第5話 ひとまずお腹を満たして仲直り
「じゃ。食材を調達してきますね。メルセデス。」
相方の猫を呼ぶと語り掛ける。
ーねぇねぇ。狩りとかできる?お肉がほしいかな。
ーしかたないわねぇ。ドゥドゥ鳥がいたはずだわ。
ー詳しいよね。
ーええ。この世界の生き物の生態と植生は頭に入っていますわよ。
え。そうなの!
そうこう言っているうちに、あわただしくバリュバルが話しかけてくる。
「ユー!武装蟻の死骸はどこだ?!」
「あ。それは、あっちの・・・」
広場の一角を指さす悠。
「悪い。手伝ってくれ。」
バリュバルは速足で歩きながら通りを歩く人に何やら早口で説明し、麻袋を持ってきもらう。
「これで武装蟻の死骸を包む。森に捨ててくるんだ。夜になると死骸に誘因されて仲間がおびき寄せられてくる可能性がある。くそっ。もうちょっと早めに行動したかったな。あのボンクラ兄さんも機転がきかん。」
「あ。私も行く!」
バリュバルは、麻袋を肩に担ぐと悠を振り返った。
「一つ、言っておかなければならないことがあるんだが」
「うん?」
「おれは、チャーム、は使えない。」
「分かってます。」
※※※
―ほれ、そこカサイの葉ね。生食可能。そっちはホホバ。臭み消しに有効。コクサの実は殻を破れば果汁が絶品
有効はメルセデスの言葉を聞きながら一つ一つ丁寧に摘み取り籠に収めていく。
「バルさん。先帰っててくれます。」
「お、おう。」
すでにとっくに武装蟻の死骸は土に埋めて、帰宅の途についていたが、悠の食材採取がノリに乗って終わらなくなっていたため、バリュバルは怯みながら答えた。
「お前は、いや君は、学者か何かか?」
内心、バリュバルは驚愕していた。これは食べられる。これはハーブとして使える。これは搾り汁が精製して化粧水になる、悠のとめどなく垂れ流される知識はバリュバルを完全に圧倒していた。
―これは?
―だめね。根に毒があるの。
ふむふむ。悠は一つ一つメルセデスに心で質問しながら摘み取っていく。
メルセデスが実に有能だっただけだった。
※※
今日の収穫
メルセデスの狩ったドゥドゥ鳥3匹
食べられるらしい葉っぱたくさん サラダ10人分ぐらい
コクサの実 割ると中の果汁が甘く砂糖代わり、またはジュースとして使用可
※※
「ぐふふ。楽しい」
何しろ豊富な森の恵みを、取り放題、狩り放題なのだ。
ドゥドゥ鳥は1匹お隣の家にお裾分けして塩と調味料とバターをお裾分けいただいた。おまけだよ、と小麦粉で練って焼いたパンもいただいた。発酵せずに作るぺったりしたパン、フォカッチャのようにもちもちとしたパンのようだった。
どんなときでも、自分にできることがあるのは精神衛生上、重要なことだった。
ドゥドゥ鳥を古ぼけた木のテーブルにどん、と置き
「はい、バルさん。これ捌いてね。」
次に皮を剥く必要のある木の実を籠ごと、どんとこれまたテーブルに置き、
「はい!エルフィールさん、リィンさん、これ皮を向いてね」
エルフィールは「え」と狼狽える。
「当然だな。ユーは下女じゃないぞ。お貴族様。」
半眼でエルフィールを睨み、バリュバルはしっさと鳥の解体にはいった。バリバリと毛をむしり首を掻っ切り血をたらいに抜いていく。
「くっ。」 ノロノロとエルフィールもナイフを手に取り不器用にジャガイモ(のようなもの)の皮をむいていく。
半刻も経ったろうか。悠はほとんど料理を終え、鳥の塩丸焼きと何かのオイルをかけたサラダ(イチジクに似た何かの果物載せ)を仕込み終わった。バリュバルはさっさと手伝いを終え長剣の手入れをしている。エルフィールはぶつぶつつぶやきながら荷物の整理をしている。リィンザエルはなぜかいなくなった。手伝うのが嫌になって逃げたのかもしれない。
