが分からない。その点だけでも相手側が優位だ。
素早くルシフェルを見つけ出し、この異空間を突破するしか道はない。
神経を研ぎ澄ませ、まやかしの森の中に潜むルシフェルの気配を探す。
と、そのとき。
「隊長!あ、あれが―――!!!」
隊員のほうから声が上がる。パーシヴァルはそちらに顔を向け眉をひそめた。
緑色の体躯。大きな頭に太く長い尾。立派な後ろ脚の筋肉が躍動して走る凶悪な肉食恐竜が2匹。
アロサウルスだ。
恐竜までいるのか!
どこまでも手の込んだルシフェルの術式に、パーシヴァルは舌打ちしたい思いだった。
踵を返してアロサウルスの方向に走り出すパーシヴァル。
「隊員は盾を持ち、できるだけ散らばれ! 俺が魔力でこいつらに一撃を見舞うから、射程圏内から追撃できそうな者は頼む! ただし、恐竜は予想以上に素早いから無理はするな」
駆けながら隊員に指示を出すと、各員が散らばり始める。
アロサウルス二体であれば何とかなるだろう。
ただし、ここが本当にあの森を再現しているならば、この後恐竜が無尽蔵に湧いて出てくるはずだ。
肉食恐竜は人間の匂いに敏感だから。
ルシフェルを打ち倒せるのは魔力を帯びた聖剣や聖槍を持つ円卓の騎士レベルの人間のみ。
次々に湧く恐竜を相手にしていればパーシヴァルの魔力も底をつく。そのときルシフェルに対抗できる者は、いない。
パーシヴァルを疲弊させ徹底的に追い詰める。これが未だ姿を現さないルシフェルの狙いなのかもしれない。
だが、そうと分かっていても恐竜に最初の一撃を与えるのはパーシヴァルでなければならない。
恐竜の攻撃は殺傷力が高い。ここで隊員を失えば、隊全体の士気が下がる。
王からその命を預かった仲間である隊員たちを、元の世界に帰すこともできずに亡くすわけにはいかないのだ。
それが、アーサー王に騎士の忠誠を誓い、円卓に座ることを許されたパーシヴァルのプライドである。
「聖槍よ、我が声に応えよ!空を奔り我が敵を撃つ、divine thunder!」
空からパーシヴァルに向かって落ちた雷撃が、ロンゴミニアドを介してアロサウルスたちに襲い掛かった。
予想外の雷に打たれてなすすべもなく倒れるアロサウルス二匹。近距離で待機していた隊員が長剣で喉を切り付け、弓兵が凶暴な肉食恐竜の背に矢を連続して射た。
辺りに血が広がる。
だが恐竜は非常に生命力が強い生き物であり油断は禁物だ。わずかに動く後ろ脚などを警戒しながら、隊員たちが再度頭部を切り付ける。
(まずいな、血の匂いが広がると新たな恐竜たちが集まってくるかもしれん)
「ああ。おそらくルシフェルの狙いはそれだろうな」
悪循環だった。
このままさらに恐竜との戦闘を重ねれば傷を負う隊員も出てくるだろう。
パーシヴァルの決断は早かった。
「隊の者たちよ。それぞれ2~3名ずつ固まりながら、この場所からアロサウルスの死骸が見えなくなるまで離れよ」
「!? パーシヴァル隊長? 何を」
新たな指示に戸惑う隊員たち。
「この異空間を作った魔族は俺の命を狙っている。ここにいれば血の匂いに連れられて新たな恐竜がやってくる。そこで無駄な戦いを重ねても無意味に負傷者を増やすだけだ。俺は敢えてここに残り、恐竜と戦いながら術者の魔族の隙を探す」
パーシヴァルの説明を聞いた隊員は動揺していた。
それはそうだろう。要するに隊長自らが囮になると言っているのだ。
だが、パーシヴァルはそうでもしなければこの戦況を覆すことは難しいと思っていた。
というよりも、今回の掃討作戦における準備の段階ですでに己には隙があった。
本来であればこの異空間術式が完成する前にその魔力に気付き、ルシフェルを討たなければならなかった。
もしくは、その可能性を考慮して自分と同程度の能力を持つ円卓の騎士をもう一人連れていなければならなかった。
この異空間に円卓の騎士が一人しかいない時点で、勝算はゼロに近い。
これまでのパーシヴァルであれば、ランスロットかガウェインにルシフェルの脅威を説明し同行を依頼していたかもしれない。
それをしなかったのは、自分に隙があったからだ。
「早く帰りたい」などと浮ついた心を持ってしまったからだ。
この森で出会った彼女に早く会いたいからなどと。
「ふふ、」
(パーシー?)
「人とは愚かなものだな、ロン」
(パーシー。諦めるのか)
「まさか。俺が諦めるわけがあるまい。最後まで戦うさ。誇り高きアーサー王の騎士として、例えその命が散ろうとも」
(その意気だ、パーシー。人は愚かだが、魔族も精霊も、ときには神でさえも想像していない力を発揮することがある。俺はそれが面白くてお前についてきたんだ。最後まで期待させてくれ)
「よかろう。聖槍ロンゴミニアド」
パーシヴァルが大地に槍を突き立てた。
「我が隊員よ! 今だ、散るが良い!! 必ずやお前たちをログレスに帰還させることをパーシヴァルは約束しよう!! その戦いぶりをしかと眺めていろ」
すすり泣きが聞こえた。命令に反抗的な視線を投げかける隊員もいたが、誰もが反対を唱えなかった。パーシヴァルの人徳のなせる技だった。
皆が散っていくと、まるでタイミングを図ったかのようにズーンズーンと恐竜の足音が響いてくる。
パーシヴァルは近づいてくる恐竜を見てニヤリとした。
「ほお、ルシフェルも小粋なことをするではないか」
(パーシーの意気に敬意を評しているのだろうな)
先日の村の戦いでモンブランが倒したティラノサウルスと再び対峙した。
あのときの怪我は完全に癒えている。
そして、その体は魔力を帯びていた。一般的なティラノサウルスよりもさらに戦闘能力が強化されているようだ。
また、その後ろからはさらに3体のアロサウルスがパーシヴァルの様子を伺っている。
「いやはやなんとも」
パーシヴァルは唇をペロリと舐めた。
「最後までスリルに満ちた人生じゃないか」
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