プロローグ〈シェイド視点〉
書籍三巻発売御礼連作SSです。
時間軸は本編後。漫遊記とか言っていますが講談の雰囲気とかありません。
書籍にのみ登場のキャラが出てくる予定ですがその都度説明しますので、そちらを読んでいなくても無問題。
ギャグです。リコリスはじめキャラのテンションが高い。
OKだよという方はどうぞ。
「スケさん! カクさん! ついていらっしゃい!」
姉が、扉を開けるなり満面の笑顔付きでそう言い放った。
なぜか『スケさん』と呼びかけながらはっきりと俺を見ていたし、『カクさん』と言った時はヴォルフの方を見ていた。――理解が及ばない。なんだそれは。
そんなまともな疑問を持った人間は、今この部屋には俺だけしかいなかったようである。
リコリスの指示でこの部屋に待機していたのは、俺の他にはもはや当然のように我が家に滞在しているヴォルフ、そして滞在は今回が初めてのリリアム嬢。それだけだ。つまり、俺以外にはリコリス信者しかこの場に存在していなかったことになる。恐ろしい空間だ。
その信者たちがリコリスの言葉を受けてどう反応したかといえば。
ヴォルフは、『とりあえずどこかに行くのは分かった』という風にいそいそと腰を上げ、脱いでいた上着を身につけはじめていた。リリアム嬢の方は悲しげな顔でリコリスに「連れていかれるのはお二人だけですか? 私もご一緒してはいけませんか?」と訴えている。
「違うのよリリィ! さっきのはただちょっとご老公っぽく言いたかっただけで……。リリィには『旅のお供をするテレビシリーズヒロイン』の役どころを用意してあるから! 旅の間は私たちがきっと守るから安心して――」
「いいからまず事情を説明しろ」
わけの分からない姉の言葉を少し厳しく咎めると、ヴォルフとリリアム嬢から非難の眼差しを向けられた。リコリスに対して少々乱暴な物言いをしたのが、信者どもには不服なのである。
――こうでもしなければ話が進まない以上、この反応はあまりにも理不尽だ。
「スケさんカクさんというのはね、物語の登場人物なの」
姉がかいつまんで話しだしたのは『みとこうもんまんゆうき』なる物語の大筋だった。スケさんもカクさんもその物語の登場人物だそうで、身分の高い老人の気ままな旅に付き合わされるお付きということだ。ちなみにスケさんは女好きで軟派な性格。カクさんは真面目で実直な堅物ということである。
「……つまり俺はさっき、この軟派男、と罵られたも同然ということに……」
「違うわよ。シェイドってば何を聞いていたの? 女好きだけど剣の達人なの! カッコいいの!」
「……そうですか」
ひじょうに複雑な思いにかられながら、俺はとりあえず姉の主張を総括した。
「それで? 姉上はその『みとこうもん』ごっこがしたいわけですか」
俺の呆れを隠さない声と表情を前に、さすがのリコリスも少し自省したらしい。少しは落ち着いた様子で咳払いをした。
「いえ、たしかに水戸黄門ごっこを実地でやってみたいというのは乙女の――いえ全人類共通の夢だと思うのだけど……」
「何を適当な事を」
「――夢だと思うのだけど、デルフィに止められてしまったの」
デルフィ――デルフィ・グランは、領地を留守にしがちなリーリア公爵に代わりこの土地を管理する代官職を務める男である。つまり俺たちにとっては父親の部下に当たる人物だ。
性格は温厚で誠実。前任者から職を継いだのは最近のことだが、つつがなくその任を務めている。リーリア公からの信頼も厚く、この家の人間は公から『自分がいない間に何かあれば彼に頼るように』と言い含められている。
そんな人物が、リコリスにどう頼まれたところで諜報のまね事などさせるはずもない。
「それはまあ、止めるでしょうね。というか、主家の娘という立場を盾におかしなことを言い出して人を困らせるのは感心しませんよ。聡明で、慎重な、姉上らしくもない」
俺の明らかな嫌味に、リコリスは心底嫌そうな顔をする。
「ここぞとばかりに姉をこき下ろそうというその性根は感心しないわよ、シェイド。――とにかく、それは止められてしまったけど、普通の小旅行なら良いってデルフィが。色々と手回しをしてくれて、実現しそうなの」
リコリスはそこで話を一旦区切ると、期待を込めた眼差しで辺りを見回した。
「そんなわけで。この旅行にいっしょに行きたい人、手を上げて~~」
姉の満面の笑顔を前に、俺には瞬時に今後の展開が読めた。
つまり、黙して姉の言葉に耳を傾けていた信者二人が小旅行の行き先さえ聞くこともなく即座に手をあげるであろうこと。
そして、手をあげるあげないに関わらず、俺が巻き込まれるであろうことが。
だが一番の問題は、それを心の底では嫌がっていない俺のお姉ちゃん大好きっぷりなのだ……。(あてレコ)




