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第十六話

 私はその夜、夢を見た。

 ギフトの言葉が――『呪いあれ』という言葉が耳に残っているというのに、気持ちのよい夢など見られるはずもない。見たのは悪夢だ。



 夢のなかで『リコリス・ラジアータ』は、嫉妬に狂った醜い女だった。

 ヴォルフが信じて欲しいと言葉を重ねても。

 リリィが涙を流して、あなたを裏切ってなんかいないと言っても。

 それらは見ているこちらの胸が痛くなるほど真摯な言葉だったのに、『リコリス』は信じなかった。


『ひどい! 愛していたのに! 信じていたのに!』


 そんな欺瞞に満ちた言葉で、ただ二人を責めるばかり。

 二人を責めさいなむために、思いつく限りのことをしようと『リコリス』は考えた。自分が傷ついても、二人だけでなく周囲を傷つけてもそんなことは構わなかった。

 手に入らないのなら、できるだけひどく壊してしまいたい。自分を差し置いて二人が幸せになるという未来だけは許せない。

 やがて誰も彼もが側から離れていってしまっても、まだ『リコリス』は認めなかった。自分が結局、誰のことも愛していない、信じていないのだということを。



 目が覚めてからもしばらく、私は呆然としていた。

「ちがうわ。私、そんなことはしない。ぜったいしない。ほんとうよ……」

 寝台の上に半身を起こして、誰に言うともなく私は弁明し続けた。


 夢というのは安堵するために見るものだという説を聞いたことがある。良い夢は『良い夢を見れてよかった』と思うために。悪い夢は『こんな恐ろしいことが現実でなくてよかった』と思うために見るのだと。

 そんなのは嘘だと思った。少なくともこの悪夢に関しては。



 また、夢を見た。

 夢のなかで私は、例のゲームをプレイしていた。ヴォルフのルートだ。

 トゥルーエンドを目指してプレイした。選択肢を一つも間違えられないほど難易度は高いが、ゲームの中でも比較的幸せなストーリーで、私のお気に入りだ。

 彼は女嫌いだから、初めはいつも不機嫌そうな顔をしている。ゲームのヴォルフの言動は今のヴォルフとはかなり違う。どこか無理をしている感じというか、肩肘を張っているようなところがあって放っておけないと思わせる。

 けれど関わりを深めていくことで少しずつ彼の、生来の生真面目な性格が見えてくる。

 彼を苦しめているトラウマを、一緒に乗り越えていく。亡くなった父親について語る彼の姿には胸が締め付けられるようだ。

 そうして物語はハッピーエンドを迎える。画面の向こうで、恋人たち――リリィとヴォルフが幸せそうに微笑み合い、キスを交わした。



 目が覚めて、私は「馬鹿みたい」と呟いた。馬鹿みたいな妄想だと思わなければ、心が折れてしまいそうだ。


 そして今度こそ、もう眠るまいと決心した。

 決意は固かったはずなのに、私は明け方近くにまた夢を見た。


 それは一番短くて、一番恐ろしい夢だった。



 一人の女性が立っていた。

 黒く長い髪。黒い瞳。美しいけれど、表情はどこか冷たい。

 私は彼女について、覚えていないけれど知っていた。


「かわいそうな子」


 聞いたことのないはずの、彼女の声が響く。声は私によく似ていた。


「あなたはきっと、誰かを正しく愛することはできないのでしょうね。あなたは私の子で、本当に私にそっくりだもの。壊れているのよ。嫉妬に狂う血筋なの」


 彼女が私の頬に手を伸ばした。その手はひどく冷たくて、彼女が生者でないことは確かだった。


「誰かを好きになど、なってはいけませんよ。それが相手の、あなたの不幸に繋がってしまうから」


 やめて、と私は叫んだ。

 お母様、やめて!



 その叫び声で目が覚めた。

 ひどく汗をかいていて、まとわりつく夜着が不快だった。

 そしてそれ以上に、身体に昨夜の黒い霧がまとわりついているような気がして恐ろしかった。悪夢の原因に検討はついている。これはまさしく『呪い』ではないか。

 昨夜医師の診断を受けはしたが、それで必ずしも安心というわけではない。ギフトは稀代の天才で、黒い霧の正体は結局分からなかったのだから。

 私はハッとして寝台から体を起こした。


(ヴォルフ!)


 私をかばって黒い霧を浴びたヴォルフが気になった。

 私はあわてて男子寮に向かったが、結局ヴォルフに会うことは出来なかった。他ならぬ彼自身が、私と会うことを強く拒否したからだ。




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