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リクエスト消化『ヴォルフ視点&ラブラブ』


 私はふと、斜め前を歩くリコリスの歩みが普段よりも少し遅いことに気がついた。そして注意深く観察していると、彼女は右足が地面につく瞬間に、少しだけ眉をひそめた。

「リコリス?」

 私の硬い声に彼女は、いたずらが見つかった子供のような顔をする。『ひどく怒られてしまったらどうしよう』と不安がっている顔でもある。

 そういう表情をされれば私が強く出られないことが分かっているならば、少しだけ憎らしいと思う。

「右足をどうかしたのか?」

「いえ、その、たいしたことではないのだけど……」

 言いながらリコリスは、少し辺りに視線を彷徨わせた。無意識に助けを求めるような動作だが、あいにくと今は私と彼女の二人だけだ。学園の教師から与えられた用事のために、あまり一般生徒達には関わりのない場所へ向かった帰りである。多くの生徒たちの行動範囲からは外れているので、あたりに人通りはない。

 リコリスもそれを思い出し、観念したようだった。

「新しい靴が少し足に合わなかったみたい。大きさはぴったりのはずだけど、かかとが少し硬くて……」

 私は眉をひそめた。彼女の靴を作った人間にも少しは言いたいことがあるが、それよりも大きな問題があった。彼女が、私に対してそれを隠そうとしたことである。

「……とりあえず、靴を脱ごう」

 私が跪いて肩に掴まるよう言うと、リコリスが遠慮がちに手を伸ばしてきた。

 靴を脱がせると、たしかに彼女のかかとは赤く腫れ、傷ができるほどではないが熱を持っていた。

「ごめんねヴォルフ。寮に戻るまで少しだけ我慢すればいいかな、って。……だってヴォルフは、私をここに残して別の靴を取ってきてと言っても――」

「断固拒否する」

「でしょう?」

「私が君を抱えていけば済むことだろう」

 ごく当たり前の提案だと思うのだが、彼女はすぐに首を振った。

「いえ、それはちょっと。申し訳なさすぎて。私、はっきりいって簡単に抱き上げられるような重さではないと思うのよ。……最近減量をさぼっていたし。いくらヴォルフが鍛えていると言っても、私は身長もあるから。正直かさばる女ですから。だから……」


「リコリス。率直に言うが私は、君を抱き上げて運びたい・・・・。だから君の答えは、『許す』か『許さない』かだ」


 彼女は顔を赤くして、「うう……」と小さくうなった。



 背負うか前に抱くかでまた少し悶着があったものの、『世話になる』という負い目を抱えた彼女を説得するのは簡単だった。


 私に抱えあげられたリコリスは緊張に体を固くしながら、自由に動かせる腕をどうしたらいいものか悩んでいる様子だ。

「……リコリス。体重をできるだけこちらに預けてくれるとやりやすい」

 駄目で元々、というつもりで言ってみる。

 彼女は案外簡単に頷くと、私の肩に寄りかかるように少し体重を預けてきた。口を開けば余計なことを言ってしまいそうだった私は、無言のまま彼女を抱えて歩き出す。


 しばらく歩を進めると、耳にごく近い位置から彼女が話しかけてきた。

「ねえヴォルフ、その……ご感想は?」

「感想? ……そうだな。世界の覇権を手にするよりも、今この瞬間のほうが充足感に溢れていると思う」

「そ、そんな壮大な答えが返ってくるとは思わなかったわ。……重くない?」

 ああ、なんだ重さのことか。

「そうだな、このまま全力疾走しろと言われればそれほど長くは走れないと思うが……。歩くだけなら、休み休みに登山くらいはできるだろうな」

 正直に答えた私の言葉は、リコリスのお気に召さなかったらしい、ふう、と彼女は小さくため息をついた。

「君はけして重くないと思うが」

「う~ん。でも女性というものは、男の人に『君は羽のように軽いね』って言われてみたいものなのよ」

 私は、彼女の言葉通りの状況を想像してぞっとした。つい、彼女を抱く腕に力がこもる。

「ヴォルフ?」

「……いや、私は、君がそれほど軽かったら怖くて仕方ないな。風で飛んでしまうだろう」

 私の言葉を受けて、腕の中の彼女が、クスクスと楽しそうに笑った。


「……笑ってごめんなさい。なんだか、すごくヴォルフらしい・・・と思って」


 甘く柔らかい声でそう言って、こちらに笑いかけてくる。

 緊張がほぐれたらしいリコリスは、その細い腕を私の首に回した。抱きつくような形で、こちらに体重を預けてくれる。顔を私の肩口に押し付けているのは、笑い顔を隠そうということらしい。

 柔らかくあたたかい感触が、あまりに無邪気に差し出されたことに、さすがに動揺する。

 その間も彼女の笑い声は止まらず、その軽やかな振動が伝わってきた。


 私は、本当に。

 今この時、世界の覇権よりも素晴らしいものを手にしていると思うのだ。



 彼女はもっと自分に甘えていいと言うが、私は昔から、彼女にだけはおおいに甘えてきた。優しい声と明るい笑顔に、いつでも甘やかされてきたのだ。たとえば母性とはそういうものかもしれない。


 ――ただし、彼女は私の母親ではないが。



「リコリス」

「はい。なに?」

「向かう先は、医務室でいいだろうか」

「ええ。けっこう距離があるわね。大丈夫?」

「もちろん」

 笑いかけると、リコリスは安心した、という顔をする。

「――だが、たしかにそれなりの距離だな」

「やっぱり、下りましょうか? 肩を貸してもらえば、片足跳びでいけるわ!」

 もちろん私は、彼女を下ろすつもりは毛頭ない。

「大丈夫。そこまで君を大切に届けよう。だから、この任務を完遂したら。……少しだけ、ご褒美をもらっても?」

 私の含みのある言い方に、リコリスは驚いて動きを止めた。

 しかし、しばらく待っても首に回されたあたたかな腕は離れていかない。降ろせとも言われない。彼女の白い頬が、首が、隠しようがないくらい赤く染まっていく。


 靴ずれについて私に隠し事をした彼女に、少しだけ仕置きをしてやりたいという思いもある。

 ――そして正直に言うなら、私は彼女の困り顔もとても好きだ。


 恋人が「甘えてもいい」と言うのだ。

 いったいどこまでならば『甘え』として許されるのか、知りたくなるのが人のさがというものではないだろうか。





 題名の通り、お題は『ヴォルフ視点』『ラブラブ』でした。こんな感じでOKでしょうか。たぶん一番たくさん頂いたリクエストなのですが。

 やっぱりヴォルフ視点難しいです。なんでかな~と思っていたのですが、たぶんヴォルフにはツッコミ属性がないからかと。ツッコミ役にシェイドを召喚したくなります。

 難しいけど、楽しんで書きました。リクエストくださった皆様、本当にありがとうございました!

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