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第一話


「夜にはデルフィも合流して向こうに一泊、ですか。結局保護者同伴の外出なんですね」

 旅行計画の全貌を知ったシェイドのもっともな言葉に、私は小芝居で返した。

「おとっつぁん、それは言わない約束よ……」

「いや、していませんよそんな約束。そんな珍妙な名前でもありません」

 シェイドに『おとっつぁん』は通じない。当然である。



 たとえ近場であっても、夜には保護者が合流するにしても、私はわりとごきげんでリーリア公爵邸を出発した。

 テンションが上ってご老公様の真似などしてしまったけれど、世直しの諸国漫遊の旅など箱入り娘の自分に不相応だというのは納得がいく。

 今回のお出かけにはリリィが――私にとってとても希少な女友達が同行してくれる。それで十分だ。

 リリィの許可を得て、今日の宿では私はリリィと一緒の部屋に宿泊することになっていた。相手が女の子だからこそできることである。

 私はそもそも、宿に泊まるということが好きだ。それだけでもいつもと違う特別な夜という感じがするから。もちろんリリィとたくさんおしゃべりができるという利点もある。含み笑いも漏れようというものだ。


 四人乗りの馬車は華美ではないがしっかりした造りで揺れも少ない。デルフィが気を使って、出来るだけ平らな道を通っていける場所を目的地に選んでくれたということもある。

 そんなわけで、道行きはかなり快適だった。


「ところで、『みとこうもん』ごっこは完全に諦めてくれたものと思っていいんでしょうね? 人をスケだのカクだの、珍妙な名前で呼ぶのはやめてくださいよ」

「愛称だと思えばいいじゃない。堂々と本名で呼び合うわけにはいかないでしょうし」

「愛称にしてもおかしいでしょう」

 私とシェイドのやりとりを受けて、ヴォルフが真面目な顔で口を開いた。

「適当な呼び名を考えておくか」

「あの、リコリス。よければ私にも、何か考えてくれませんか? 私には必要ないでしょうけど、でも、せっかくだから」

「もちろんよ。リリィにぴったりの可憐な名前を……」


 そんな会話をしながら急ぎではない道行きを楽しみ、私たちはまだ日が高いうちに目的地へとたどり着いた。

 コタールという、川沿いに発展した町だ。

 人の出入りがそれなりにあって、よそ者が悪目立ちせず、できるだけ平和でのどかな町。加えて、デルフィの知人が経営する宿がある。そういう理由で選ばれた我らが旅行先。


 荷物を置いたらさっそく町を見て回ろうなどと話し合ううちに、馬車はデルフィ指定の宿へと着いた。

 ヴォルフに手を貸してもらって、つば広の帽子が顔を隠してくれるのを意識しながら馬車を降りる。べつに、私の顔を知る人などこの町にはいないはずなのだけど。念のため。


 宿の主人は少し強面の男性だった。年は父より一回りくらい上だろうか。肩幅がガッチリと広く胸板厚く。接客業に従事する人とはとても見えない。格別愛想がいいというわけではないけれど、荷物を運んでくれる手つきが丁重なのが好印象。

 私とリリィのために用意された部屋もとても気に入った。華美ではないけれど綺麗に磨き上げられた家具に、窓からの眺めもいい。眼下には水量の豊富な川が見えて、目にも涼しげだ。

 主人にこれから町に出たいという希望を話すと、止めるでもなくこの町について丁寧に教えてくれた。おすすめの場所から、トラブルを避けるために近づかない方がいいであろう、『若いの』が集まる職人街の位置など。


