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第十一話

 その日最後の授業が終わって放課になった教室内で、私はゆっくりと授業で使った裁縫道具を片付けながらため息をついた。憂いのため息ではなく、やり遂げたなぁという意味合いのため息である。


(今日の午後の授業は……試練の時だったわ)


 お昼を満腹になるまでつめ込まれた私の体は、本能に従って午後は明らかに休息を必要としていた。

 有り体に言えば眠かった。お昼寝がしたくてたまらなかった。

 こっくりと船を漕いで指に針を指すこともなく、無事に放課を迎えたことが感慨深くてならない。

 この学園では座学の授業はすべて午前に行うが、これはけっこう理にかなったスケジュールだと思う。

 午後にあるのがもし座学の授業だったなら、先生の声を子守唄にお昼寝タイムという事態を回避できたとは思えない。


(でも不思議なことに、いざ授業が終わってみると眠気なんか何処かに吹き飛んでいるのよね……)


 日本もこの世界もそういうところは変わらないなぁと感慨にふけっていた。 

 そんな時だ。廊下の方からバタバタと慌ただしい足音がしたのは。


「リコリスお姉さま! アルタードくんが!」

「どこ!?」

「中庭です!」


 この以心伝心っぷりは、悲しいかなアルトの起こす騒動に慣れさせられたという過去のせいであった。

 果敢にも上級生の教室に走りこんできた女の子は、アルトと同学年で取り巻きの一人と仲がよく、何かありそうと判断したら私に教えてくれるよう言い含めてあるうちの一人である。


 中庭に向かいがてら彼女から話を聞いた。

 曰く、今日の午後の授業にアルト他数名の取り巻き達が姿を見せず、訝しんでいたとのこと。そして授業が終わって早々、アルトの取り巻きの一人がこそこそしていたので後をつけてみたところ、その取り巻きの子はリリィと接触を図ったということ。


「何を話していたかよく聞き取れなかったのですが、その後二人は連れ立って中庭に向かいました。そこでアルタードくん達と合流して、なんだかすごく不穏な感じだったので私はお姉さまにお知らせに……」

「ありがとう。助かるわ」


 緊迫した状況で『お姉さま』はやめてほしいものだが、この際目をつむろう。

 目指す中庭の緑が見えてきて、私はアルト達と対峙するリリィの姿にホッとした。まだ手を出されたりはしていないようだ。


 けれど距離が近づくと、リリィの様子がおかしい事に気づいた。胸の前で両手を重ねあわせ、微動だにせず一点を見つめたままだ。

 その視線の先を追った私は、眩むようなデジャブを感じてつい足を止めた。


 リリィの視線の先。

 盛り上がった土の上に、これ見よがしに棒が立ててある。

 私は体中から血の気が引いていくのを感じながら、その『お墓』を見つめた。


「……どうして、こんな」

 リリィが引き絞るように苦しげに紡いだ言葉に、アルトの冷笑が返る。

「庶民に身の程を分からせてやろうと思って。もちろん、あの鳥が犠牲になったのはお前に他に友達がいなかったから。笑えるね~」


 この恐ろしくも不快な台詞だってゲームの通りだ。ゲームで殺された動物は確か鳥ではなかった気がするけれど、それ以外はそのまま。


(でも、このイベントはもっとずっと後の筈で……)


 私は心中で言い訳のようにそう考えた。

 ゲームの中で、アルトがリリィの可愛がっていた動物を殺すシーンは確かにある。その時も彼はこうやって、これ見よがしに作った墓をリリィに突きつける。

 リリィが他のものに執心するのが許せないとか、そんな理由だった。

 こんなひどいことは、リリィとアルトの間にまともな面識すらないこの段階で、起こるはずがないのだ。いや、なかったのだ。

 けれど現実に、目の前には小さなお墓がある。横に放置されたままのスコップの先には土がついていて、側にはつい今しがた掘られたばかりと見える穴が……ん?


