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何ももらえずに異世界に飛ばされたので何かやることないですか、なんてそんなぁ。  作者: 秋野PONO(ぽの)
第三章 暴かれた虚

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第42話 胸の痛み

悠は、疲れた表情で目を覚ました。寝室だった。

胸が重苦しく、目が疲れたように霞んでいる。眠っていたのに?


「気づいたか?」

ベッドサイドで小さなテーブルに突っ伏していたバリュバルが目を覚まして、気遣わしげに悠の顔を見る。

悠がよく観察していれば頬に枕にしていた腕の跡がついていて、どれだけ長い間ここにいたのかに気づいただろうが、悠はぼんやりとしていて彼の方を見ていない。


「私、どれくらい…?」

「丸一日近く。腹、空いてるか?何か持ってくる?」

力なく首を振る悠。空腹を感じなかった。

バリュバルが机に置いてあった水差しを手に取り、悠に差し出す。悠は受け取ろうと手を伸ばすのだが、バリュバルはまるでそれには気づかなかったように、手をスルーし、悠の肩を腕で囲い込むと、水差しを彼女の口元に差し出して飲むように促す。


悠はぼんやりと、水を飲みながら、疲労感が体を隅々まで覆っていることを実感する。

恐ろしいことに、悠は夢の全てを覚えていた。そして前回、船の夢をみたときのあの夢も思い出していた。


難破船から助け出された少女。間違いなく、テロメアだ。全領主、ダナンの妻。

はて、現実の世界では?

もうそちらのほうがおぼろげだ。


エギドの移住に付き添い、見つけた古びた屋敷、絵画に触れたところまでは覚えているのだが、そこからの記憶は、夢の中しかない。

あの絵画に描かれていたダナンとテロメア。自分の夢で見たものが、本当に夢だったのか。


それとも…夢でないとしたら?

幸せな結婚生活、そこから地獄の底に突き落とすような悲劇。赤子を抱いてあんな幸せそうな表情をしていた瞬間は、彼らには存在しない。夢の中の彼らは差別、虐殺、そして狂っていった1人の女性。次々に起こる悲しい出来事。


あの絵画は、苦しいほどの、「願望」だ。幸せな夢。

そうだ、あの絵画の中の赤子はどんな髪だったた。どんな肌だった…?


ダナンの最後の魔術は成功したのだろうか。

悠はベッドから足を出し、勢い良く立とうとする。

「あの絵をもう一度見る。あと、夢の続きを…。」

独り言のようにそう呟いて、足を踏み出した途端、視界がぐらつく。

「おいっ、ダメだって。寝てろ!」


随分長いこと寝たきりだったように足が震える。

「行かないと。」

「どうしたんだ。ダメだ。もうあそこには行くな。エギド達の移住は俺に任せておけ。」

「どうして?大丈夫だよ。今は…ちょっと疲れてるみたい…。はは…おばあちゃんになったみたいに足が動かない。でも、少し休めば大丈夫だよ?」


「…ダメだ。絶対にダメだ。お前はもう行くな。」

あんまりの様子に悠は不審げにバリュバルを見た。

その目を受けて不機嫌そうに鼻白むバリュバル。


「黒い霧が出たんだぞ。多分、エルフィールが探してたやつだな。」

悠は目を瞬かせる。

「あの赤い目の…?!」

「…ああ。赤い目は、エグ•リリラの宝石だった。すごいな、悠。お前の言った通り、俺の持つものとわずかに色が違う。水晶越しで判別するなんて、どういう目だ…。」

バリュバルは疲れたように笑うが、悠はソワソワと周りを見回した。

「そ、それで、その石は?」

「…さぁ。逃げてきたからな。」

その気の抜けたような覇気のない返答に、悠は驚き、思わず大きな声をだしてしまった。


「なぜ?!捕まえられなかったの…?!」

バリュバルの中にも、ほんの少し苦い感情が浮かぶ。黒い霧。あれは良くないものだ。

「…落ち着け。お前を担いで霧と対峙するのは無茶だ…。」

「私のせい…?ごめん…。そうなのね…。あぁ、ほんとにごめんなさい…。その辺に寝かして置いといてくれれば、大丈夫だったのに…。」

「ふざけるなよ!!そんな訳にいくかよ!!?もう石なんてどうでもいい!お前の方が万倍大事だ!」

部屋に壁を乱暴に叩きつける音と怒声が響く。


しん、と静まり返る。

悠は、呆然とした顔でバリュバルの顔を見返す。何か言おうとして口を開いたが、上手く言葉にならず、口を二、三度パクパクと開いては閉じた。

言葉は言葉にならず。


だって、私のせいで…。

涙が、瞳の端に、滲んでしまった。

その途端、バリュバルは弾かれたように顔を上げて、素早い動きでベッドに乗り上げ、軽い悠の体を後ろから抱えて抱き込んだ。小柄な体は、すっぽり彼の胸に抱き込まれてしまう。


「すまない…!悪かった。怒鳴って。違う。悠は悪くない…。泣かないでくれ。」

固まって動かない悠の顔を優しく掴んで後ろに向かせる。

滲んだ涙を指の端で拭ってやりながらバリュバルが吐き出すように呟く。


「泣かないでくれ。お前が泣いてると…俺の方が心が壊れそうだ…。お前はいつも泣いている。何がそんなに苦しい…?俺が助けてやる。全部、取り除いてやる。だから、安心しろ。…泣かないで…くれ。」

泣いている自分が夢の中のテロメアと重なってしまう。

涙がさらに悠の頬を伝う。悠は混乱する。どうしてこんなに泣き虫になってしまったのだろう…。


テロメアの悲鳴、赤子の泣き声、そしてダナンの絶望の表情…。

「この世界は、どうしてこんなに苦しいものばかり、私に見せるの!分からなくて混乱する。

そんなもの見せられても何もできない!私が助けられるわけじゃない!」

気づけば、そんなことを叫んでいた。


「夢か。夢のせいか?変な夢なんて見る余地がないくらい、俺が現実を埋めてやる。」


お前が好きだ。

その言葉が口から滑り出るのを、彼はすんでのところで飲み込んだ。


悠は今、苦しみの中に住んでいる。

今、言っても届かない。

ぎゅっと固く目を瞑った悠の顔を見ながら、バリュバルはそんなことを思い至っていた。 


悠は、自分が出した大きな声に自分で驚いて固まっていた。

ハッと気づけば男の胸の中で固く抱きしめられた感触に身動ぎする。


あたたかい。


急激に現実に引き戻される。

彼の匂いがする。上着の袖に頬が当たってふるっと顔を揺らすと、少し、埃っぽい匂いに混じって。

なんだろう、甘い香りが…。甘いアルコールのような。

大きく節くれだった指が、髪をなでてゆく。


気づいた瞬間、体がふわふわするような、酔ったような強烈な酩酊。心臓が早鐘のように鳴り始めた。

「あの…。」

それだけ絞り出すように言うと、ハッと気づいたバリュバルが髪から手を離す。

「…悪い。」


壁にかかった時計の針の音すら聞こえてしまうような静寂の中で、離れるべきか、そのままもう少し、時を止めるべきか。お互いの心臓の音を聞きながら、2人とも同じことを考えていた。

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