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第五話

 同じ学園にいるのだからおかしいことではないのだが、リリィとはすぐに直に顔を合わせることになった。

 学年縦割りで行われるマナーの授業で、彼女と私は同じクラスになったのだ。これはゲームの中でもそうだった。


 二年から六年までのメンバーは、昨年と変わりがないので見知った顔ばかりである。新入生に続いて、リリィが自己紹介をはじめた。


「リリアム・バレーです。どうぞ、よろしくお願いします」


 お辞儀の所作は一年生と比較してもぎこちなく、自然彼女に眼差しが集まった。彼女が庶民の出であるということはほとんど全校に知れ渡っている。

 初めて耳にする彼女の声は、容姿の愛らしさに比較すると少し落ち着いた印象だ。つたないながらも聞き取りやすい声の挨拶に、私はなんとなく詰めていた息を吐いた。



 マナーの授業第一日目の内容は、挨拶の作法からと決まっている。

 既にけっこうなお年でありながら背筋のピンと伸びたマナーの先生が、おっとりした喋り方で挨拶におけるマナーを語る。紹介される前の相手にみだりに話しかけてはいけないとか、紹介の順序についてなどごく初歩的な部分について念押しした後、一番大事なことは相手に不快な思いをさせないよう常に心を配ることですよと締めくくった。

 マナーの先生の中には生徒の一挙手一投足に対してダメ出しをする人もいるが、この先生の授業はどこかおっとりとしていて生徒たちに人気がある。もちろん厳しく指導することにも意義はあるだろうが、『この人のような女性になりたいな』と思わせるという意味で私もこの先生のやり方に尊敬の念を抱いている。


「日々の努力の積み重ねが美しい所作を生みます。先輩方のやり方をよく見て参考にしてね。特にこのクラスには、女子寮の寮長さんもいらっしゃいますから」


 と、甘いことを考えていたらプレッシャーをかけられてしまった。

 もちろん無視するわけにはいかないので、『焦らずゆっくりと』を心中で唱えながらドレスの裾をつまんで「ご期待に添えるよう努力します」の礼をした。




 その後に始まったのは、言うなれば『紹介ごっこ』『挨拶ごっこ』だ。

 これには新入生たちの緊張をほぐすという意味合いもあるのだと思うが、それは成功をおさめているようだ。どの子も楽しそうに、少し恥ずかしそうにこのごっこ遊びに興じている。

 彼女たちは知らない。この先生は仏の如き笑みを崩さない人だが、要求自体は右肩上がりにひたすら増えていく。『美しい所作のため』に筋トレまがいのことを毎日させられたことを私は忘れない。いえ、尊敬はしているのです。本当に。

 この人に限ったことではないのだが、マナーの先生方には根本的な部分で体育会系的な血が流れているように思えてならない。


 などという物思いは適当なところで切り上げて、私も授業に参加しようとした。

 ちょうどその時だった。

 私や先生からは少し離れたところで、複数人が笑い声をあげたのは。


 この授業では、普段机を並べている相手に対しても「はじめまして」と挨拶する。

 それが笑いを誘う光景であるのは確かなのだ。実際、こらえきれなかったクスクス笑いが聞こえることはある。

 しかしその時の笑い声には、どこか人を軽侮するような色があった。聞いていて思わず眉を潜めてしまうたぐいの笑い方だ。だからこそ私はそちらに足を向けた。


 向かった先では、金髪の少女が――リリィが困ったように俯いていた。


「人に頭を下げることに、とても不慣れでいらっしゃるのね。不思議だわ」


 言ったのはリリィと同学年、五年の生徒だった。面白い冗談を思いついたような口ぶりで、本人に悪意があるのかないのか判然としない。

 けれどそれに追従するように同じグループの子が再度笑い出してしまっては、これは完全にいじめの構図だ。


 笑いが周囲に伝播する前に、それを止めなければと私は思った。


「もしも」と、少し声を張って言葉にする。


「……もしも不慣れであることがもの笑いの種になるのだとしたら。わたくしたちはこの先社交界で、きっと誰からも笑われることになるはずね」


 言ってから私は、少し俯いて視線を落とした。

 口にした言葉は紛れもなく私の本心だが、発言者の彼女と視線を合わせたら謝罪の強要になりかねない。そんなことをせずとも、彼女がわかってくれると信じたい。

 魔法学園の生徒は特別の理由がない限り学園卒業後に社交界に出るので、未知のものに対し不安を抱えているのはみな同じはずなのだ。


「あ、あの……わたし……ご、ごめんなさい!」


 幸いにして、彼女を皮切りにリリィを笑った子たちが先を争うように謝罪をはじめた。その子たちに安堵を込めて笑いかけると、こちらに向けても謝罪をしてくれた。根っから悪い子たちではないのだ。


 リリィの様子が気になって何気ないつもりでそちらに視線をやると、若葉色の瞳と目があった。

 不思議と、心惹かれる眼差しだった。

 ヴォルフやシェイドを抜きにすれば、相手からこれほど率直な視線を受けることは私にはほとんどないと言っていい。そのせいだろうか。


「さあみなさん、授業中であることを忘れないで」


 ごく穏やかだが毅然とした先生の声に、場の空気が元に戻った。続く言葉はどうあっても心穏やかに受け止められるようなものではなかったが。


「そうね。リリアムさんはしばらく、寮長さんに色々ご指導いただくと良いのではないかしら」


 名案を思いついた、という風に先生はニコニコと微笑んでいる。



 そんな展開、ゲームには影も形もありませんでしたけれども!?



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