と、乱暴に扉が空き男が入ってきた。
「主さまぁぁ」
男は悲痛な叫び声を上げるとバリュバルに飛びつかんばかりの勢いで近づき床に崩れ落ちると、ハンカチで顔を覆ってシクシクと泣き出した。
「ル…ルイ」
※※
「森ではぐれた小間使いのルイだ。」
まだぐずぐずと鼻を噛みながら、ルイと呼ばれた少年は語り出した。
「ルイです。森でマスターと離れてから、ものすごく、もんのすごく苦労したんですよぅぅ。食べ物が無いので近辺漁ったんですが毒きのこみたいなのしかなくてぇぇ。」
「あ、コカトリスの卵見つけました。えへへ。1個は食べちゃったんですがまだ3つありますぅぅ。」
ごそごそとリュックからたまごを取り出すしなぜか悠に手渡す。
「あ、コカトリス。たまご食べられるんですねぇ。追いかけられたときは必死で、考える余裕もなかったなぁ」
気が抜けた返事をした悠だが、もしかしてこいつのせいで怒ったコカトリスに追いかけられたんじゃないかなと心の片隅で思った。
「とりあえず、オムレツにでもしますか。」
※※
食事は和やかに済んだ。
鳥の丸焼きにサラダ、バターと香草を仕込んでジャガイモも追加したオムレツ、森の中で荒い野戦料理を嗜んだ面々には天国の食事だ。
腹がくちくなるとようやく一同落ち着いた。
酒が無いのが悔やまれるとか明日の携帯食料用の食材の配分とか喧々諤々みんなやかましかったがそれも徐々に落ち着いた。
気づけばリィンザエルがいないが、悠が訪ねてもエルフィールは「さてさて。」と言うばかりだった。
皆様にお聞きしたいことが、とエルフィールは切り出す。
「みなさん。魔の森をいらしたんですよね。何か不審な気配とか怪しい光などご覧になりませんでしたか?」
エルフィールが慎重な口調で尋ねる。
荷物の中から布を被せた水晶を取り出し机に置いて慎重に布を取り去る。水晶には奇妙な文様が描かれており、また中心部に黒いしみがあった。
横目で見ていたバリュバルが動揺して椅子の肘掛けから肘を落としていた。
「占いの水晶か。ものすごい透明度だな。ちょっとした家が買えそうな大きさだ。」
「ええ、一応、8厘の占い組合の占い師のはしくれですので。」
「ブッ。あんた占い師だったのか。どうりで体が貧弱すぎると、いや失礼。ダガーに騎士の紋が彫ってあったのでてっきり騎士階級だと思ったんだ。」
「騎士であったことはありません。あの剣は貰い物でして。ともあれ、先ほどはすみませんでした。助けていた態度ではなかったですね。」
「こちらそこ、早合点して悪かった。」
仲直りしたところで水晶に向き直る。
リィンザエルがいつの間にかエルフィールの側にやってきている。
「復元してくれ。」
リィンザエルが頷いてじっと見つめると水晶はまたたくまに一つの映像を映し出した。
「これはなんだろう。黒いモヤ?霧?なんか不気味ですね。」
悠はまじまじと水晶の中を見る。手は触れないよう注意されたため顔を机に近づけて、じっと見た。
「この中心の赤い光、すこしバルさんのペンダントににてますかね。」
悠の言葉にバリュバルは行李からペンダントを取り出す。
じっと見比べる悠。
「いや、全然違いました。こっちの方が赤黒いというか、ペンダントの方は赤というかオレンジに近いですね。」
「そ、そう?同じようにも見えるけど。」
エルフィールが戸惑いながら口を挟む。
「いや、全然違いますよ。こちらの方が優しい淡い色です。」悠がペンダントを指しながら言う。
そのとき、悠の左の目が、僅かに朱に染まっていたのだが、赤をじっと見つめていた時であるため、気づいた者は無かった。
水晶ではなく悠の方を見つめていたリィンザエルを除いては。




