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童話パロ『シンデレラ』前編


 魔法使いリコリスは、その胸に一つの使命を抱えていました。

 それは、ある可哀想な境遇の少女を救うことでした。


 リコリスが救うべき少女の名前はリリィ。金の髪、緑の瞳を持つその愛らしい少女は、実母を亡くしてのちに継母となった女性に虐げられ、『灰かぶり』などと呼ばれて召使同然の生活を強いられているのです。

 そればかりではありません。

 今日この日に城で行われる、王太子の伴侶を決める舞踏会。そこには、国中の全ての年頃の娘が集められるはずでした。それなのに、リリィの継母は王の通達すら無視して、継子をこの館に置き去りに城へと向かってしまったというのです。


『あまりにもひどい仕打ちです。奥様は王様の言葉に逆らってまでも、お嬢様の幸せを邪魔しようとしているんです』


 館に古くから仕えている年配の侍女はそう嘆いて、ついに『善き魔法使い』リコリスに相談に訪れたのでした。

 よくよく話を聞いてみれば、リリィの実の父親であるこの館の主は、新しい妻に家のことは任せきりで放蕩三昧。ほとんど家に帰っても来ないというではありませんか。


『なんてことなの!』


 リコリスは怒り心頭で、かわいそうなリリィを今の境遇から救い出すことを侍女に約束したのです。


 作戦はこうです。

 今日城で開かれている舞踏会を利用しない手はないと、リコリスは考えました。

 リリィをなんとか舞踏会へ送り出すのです。そして彼女の窮状を、国王陛下、もしくは王太子に訴えます。王は賢君として有名で、特に寄る辺ない未亡人や子供を救うべく様々な方策を打ち出している方でした。王太子殿下もとても立派な人物と聞きます。

 リリィ本人の行動力が要とも言える作戦ですが、侍女曰く『うちのお嬢様の肝の座りようといったらもう!』とのことなので、それなりの成果を期待できそうです。

 使命感に燃えて館を訪れたリコリスが侍女とたてた作戦について説明すると、リリィはこう返しました。


「……お気持ちはありがたいのですが」


「え? だ、ダメだった? ごめんなさい。あなたの意見も聞かずに……」

 意欲に燃えていた分、否定されてへこんでしまったリコリスに、リリィは慌てて言い募ります。

「お気持ちは、本当に嬉しく思います。お話を聞いていて、あなたが私のためにといろいろと考えてくださったことがよく分かりました。ですが……。わたしは、国王陛下に縋って現状を変えるということに、ひどく抵抗があるのです」

「まあ……なんて立派な……」

 感動するリコリスに対し、リリィは申し訳なさそうに首を振りました。

「……お恥ずかしながら。立派な心持ちゆえにそう思うのではありません。私はたとえ国王陛下といえど、他人に自分の未来を委ねたくないのです」

 リリィの話はこうでした。

 母親を亡くして嘆くリリィを尻目に、間を置かず継母を迎えた実父のことを、リリィは信じられなくなったそうなのです。まして父が選んだ相手は、当初から明らかにリリィのことを疎んじていました。案の定継母とリリィの関係は悪化の一途をたどり、加えて父の放蕩により家は貧しくなるばかり。

 リリィの言葉の端々から見えるのは、今の家の形、家族の形を作り上げた父親に対する大きな不信でした。それは、血の繋がらない母に対するものよりも大きく、根が深いようなのです。

「今の私の窮状は、結局のところ自分の未来を父に――他人に委ねた結果だと思うんです」

 リリィはそう言って話を結びました。

 二人の間には重い沈黙が落ちます。

 リリィの言いたいことは、リコリスにもよくわかるのです。しかし、実際問題としてリリィの主張は難題でした。女性が一人で身を立てていくことは、非常に難しい世の中です。女性が単独で就ける職業など、ほとんど無いと言ってもいいくらいです。そう、たとえば魔法使いなどの、特殊な職業を除けば。

「もしも、できるならば」

 と、リリィの真剣な声につられて顔を上げたリコリスは、真剣な光を湛えた緑色の瞳に呑まれました。


「私を、あなたの弟子にしていただけないでしょうか」


 魔法使いは、生涯にたった一人だけ弟子をとります。

 多くの場合は年配の魔女の前に幼い弟子が姿を表すのですが、例外はあります。

『その相手こそが自分の弟子である』ということは、その瞳を見た瞬間に分かるそうです。

 リコリスにもはっきりと分かりました。

 リリィの、その緑色の瞳を見つめることで。




 ひと月後。

「ええ!? もうその秘薬を作ってしまったの!? すごいわ!! すごすぎる!!」

「そ、そんな、褒めすぎです……。リコリスの教え方がいいからです」

「いえ、正直そういうレベルの話ではないわ」

 リコリスがきっぱりと言い切ったのは、謙遜ではありませんでした。

 リリィの才能は素晴らしく、魔法薬を作る以外の魔法など、それこそリコリスに教わる端から会得していったのです。

 リコリスは記憶力は良いのですが、魔法使いとしての力はそれほど強くありません。対してリリィは明らかに、百年に一人というくらいの逸材でした。今日リリィが作り上げた秘薬などは、知識としてその調合方法を知っていたとしても、リコリスには何十年かけても作ることが出来ないであろう代物です。

「もう、私があなたに教えられることはないわね……」

「ええ!? わ、わたし、リコリスに捨てられてしまうんですか!? こんなものを……作ってしまったばかりに……」

「違うから落ち着いて! あなたが今ぶちまけようとしているのは城一つ買えそうなくらい高価な秘薬だから落ち着いて!」

 町外れの森の中にひっそりと佇む魔法使いの家は、最近はもっぱら賑やかです。




後編は、城で待ちぼうけの王子様のターン。

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