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ヤンデレ系乙女ゲーの世界に転生してしまったようです  作者: 花木もみじ
番外編『舞台幽霊のカプリチオ』
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第二話


 私が初めて見た彼女の舞台は、それは素晴らしかった。

 ミリアが舞台に現れたその瞬間に、私の目は彼女に釘付けになったのだ。


(妖精みたい……)


 彼女の身長は、思ったよりも低かった。背に流れる髪は淡い茶色で、肌は透けるように白く。ごく薄い水色の衣装を身にまとっていた。

 その色合いは全体に淡くて、光に溶けてしまいそうだと思った。しかしそんな感傷に反して、彼女は強いライトを浴び、舞台の上でその存在感を際立たせていた。

 その小柄な体から放たれる声量といったら、目の前で見ていてもそれがあの小さな唇から溢れた声だとはとても信じがたい。でも、たしかにそれは彼女自身の声なのだ。

 他の自動人形は人の声を借りて歌うが、ミリアの声は誰かからの借り物ではない。知識として知ってはいたが、実際に目にすることでそれがはっきりと感じ取れた。

 自動人形達の歌は聞き取りやすく正確なかわりに、どこか画一的だ。もちろん、たとえば盛り上がりの部分で声は大きく響く。けれど『それだけ』というか、決まりきった楽譜をなぞっている歌では、楽団の演奏にも緊張感がない。

 対してミリア・ガラントが歌うと、そこに確かな情緒が込められているとわかる。ビブラートのかけ方、ロングトーンの長さ。また、そういうミリアの『個性』を反映しなくてはならない指揮者の緊張感も観客までしっかり伝わってくるのだ。

 心ある人形というが、確かに彼女の声には心がこもっていた。

 彼女が歌の一フレーズを歌い終えた時には、私はもう彼女のファンだった。


 ミリアの役どころは、一人の英雄を思い続ける町娘だ。

 幼いころに交わした約束を胸に、死地に赴いた恋人を待つ。

 やがて娘が待つ町にも自国の勝利の報がもたらされ、その時の彼女の喜びの歌の素晴らしいことといったら。

 彼女は恋人を待ち続けた。

 人は彼女に「君の恋人は英雄になった。もう君のもとには帰ってこないよ」と忠告するが、恋人を思う彼女の歌を止めることはできない。

 舞台の途中で場面は英雄となった男の視点に替わるのだが、私ははやく彼女がまた出てきてくれないかとそわそわしどおしだったくらいだ。

 そんな風に思っていたのは私だけではない。彼女がもう一度舞台に現れたとき、客席から『思わず』という感じの拍手が湧いたくらいだ。

 彼女の素晴らしい演技に酔いしれる間にも、舞台の終わりが近づく。

 そうして最後の一幕。ついに待つことに耐え切れず恋人の元に走った町娘が目にしたものは、都の高貴な女性と寄り添い口づけを交わすかつての恋人の姿。その日は、国を救った英雄の結婚式だった。

 恋人をついに失った彼女が万感の思いを込めて歌う独唱とともに、舞台は幕を閉じる。


 話の筋については、それほど特筆するようなものはなかった。そう珍しくはない悲恋もの。

 ヒーローである英雄のキャラクターはどちらかというと薄くて、優柔不断な所が私はあまり好きにはなれなかった。私が町娘に感情移入して劇を見ているということもあるのだが。

