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『現代編』新年小話

 今年初めのアリアンローズ作家様有志企画は、年末&書籍化作業の忙しさに負けて不参加とさせていただいたのですが。ネタだけは考えていたので貧乏性により文章にしてみました。すごい時期外れですみません。

 書籍版シリーズ最終巻発売御礼を兼ねています。そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

*番外編の『現代編verシェイド』を後書きも含め読んでいただかないと、一部意図が分かりにくいかと思います。シェイドがリコリスの義弟ではなくいとこです。あと、ウィオラ(Web版では学園編にちょこっと登場の縦巻きロールのお嬢さん)と仲良しです。








「あ。見てくださいリコリス。私、大吉でした」


 リリィがそう言って、私の方にぐいっとおみくじを差し出してきた。

 1月1日。空気が冷たく澄んだ冬晴れの日差しと初詣客で華やぐ神社の境内に、リリィの明るい笑顔が映える。

 私はそれを受け取りながら、リリィと『大吉のおみくじ』の相性の良さについて考えた。なぜかは分からないが、リリィがおみくじを引くなら結果は大吉だろうと、そんな気がするのである。


「すごいわ。――『万事が順調。臆することなく行動せよ。願い事思い通り。失せ物近い所にあり、出る』」

「でもほら、全部が全部良いことが書いてあるわけではないみたいです。『君子危うきに近寄らず』ともありますよ。気をつけなきゃ」

 リリィの言葉に私はうんうんと頷いた。

「わたくしは中吉でした。『日々精進すべし』、当たり前のことですわね」

 特徴的な縦巻きロールの金髪を、サラリとかきあげながら。努力家のウィオラらしい言葉に、私は同意と賞賛の意味を込めて笑う。

「リコリスはどうでしたの?」

「私は末吉。『意志を強く持ち励むべし』ですって」

「大事なことですね」

「いい言葉ですわ」

「本当にね」


 女三人でにこにこと笑い合っていた私たちはふと、男性陣が妙に静かなことに気がついた。

 男性陣といっても、今ここに居るのはヴォルフとシェイドだけである。

 アルトは『初詣なんていいから買い物しよ!』と本末転倒なことを言って、みんなに反対されたことにいじけて取り巻きを引き連れ別行動中。ルイシャンは『僕、大きな鐘が見たいです!』と言い出したオリアによって、隣接のお寺の方に引っ張っていかれ別行動中だ。

 一年の計は元旦にありというからには、今年一年アルトもルイシャン主従(というか主に従者の方)もそれはそれは自由に過ごすに違いない。


 それにしても、もともとあまり口数の多くないヴォルフはともかく、シェイドが絡んでこないのは意外だ。気づけば私の身長を追い越してまだまだ成長中のいとこは、おみくじの紙面を見つめながら眉間に深いしわを寄せている。

 そうとう悪い結果だったのだろうか?

 でも、おみくじの結果を気にするなんて、シェイドらしからぬことだ。占いにもおまじないにも全く興味はない、というのが彼の基本姿勢なのに。

「シェイド? 悪い結果だったのならあそこに結んでしまったら?」

 おみくじは当然持ち帰って良いものなのだけれど、結果が良くなかったら境内に結びつけてもいい。これは、悪い運気を持ち帰らずその場にとどめるよう祈願する、という意味があるらしい。そのためにおみくじを結びつける場所が用意されているのだ。

「……いえ、べつに。悪い結果というわけでは……」

 歯切れの悪いシェイドの言葉に首を傾げつつ、私はいとこの手からおみくじを強奪した。シェイドはちょっと嫌そうに眉をしかめたものの、取り返そうという手は伸びてこない。

 リリィやウィオラと一緒に、私はそのおみくじを覗き込む。

「中吉ですね。そう悪い結果ではないと思いますが……」

「書かれていることも、悪くはありませんわよ」

「というか、私よりいい結果じゃない」

 シェイドのおみくじはウィオラと同じ中吉だけれど、書かれていることは少しずつ違った。

「……やっぱり、眉間にしわを寄せて睨みつけるような内容とは思えないけど。あ、恋愛運についてはちょっとダメ出しされているわね。『思うだけでは駄目』ですって」

 思う相手がいる前提の結果ね、と続けた私に、シェイドは苦々しい表情で言った。

「……放っておいてください」

 長じてからのシェイドは、こうやってたまに私を突っぱねることがある。思春期なのか、反抗期なのか。たぶん両方なのだと思うけれど。

 お父様に相談してみたところ『難しい年頃なんだよ。そういう時はあまり根掘り葉掘り聞こうとせずに、放っておいてあげるのも優しさだよ』と、なんだか私のほうが釘を差されてしまった。

 父の言葉を思い出した私は、話の矛先をヴォルフに移すことにする。

「ヴォルフはどうだったの? いい結果? 悪い結果?」

 シェイドと違いヴォルフの方は、とくに表情を変えることもなくおみくじに書かれた内容を一人読み込んでいた様子である。屈託のない声が返ってきた。

「末吉、だそうだ」

 君と同じだな、と続けたヴォルフは嬉しそうだったけれど、末吉は凶より一つ良いだけの結果なので、あまり喜ぶようなものではない。

 ヴォルフからおみくじを受け取り、読ませてもらう。やはり、末吉という分類は同じでも私とは書かれていることが違う。おみくじの結果にはいったい何種類の文言が用意されているのか、ちょっと気になる。

 好奇心をうずかせる私の隣で一緒にヴォルフのおみくじを読み進めていたリリィが、一点を指差して声を上げた。


「見てください、これ」


 少しばかり張り詰めたその声に、私は何事かとリリィの指差した部分を注視した。ウィオラやシェイドも気になったらしく、私の手元を覗き込んでくる。

 リリィが指差しているのは、どうやら恋愛運について書かれた部分のようである。

 そこに、こんな言葉を見つけた。

 