 見知らぬ町の探検へと心躍らせ宿を出ようとした私たちだが、宿の出入口に近づいたあたりで商人風の身なりの男に会った。

 会ったというか。

 その人物は、あきらかに私たちに用のある体で、まっすぐにこちらに近づいてきた。

 ヴォルフとシェイドが一歩前に出る。だがそれよりも先に男は、意外なまでに素早い動きの宿の主人に止められた。

「この人達に何の用だ」

 眉間にしわを寄せた宿の主人。それと並ぶことで頼りない印象が増した中肉中背の男は、嫌そうに掴まれた腕を振りほどこうとする。

「離してくれ。あんたの出る幕じゃない。そちらの方々に私を紹介してくれるというなら話は別だが」

 紹介、と言うのなら、男はシェイドやヴォルフの知人というわけでもないのだろう。

 宿の主人は無言のままで、手は離れない。男はキッと主人を睨みつけ、こちらに話しかけてきた。

「お名前は存じあげませんが、高貴な方とお見受けします。ほんの少しでかまいません。話を聞いていただけませんか」


 ヴォルフ、シェイド、リリィ、そして宿の主人の視線が私に集まる。

 私は少し悩んだものの、結局話を聞くことに決めた。

 町を散策するための時間は惜しい。

 だが、なんとなく事件の予感がするではないか。つまるところ好奇心に負けたのだ。




 あらためてこちらに挨拶した男は、ディオラムと名乗った。

 宿の主人の好意で夕食の支度が始まる前の食堂を借りて、私たち四人とディオラム氏が向き合う形だ。主人は私たちの様子が見える位置で、夕食の下ごしらえをしている。

 話し相手を私に絞ったらしいディオラム氏は、こちらが何かを聞く間もなく自身の紹介を始めた。


 曰く彼は見た目通りの商人で、この町で生まれ育ったが今はアリウムの街に本拠を構え商売をしているとのこと。アリウムの街はリーリア公爵領の中でも一番大きく、私にとっても馴染みの深い街だ。

 彼がなぜ私たちを『高貴な方とお見受け』したのかもわかった。

 いちおう私たちは今回、貴族ではなく商人に見えそうな格好を心がけたのだが、ディオラム氏はそもそもこの宿の主人とデルフィとの交流を知っていたそうなのだ。そしてこの宿に部屋をとっていた氏は、主人の私たちへのもてなし方をこっそりと見て、その素性にあたりをつけた。

「一番いい部屋を念入りに掃除しだしたかと思ったら、塩漬け肉や香味野菜の買い付け指示。あいつは代官様やその関係者が来る時は、季節に関わらず奴自慢の塩漬け肉の煮込み料理を作るともっぱらの噂です」

 ちょっとばかり目立つ行動のせいで周囲に色々バレてしまう主人の迂闊さを咎める気持ちよりも、まずその心配りにときめいてしまった。ちらりと夕食の用意を進める主人に目をやると、話は聞こえていないながらもこちらを気にしている様子で、私と目が合うやいなや椅子から巨体を浮かせる様子が目に入った。いえ違うんです大丈夫ですと身振り手振りで伝える。

 それはそうと、ディオラム氏の話はいっこうに核心につながらない。実はけっこう探検だとか買い物だとかが好きなシェイドが、すこしイライラしているのが分かった。

「それで、わたくしたちにどういった御用なのかしら」

 敬語は使わず、少し威圧的に見えるよう意図して先を促すと、ディオラム氏は姿勢を正した。

「お時間を割いていただいて申し訳ありません。実は、あなた様にこれを受け取っていただきたく……」

 ディオラム氏が自分の懐に手を突っ込むので、ヴォルフとシェイドが警戒する。少し慌てているらしいディオラム氏は、それにも気づかない様子で懐から出したなにかをこちらに付き出した。

 布に包まれたままの、何かしら小さなかたまり。それが何かは一見して分からない。ディオラム氏はおそらく店主には見えないようにと意識しながら、その包みを開いた。

 

 こぼれ落ちたのは、金色の輝き。

 

 おそらく鋳造してから市場に出回っていないと見える、綺麗な金貨だった。


 この世界にはもちろん貨幣もあれば銀行もあるのだけど、現代日本ほどお金への信頼は高くないように思う。必ずしも財産=お金ではなくて、宝石だの、貴金属だの、現物であることが多い。

 貨幣が活躍するのはもっぱら流通の場だ。他人への贈り物に貨幣を使うというのはあんまりない。でも、商人らしいやり方と言えるのかもしれない。

 

 それはともかく。


 きな臭くなってまいりました。

 

 世直しの旅は諦めてごく平和な小旅行を楽しもうと思っていたはずが、なにやら事態は私の目の前で風雲急を告げている? いや、正直まだよく分からないけど。

 とりあえず一つ、気になってしかたがないことがある。


 この場における私の役どころってもしかすると、悪代官ではないだろうか。


 なにそれひどい。



以降は連続更新します。といっても、残り2,3話です。


あと、告知がかなり遅くなってしまったのですが、アリアンローズ様のホームページにて書き下ろしSSがご覧いただけます。

トップページの新刊情報から『ヤンデレ系~』3巻の詳細ページへ行っていただくと下の方に。

学園編後のアルトとリコリスが和解する一幕で、書籍版の予備知識がなくても問題なく読んでいただけると思います。

よろしければどうぞ。

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