 私の物思いの間にもやっと体を動かすことを思い出したリリィが、ふらふらとお墓に近づいた。その土の塊にそっと手を伸ばすのを見たアルトが囃し立てる。


「もしかして掘り起こそうとしてる? ぐっちゃぐちゃになったお友達と対面したいんだ? うわっ趣味わる~い」


 リリィがビクッと怯えたように手を引っ込めた。その反動で、リリィの若草色の目の淵に溜まっていた涙がぽとりと落ちる。


 そして私の、堪忍袋の緒が切れた。

 

 たしなみも忘れた大股でアルトに歩み寄った私は、少し焦った様子のアルトがなにか言う前に、思いっきり、その頬を張った。

 パーンと小気味の良い音がして、自分の手のひらがジンジンと痛むのを感じる。

 逆上して殴り返してくるのではと思ったが、アルトはバカ丸出しの顔で唖然と口を開いて私の顔を見つめている。


 ギャラリーも含めて、そこにいた全員が沈黙した。

 そう、中庭はある程度人目につく可能性がある場所だ。中庭でこんな騒ぎを起こした以上、アルトがリリィをいじめの標的に選んだことは全校生徒にすぐ伝わるはずだった。それが新たないじめを誘発する可能性もある。もちろん分かってやったのだろう。忌々しいことにアルトは、そういう計算はできる子供なのだ。

 私は怒り心頭で、でも思考は冷えていた。アルトとの交戦をほとんど覚悟して、ギャラリーの中に味方を探す。


 一番に動くことを思い出したのは、アルトの取り巻きの一人だった。全く役に立たないお目付け役の彼である。

「ち、違うんですリコリス様! 鳥は、結局捕まえられなくて、そのお墓は、土を盛ってそれらしく作っただけです!」

 あげく彼は、言わずもがななことを弁明した。

 リリィはおそらく動揺のあまり気が付かなかったのだろうが、墓の横にボコっと穴があるのは少しおかしい。だいたいはまず穴を掘って、そこに遺骸を入れ、上から土をかぶせるというのが手順だ。

 リリィには慣れてるとはいえ野生の鳥を捕まえるのは難しく、まがい物の墓を作って脅かそうとした、というのが真相らしい。


「リリィ、聞いてのとおりよ。あの小鳥はたぶん無事だと思うの」

 リリィがハッと顔を上げた。

「リコリス、私……」

「ええ。探しに行ってあげて。ここは私が何とかしておくから」

 リリィは私の言葉に頷くと、例の瑠璃色の小鳥がいるであろう森の方へ向けて駆け出していった。


「か、勘違いだったんだから、謝ってよ! ぶたれたとこすごい痛い!」

 アルトが私の背中に向けて喚いたので、私は振り返った。

「勘違い? 鳥を殺すつもりだったんでしょう?」

「そうだけど、結局できなかったんだって言ってるじゃん! 疑いもせずにころっと騙されたあの女がバカってだけで」

「よく、分かったわ」


 私は、今度こそ拳を握ってアルトの頬を殴ろうとした。先ほど無意識に平手打ちをしてしまった自分の甘さが分かったからである。

 けれど二発目はさすがにアルトも甘んじて受けはしなかった。手首を掴まれたので、私は近距離でアルトを睨みつけた。


「うるさく言い続ければあなたも少しは大人になってくれるかもなんて、私の見通しが甘すぎたんだわ。三年間で、あなたはまったく成長していないんだもの。あなたの教育係なんて、私には無理だったのよ」

 言い募る私に向けて、アルトが例の言葉を吐いた。

「……なんで」

「『なんで』なのか、分かるまで彼女に、私にも絶対に話しかけて来ないで。特に心のこもらない謝罪なんてリリィに聞かせたら、許さないわ」


 そう言い切った所で、大きな影が私の視界を遮った。それがヴォルフだということはすぐに分かったので、私はホッと息をつく。

 ヴォルフはアルトの腕をけっこう乱暴にひねりあげてから、私にハンカチを差し出してきた。

 なんだか泣きそうと思ってはいたが、私の目には実際に涙が溢れていた。格好のつかない話である。 


「ヴォルフ、アルトをお願いしていい? リリィを探しに行きたいの」

「いや、一緒に行く」


 ヴォルフが主張を固持したので、結局アルトのことは近くにいた先生に任せて私達はリリィを追って森へ向かった。けれど、それほどの時間差はないにもかかわらず、そこにはリリィの姿はなかった。


 その後人を集めてリリィの捜索が行われたが、彼女が見つかったのは夜も更けてからの事だ。

 とても疲れた顔をして、ふらっと寮に帰ってくると、彼女はほとんど気を失うように眠ってしまった。

 そうしてそれからほとんど丸一日、眠り続けたのだ。




 次話はヴォルフ視点でアルトへのお仕置きを……書きませんが。

 アルトは現時点誰にも恋をしていませんので、バ○系ヤンデレではなくただの○カです。同時に事態を悪い方へ向かわせる天才でもあります。

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