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何ももらえずに異世界に飛ばされたので何かやることないですか、なんてそんなぁ。  作者: 秋野PONO(ぽの)
第三章 暴かれた虚

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第45話 夢の中のサナニエルとジャイルーン

 サナニエルが領主として家督を継いだとき、彼はたった18だった。

 自分は父のダワールのように勇敢ではないし、さりとて義理の父のダナンのように聡明でもない、とサナニエルは思う。

 ただ、領地と、付帯する村のやりくりだけは才能があった。


 成功したというのは、思い上がりではないだろう。

 彼らの生き生きとした笑顔がそれを物語ってくれている。

 「サナニエル様〜。精霊祭の準備終わったよ!」

 楽しみだね!と行き交う顔見知りの村人達が声をかけてくれる。


 今、ダナン領は、領地の魔物の討伐、他領地との交易などの功績で潤っている。

 今年初めて、村で死んだ赤子が1人もいなかった。それは今までの戦火の歴史を思えば、涙が出るような快挙だ。


 精霊祭は、かつてない盛り上がりを見せている。

 この祭りは年に一度行われる。

 火、水、風のいずれかの精霊を各領がそれぞれ選んでまつる。近年宗教儀式に厳しくなってきて、原始的な祭りは消えつつあるが、精霊祭だけは、王都の貴族の多いオリアルラが祀る祭りのため許されている。


「今年の面はオリーンの手製か。素晴らしい出来だ」

「はい、この表面の光を反射するようなオリアルラの桃色、対する裏面の不気味なエグ•リリラの闇色、さすが絵の上手いオリーンの手製でさぁ」

 サナニエルの感嘆の声に村の男が答える。


 村人たちは面の「表面」であるオリアルラの精霊を外に向けて、精霊を捧げる踊りを夜通し踊る。

 そして、朝の光が差し込む頃、今度は逆にエグ•リリラの「裏面を」表面に変えて、村外れのやぐらで全てをきれいさっぱり焼き払ってしまう。

 これだけの良い出来の面を焼いてしまうのは惜しいが、火を祀る祭りを受け持つダナン領の習わしだ。


 夕日が、木々や家々を赤く染める。

 みるみるうちに日は沈み、夕焼けは消えて闇の影が伸び始める。

 その代わりにあちこちで火を焚き始め、行き交う人々の頬も赤く染まった。

 

 あちこちに焚かれた火は、闇に抗う人間の祈りに違いない。


 サナニエルはそう考え、その光景を、満足そうな笑みで見つめていた。


※※

 サナニエルは、困っていた。

「お館様と一緒ですと、若い娘達の視線が痛いですなぁ」

 とおどけていた従者のペレとはぐれてしまったようだ。


 次から次へと踊ってくれと申し出る村の若い娘達に辟易している。


 普段村に来ない、凛々しい未婚の領主様の目に留まろうと必死な娘達が煩わしい。

 それから逃れるために、彼は紋のついた外套を脱ぎ、長剣を外し、面を被って気配を消して踊っていた。


 そのせいで、従者とはぐれてしまったのだ。

 さて、どうしたものかと逡巡していると、不意に遠くの森の奥に光が瞬いた様な気がした。


 森の中に入ってしまった者がいるのだろうか。

 困ったものだ。毎年いる。ハメを外して怪我するものが。

 怪我どころか死なれては、今年の死者ゼロの記録に傷がつくな……。


 一瞬迷ったが彼は森の中に入っていった。

 

※※


 村の篝火の炎、その光は森の遠くまで景色をオレンジに染め、煙が目にしみる。


 さて、このあたりだったか。

 長剣に手をかける。いざとなったら脅してでも村に戻さねば。

 しかし、彼の全ての思考は、その光景に、炎の影の中に炙られ消えたように途切れてしまう。


 その、光景に。


 炎の精霊がいた。

 精霊は暗闇の中に影の残滓が浮かんで消えるような踊りを踊っている。

 小さな短剣が時々宙に繰り出される。剣舞のようだが、剣の長さが足りないのだろう、腕の角度を時々調整しているように見える。

 剣を手に持ったままくるくると回る。

 速度がはじめは緩やかに、次第に独楽のように激しく、それは踊り続けた。


 彼はその光景に息をするのも忘れて見惚れていた。

 かぶっている面が、裏面を、村の者は絶対にしない、エグ・リリラの悪魔面を表にしている。

 その事実も気づかないほどに、彼はその踊りに見惚れていた。

 


 しばらくするとその存在は、踊るのをやめると、その場に座り込み、面を外した。

 赤い髪の毛に灰色の目、褐色の肌をした、彼女はため息をついて遠くを見つめていた。

 

 サナニエルは胸がいっぱいになってしまってぼんやり立ち尽くす。

 その顔を見てしまったために。

 

 美しく気高い。

 しかし、それだけではない。

 探していた大切な何かを見つけたような、不思議な気持ちだった。

 

 手に構えていた長剣を地面に突き刺した。そして放り出す。

 武器は不要な気がした。

 ふら、と足が勝手に動く。

 

 気づいたときには彼は近づいて声をかけていた。

「面が……」

 阿呆のようにそれしか言葉が出ず、黙り込んでしまう。

 女はまっすぐに彼の方を見て一言言った。

「面?」

「その面は逆だ……」

 女は不思議そうに「これ?」と取り外した面を見ている。

 そこまで聞いてやっとサナニエルにも少し思考が戻ってくる。

「精霊祭では、こちらの表面を使う。みなそうしてたろう?」

「そうかもしれない。でもこちらの方がきれいだわ。」

 サナニエルは気づいた。女が首に巻いていた布の模様に。

 女は首の布を取り面の頭側にさらりとかけた。

「みんながこちらを表にしてたのは知っている。……でも、どうしてもこちらの方が気になる」

 なぜかしら。とつぶやくが、彼女も理由に気づいている。

 彼女が首に巻いていた布と面の縁取りに使われている八角形の文様の色と面の裏面の色どりが全く一緒だ。


※※

 これは、誰の記憶か?

 

 それは、昨日見たジャイルーンの産着だ。

 ようやく気付く。

 昨日もらい受けた手製の布飾り。それが見せている記憶だ。

 

 悠はひたすら映像のように流れる夢の中で、今や自分の思考を取り戻していた。

 なぜだろう。

 彼女にはまだわかっていない。

 ずっとサナニエルの心の中に住んで、一緒に考え、一緒に、見た。

 しかし、サナニエルがジャイルーンに心を奪われた一瞬。


 悠は自分を取り戻していた。


 サナニエルを主人公とした映画を鑑賞する自分であるように。

 何かの要領を得た気がするが、まだ分からない。疲れた。

 そう思いながら彼女は「夢の中で」夢に沈んだ。

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