 最後には地位ある女性に言い寄られて、流されるようにそちらを選んでしまったのが、私には残念でならない。

 けれど言うなればこの舞台は、ミリア演ずる町娘の健気な思い、一途な愛をえがくための筋だったと思う。彼女を最大限に魅力的に見せるということには、きっと成功していた。


 そしてミリア・ガラントの演技の出来について言うならば。

 ――それはもはや演技の枠を超えていた。町娘の愛情、喜び、悲しみ。それらが見るものの胸を締め付けずにはおかない、そんな舞台だった。



 その舞台以降。

 私は夢見心地のままに数日を過ごした。

 感動が覚めないのだ。ともすると私は夢の中でさえミリア・ガラントの素晴らしい声を、演技を反芻していた。

 私があんまりぼぅっとしながら過ごしているせいで、ばあやは心配するしシェイドは呆れている。

 休暇中の課題を終わらせているのをいいことに、私はぼんやりしたまま一日、二日と過ごした。


 その間私が物思いに耽る以外にしたことといえば、過去のミリア・ガラント主演の公演についての劇評を見返すことだ。

 私にとって観劇は、読書以外ではほとんど唯一の趣味とも言えるかもしれない。

 そのため我が家の図書室には、王都における様々な公演についての劇評がまとめられた本などが大量に所蔵されているのだ。

 我が国の演劇文化は非常に盛んで、劇評を集めた本はそれなりの頻度で出版されている。

 その中から比較的出版が新しい本を選びとり、ミリア・ガラント演ずる舞台についての評を読んでいく。


 ミリアの演技についての評価は、完全に両極端だ。

 もともと『人形歌劇』そのものに対する批判がたくさんある。その中でも『ミリア・ガラントだけはこの例に当てはまらない』とする人もいれば、一緒くたにミリアごと人形歌劇そのものを批判する人もいる。

 考え方、捉え方は人それぞれ。とはいえ、この目でミリアを見たあとでは低い評価には釈然としない。

 これまで観劇の際、一番に参考にしていた批評家までもがミリアの舞台を酷評していて、私は納得がいかずに頬をふくらませた。


 そんな風に過ごしていた昼どきのこと。

 お父さまが帰ってきて、私にこう言ったのである。


「リコリス。今日は私と外出しないかい?」

「お父さまと? します!」


「では。リコリスご執心の歌姫に、会いに行こうか」


 もちろん私は、一も二もなく頷いたのである。




 信じがたいことに同行を辞退したシェイドは家に置いて、私はお父様と二人王都へ向かった。

 そして私とお父さまが人形歌劇座に着いたとき、一人の恰幅のいい紳士とともに私たちを出迎えてくれたのはなんと、ミリア・ガラント本人だった。


 私はこの不意打ちに驚いて、不躾なくらいじっくりと彼女の姿を見つめてしまった。

 改めて眼前にすると、本当に背が低い。プロフィールによれば彼女は私より二つほど歳上なのだが。私と彼女では、はっきり頭一つ分ほど私のほうが大きい。

 そして、髪が短い。思えば公演の時はかつらだったのだ。鬘と同系色の淡い茶色の髪は、少年のようなショートカットで、少しくせがあってフワフワしているのが愛らしい。

 目の色は遠目ではよく分からなかったが、淡褐色ヘーゼルでくりっと大きい。

 総じて、彼女の容姿は幼かった。見た目の印象を言うなら、尊敬すべき大女優というよりは守ってあげなければいけない小動物という感じである。


「ようこそいらっしゃいました! そちらがお嬢様ですな。いや、お美しい」

 大きな声をあげたのは、ミリアの隣に立つ恰幅のいい紳士だ。

 お父さまとは既に知り合いであるらしく、父が簡潔に紹介してくれたところによればこの人形歌劇座の劇場支配人とのことである。

 この場合の劇場支配人とは、劇場の持ち主から依頼を受けて実際に采配を行う、現場の責任者である。

 たとえば王立劇場などでは、国内の舞台芸術発展に寄与した人物をその席に据える。対してここ人形歌劇座の今の支配人は、舞台に携わってきた著名人というわけではない。芸術家というよりも経営者という意味合いが強いのだ。

 過去に経営が行き詰まって傾きかけたこの人形歌劇座には、そういった人材が必要だったということなのだろう。

 その支配人に促され、かすれた声でミリアが懸命に紡いだ言葉はというと。


「ミリア・ガラント、です。わ、わざわざのお運び、もったいなく、ぞんじます」


 私を前に一生懸命丁寧な礼をする彼女の指先は明らかに震えていた。その表情はとても固く、伏せがちの目を縁取るまつげもどこか弱々しくゆらめく。

 私はすぐに事態を把握し、戦慄した。


(あ、あこがれの人に……! 思いっきり! おびえられてる!)



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