第十五話
隠しキャラの名前は、ギフトという。イメージカラーは青。
とてもじゃないが、可愛らしい名前に不相応な過去と性格のキャラクターだ。
ギフトは一応、種族的には人間である。ただし、その年齢は少なく見積もっても百は軽く超えている。
魔力暴走の最悪の例として、私たちは学園で彼について学ぶ。
ギフトの魔力の暴走によって、過去に彼の郷里である山間の村が一つ消えた。何が起こったのか正確なところを把握できず、当時の王はその地に軍隊を差し向けた。そして村の唯一の生き残りである子供を保護した軍隊は、その日の夜のうちにその子供――ギフトによって全滅させられた。
この先は歴史の授業ではなくゲームの知識だが、彼の言い分はこうだ。
『生きている人間は何をするか分からなくて怖い。だから殺した』
その後多くの犠牲を払って捕縛されたギフトはしかし、最終的に殺されることはなかった。攻撃魔法のみならず治癒魔法にも絶後の才能を発揮した彼を殺す方法がなかったとも言われるが、彼の才を惜しんだ研究者が協会にいたのも確かなようだ。
ギフトは、死に最も近い形で幽閉された。封印と言い換えてもいい。大掛かりな魔導装置によって、常に魔力が枯渇した状態になるようにして、地下深い場所に眠ることになった。時折、ギフトのもとに研究者が訪れては実験が繰り返された。
その場所こそが『迎賓館』なのである。
つまり、『魔王のミイラ』と噂される存在こそが彼なのだ。司書の老ヘムロック氏は、実はギフト封印の守番である。
国の未来を担う人間が集う学び舎の下に、そんな地雷を埋めておかないでと言いたい。心の底から言いたい。
迎賓館には魔導書を門外不出にするために、国随一複雑で強固な結界がある。だから他の場所より安全と判断されたとゲームの中でヘムロック氏が説明していたが、いざこんな状況になってみるとやはりまったく納得がいかない。
つまり国の偉い人たちは想像力が足りなかったのだ。学園に、ヤンデレに惚れられることにかけては超一流、ヒロインことリリィが入学してギフトが暗躍し始める可能性を考えてもみなかった。考えてみてよ!
リリィがヤンデレに惚れられるだけの無力な女の子なら、それでも良かったのかもしれない。だがリリィは、規格外の治癒能力を持っていた。それは例えば、ミイラ同然のギフトを回復させてしまうくらいの能力だったのである。
規格外の魔力ゆえの孤独を分かち合える稀有なる二人の恋は、『例のゲーム』の中でも私がプレイしたことを一番後悔させられたルートである。学園崩壊ルート、と呼ばれている。
なんといってもギフトは、極端に人間を恐れている破滅思考のキャラクターだ。例外は完全にヒロインであるリリィだけ。
『世界がまっ平らになって、そこにお前と俺しか立っていなかったら。きっと俺ははじめて心の底から安堵できるだろう』とは、作中の彼の台詞である。
と、そんな恐ろしい地雷原を前に、本来ならば私に為す術はない。けれど、幸いにして私には現状についての『知識』があった。前世におけるゲームの知識、そしてこの『魔王』をつなぎとめる魔導装置に関する知識である。
私は半透明の魔王を見据えながら、リリィに声をかけた。
「リリィ、心を強く持って。彼は魔導装置から開放されたわけじゃない。強大な魔力が彼の身に戻ったわけではないわ。自由に力を振るうことはできないはずよ」
身体が半透明なのがその証拠だった。彼の身体は今も迎賓館の地下にある。
リリィの全面的な協力を得て復活した後はもはや止めるすべのないギフトだが、今はまだその段階ではない。
頭ではそう思いながらも、私の声は震えた。目の前の彼の存在はあまりに儚く、そのくせその身に秘めた才能のなんと恐ろしいことか。魔力がほとんど空であっても、その空洞の大きさだけはおぼろげながら理解できてしまう。永遠の暗闇。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。彼の抱えた虚ろに、本能が恐怖を感じていた。
私よりもリリィの方が果敢だった。彼女は私の言葉に力を得たように頷くと、私を庇うように前に出た。
その小さな肩は震えている。何かの重みに耐えかねるように。
「……リリィ。彼のことが、好きなの?」
場違いな質問だと後になって思ったが、この時は時間稼ぎの意図すら無く、私はこれをリリィに尋ねなければならないと思ったのだ。
リリィは視線をギフトに据えたまま答えた。
「……とても強く、惹かれました。彼がどうしようもなく孤独だと分かったから。毎晩部屋を抜けだして、会いにいったんです。いろいろな話をして、共感したし、してもらった。二人でいる時間は、楽しかった。私だけを必要としてくれる人だって。でも……」
リリィが言葉に出来なかった部分が、私には分かる気がした。ギフトとの恋愛はまるで、二人きりで深淵に落ちてゆくような恋だ。でもリリィはおそらくその深淵の縁で思いとどまったのではないだろうか。
ヴォルフとシェイドと四人で、楽しく過ごした昼食会が思い起こされた。あの時私は、彼女が声を上げて笑うのを聞いた。間違いなく、幸福そうだった。
「ギフト、これ以上あなたに誰かを傷つけさせるわけにはいかないわ」
『誰かをではない。その女を、だろう?』
声ならぬ声を響かせながら、ギフトは言った。
そしてこの場に現れた瞬間から片時もリリィ以外を映さなかった瞳で、リリィを通り越して私を見た。
その瞳の色を、なんと形容したら良いのだろう。
濃い緑色の眼差しから、まるで嫉妬が滴るようだった。
『女、俺に力はないと言ったな。その通りだ。たいした魔力はない。だが、それでも俺はお前を殺すことが出来る』
「リコリスを傷つけたら、許さない」
リリィの声がどこか遠くに聞こえるほど、その時私は闇の如き緑色に捕らわれた。恐怖に全身が強張る。自分の身を守るための魔法を模索するが、混乱に拍車がかかるばかりだった。
その時、凍りついた空気を動かすように廊下から足音がした。
「リコリス!」
頼もしい声に名前を呼ばれて、私はほっと息をつく。彼にこそ来て欲しいと思った時に、本当に現れるのがヴォルフのすごいところだ。
それからは、あっという間の出来事だった。
ヴォルフが部屋に踏み込んだのと時を同じくして、ギフトの手から黒い霧のようなものが吹き出して私を襲った。ヴォルフは素早い動きで私を腕の中に庇う。
『呪いあれ』
ギフトがそうつぶやくのが聞こえた。
そしてリリィに向けて、まるで睦言を囁くように甘い声で言う。
『お前が心を寄せる者が、全て身に巣食う闇に囚われ果てたら。その時こそ再びお前を迎えに来よう』
そんな言葉を残して、彼はこの場から煙のごとく消え去った。
黒い霧もまた、辺りの空気に溶けこむように霧散して――見えなくなった。