『恋愛 全力を尽くすべし』


 

 シンプルな言葉だ。

 もともとおみくじに書かれている文言は、ごく一般的な、誰にでも当てはまるようなことなのだと思う。そのために多くを語らず、言葉少なになることも多い。

 その一文に対し、非難が殺到するなんて神社の側も思ってもみないことだったろう。


「なんて無責任なことを言うのかしら!」

 ウィオラが憤慨した様子で口火を切った。

「そうですよ! この場合、『過ぎたるは及ばざるが如し』くらい言ってもらわないと! 苦労をするのはリコリスなんですから!」

 リリィが「ねっ!」と私に同意を求めてくる。答えにくい。

 そうしていつの間にか元気を取り戻したらしいシェイドが、とどめとばかりにヴォルフに言った。

「くじの結果よりもためになる忠告を謹んで進呈しよう。こと恋愛に関して、お前は『全力は尽くすな』」


 口を挟む間もない、怒涛の口撃だった。

 三人はその勢いのまま『この不吉なおみくじをヴォルフの手元に置かせないようにしよう』と言い出して、おみくじを結びつけに行ってしまった。

 私は一人ヴォルフに向き直り、なんとかフォローの言葉を探す。

 たしかにヴォルフにはちょっと浮世離れしたところがあるというか、人目を気にしなかったり、言葉の使い方が大仰でびっくりさせられるような事はある。語彙とか、仕草とか、どうにも現代の若者らしからぬ部分があるのだ。

 三人から一致団結して槍玉にあげられた当のヴォルフはというと、べつだん落ち込んだ様子はない。こういう時のヴォルフの泰然とした態度は本当にすごいなと思う。

 私が口を開くその前に、こちらに声をかけてくる者がいた。


「リコリスせんぱい!」


 なんだろうと思い振り向いた視線の先、砂利敷の上を駆けてくる小柄な人影。

 その人物は、私の眼前で足を止めるとこう言った。


「あ、あの、これ。……言われたとおりに買ってきました。これで、ぼく、許してもらえますか?」


 すこし震えた、少年らしく高い声。

 まだ成長期の入口辺りにいるのだろう彼の肩は薄く、その肩が大きく上下して慌ただしく息を継ぐ様子は苦しそうだ。

 両手に様々なおみやげものが入った紙袋を持って、こちらに差し出している。

 そんな様子の。

 アルタード・ブルグマンシアだった。


 駆け寄る際の必死な(と周りに思わせるような)走り方やアルトの天使の如き容姿のせいで、無駄に視線を集めている。

 その視線はごく自然な流れでアルトから、袋を差し出された先にいる私へと移る。そこにいるのは私こと、会話から察するになにやら後輩に使いっ走りをさせているらしき女。しかも、遠慮のない人からは『悪女っぽい』と評される容姿の女である。

 アルトの方はというと、小憎らしいことに『先輩からの反応が怖くてしかたがない……』という感じの小芝居を続行中だ。外見のせいでそれが本当にいたいけな少年らしく見えるところがまた問題で、もちろんアルトはそれを分かってやっているのである。つまるところ、初詣より買い物、という自分の提案が受け入れられなかった腹いせだ。

 多くの人が、ここに『不当なるもの』を見つけたという様子でに眉をひそめた。

 対してヴォルフが私をかばうように立ち位置を変えようとした、その時だ。


「リコリスさ~ん!」


 朗らかな声の方に目をやると、ルイシャンとともにこちらに歩いてくるオリアの姿が目に入った。

「お寺の鐘を見てきました! 大きくって、近くでみると大迫力でした!」と、身振り手振りを添えて言う。オリアがどうしても梵鐘を見たがった理由を、私は知っていた。

 留学生のルイシャンとともに日本にやってきてから、この国の文化や習俗に興味津々のオリア。彼は最近になって、安珍・清姫伝説について知ったのだ。というか、私が説明させられた。

『梵鐘の中に逃げ込んだ安珍を大蛇となった清姫が焼き殺す』という展開部分で一番の輝かしい笑顔を見せた彼の感性はともかく、日本の文化に興味を持ってもらうのはこちらとしても嬉しい。

 興奮した様子のオリアは、辺りをはばからない声で続ける。



「あれに、大人の男一人入って焼き殺されたのかと思うと!! 感無量ですね!!」



 あくまで朗らかに、興奮気味に語られた内容に、近くにいた人がぎょっとした顔でオリアを見ている。

 意外に自由人なルイシャンは、オリアからふいと離れて赤の他人を装うことにしたようである。

 頼りのヴォルフはアルトへのお説教に忙しい。


 場所柄、つい神様に助けを求めたくなった。しかしそんな私の脳裏に、先ほど引いたばかりのおみくじの結果がよぎったのだ。


『意志を強く持ち励むべし』


 なるほど、至言である。




 ルイシャンが一言も発していないことに今気が付きましたが、書籍四巻ではけっこう喋っているのでご容赦下さい(CM)

 アリアンローズ様HPにて、トップ→『ヤンデレ系~四巻』作品ページ→書きおろしSSに飛べます。そちらはタイムリーにバレンタインネタです。興味のある方はぜひ。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして! とても楽しく拝読しました。 多くのキャラクターにそれぞれの闇があり、それが一つのきっかけで自分の存在を肯定していく、立ち上がって行くところが、また、リコリスさんのチャーミング…
[一言] とても面白かったです。コミックスも買って読みました。 リコリスの結婚編とか読みたかったです。これで終わりとか、残念です。
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