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第二話


 私があまり好意的な反応を示さず、それどころか黙り込んだので、ディオラム氏は焦ったようだった。


「も、もちろん、これは単なるあいさつの品と思っていただければ。貴方様の素性を探るような真似はいたしません! ただ、ほんの少しばかり代官様への口利きなどお計らいいただけましたら、これ以上のものをお渡しできると……」


 呆れ顔のシェイドが『こいつの口上を止めてもいいですか』という感じの視線を送ってきたが、私は弟を押しとどめた。

 ちらりと確認したところ、ヴォルフはとりあえず静観の姿勢。リリィは困惑した様子でディオラム氏と金貨を見比べている。


 私がシェイドを止めたのは、もう少し情報を得ようと思ったからである。

 だって、考えてもみてほしい。たぶん今この場面は、時代劇でいうところの『山吹色のお菓子』登場シーンである。『○○屋おぬしもワルよのぅ』『お代官様こそ……』というアレ。

 でも、本来それは素性も知れない、利害関係もはっきりしない相手にやることではないのだ。

 この商売で利益を得たい。だからそれを統括するお上に繋ぎを作って……と、悪人なりに知恵を巡らせてすることである。

 それを、いくら代官の関係者という可能性濃厚でも、初対面の、しかも女に向かって突然金貨を差し出すというのは……。

 考えられる可能性としては。いや、考えたくないのだけど。


 もしかして、こんなことがリーリア公爵領内に横行しまくっていたらどうしよう。


 たとえば我が家の親戚とか、親戚とか、親戚とか。その辺の方々が当然のように賄賂&接待を享受して替わりに色々便宜を図っていたりとか? それで商人の側も『とりあえずお貴族様見たら金貨渡してつなぎつけとけ』とか思ってたり?


 私は内心で戦々恐々としながらも、探りを入れてみることにした。

「――わたくしは普段あまり館から外に出ないものですから、世事にはうとくて。でも、こんな風にお金を受け取るのは、悪いことではないかしら?」

 ちょっとわざとらしいかもと思いながら、『あらあらどうしたらいいの』という顔で首を傾げてみる。

 ディオラム氏は、とりあえず私が怒っているわけではないと判断してホッとした様子。

「そのようなことは。わたくしはただ、お美しいご婦人にお会いできた幸運を喜び、贈り物をしたいと考えただけでございます」

 なるほど、そういう建前なわけね。逃げ道を用意している辺り姑息である。

「贈り物というには、少し無粋ですわね。金貨を贈るなんて。――よく、あることなのかしら」

 私が聞きたいのは最後の疑問に対する回答だったのだが、ここでディオラム氏は斜め上のテンパり方をした。

「い、いいえ、もちろん、このような味気のない贈り物が全て、というつもりは毛頭ございません! この町ではなかなか気の利いたものはご用意できませんが、もしアリウムの街の我が商会にご足労いただけましたら、美しい宝石でも、人でも」

「……人?」

 私はその言葉にぶわっと全身に鳥肌が立つのを感じた。


(ちょちょちょちょっとまさか人身売買――)


「ええ! お嬢様のお付きの方々ほどの者は用意できないかもしれませんが、できる限りのご要望にお応えして、伽のものを用意させます!」


 違った。

 良かった。

 ――――いや、良くはない!



「それはもう、手管の長けた者を! 美少年でも、美青年でも、美中年でも、美老人でも! ああ、もちろん美少女でも! 何人でもお望みのままに!!」



(なにそれ美中年と美老人が気になるわ好奇心的な意味で)


 いや、違う。

 我ながら何を考えているんだひどすぎる。

 でも、あまりにあんまりなことを言われてどうすればいいのかとっさに分からない。こんなときどんな顔すればいいのか本っ気でわからないの……。

 混乱する私の脳裏に、時代劇的場面が走馬灯のように駆け巡った。



『借りたもんが返せないってぇなら、娘をもらっていくしかなかろうよ。ちょうど、お偉い方に差し出す娘を探していたところだ。お前んとこの娘なら器量も十分』

『そ、そんな……! どうぞ、それだけはご勘弁を! 妻をなくしてからこいつだけが俺の生きがいなんだ! もう少し、あと十日も待ってもらえりゃなんとか……!』

『おとっつぁん!』

『いいや待てねぇな。なぁに悲観するこたねぇや、相手はお大尽様だぜ。こんな親父と二人暮らしより、娘もきっと幸せにならぁ』


 場面は飛んで日本式家屋の豪華な一室。

 わざとらしくもこれみよがしにひかれた大きな布団の上。


『あ〜れ〜お代官様〜おたわむれを〜』

 お約束の台詞を口にする娘さん。

 そしてその帯を引くのは――私?



 衝撃的な映像を最後に走馬灯は消えた。ちなみに美少年バージョンは想像できなかった。私の想像力の限界を超えていたので。

 私が馬鹿なことを考えている間、シェイドは呆気にとられ、リリィは首をかしげていたようだ。

 この場ではっきりとした意志を表明したのはヴォルフだけだった。


「……ふざけるな」


 怒りのこもった低い声が、場の混乱を鎮静する。

 私を庇うように一歩踏み出したヴォルフは剣の柄に手こそかけてはいなかったけれど、視線で人が殺せそうなくらい殺気立っていた。


「未婚の女性に対し、考えられないほどの侮辱だ」


 吐き捨てるようなヴォルフの言葉。その怒りを受けて、ディオラム氏はすくみあがった。私は逆に、やっと地に足がついた心地がした。

 そうだ。今のは怒るべきところだ。

 実際、そうとうな侮辱である。

 だって、すくなくとも私が男の人をとっかえひっかえ、そういう人間に見えたということだ。お付の方云々という言葉から察するに、シェイドとヴォルフがそういう相手に見えたということでもあるだろう。いや、下手をするとリリィまで?

 ひどすぎる。ヴォルフもっと言ってやって!

 私は頼りになる婚約者に無言のエールを送った。


 それにしてもさすがはヴォルフだ。頼りになる。しかも、ヴォルフは怒っていてもかっこよかったりする。こんな時でも冷静だしね!

 私の熱いまなざしをその広い背中に受けながら、ヴォルフは怒り冷めやらぬ様子でディオラム氏に言い募る。



「――だいたいそれは、私の役目だ!!」



 落ち着いてヴォルフ落ち着いて。




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