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何ももらえずに異世界に飛ばされたので何かやることないですか、なんてそんなぁ。  作者: 秋野PONO(ぽの)
第三章 暴かれた虚

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第40話 ダナンの回想ー3

悠が屋敷に運ばれてベッドに寝かされたそのころ。

彼女はいまだ夢から覚めることができずにいた。


※※

 ダナンが家督を継いでから2年、クツ王歴60年、ひときわ寒い冬だった。

 テロメアは2度の流産、3度めの妊娠中であった。


 今度こそはという思いで万難を排して日々を慎重に送るが不安は尽きない。3度目でようやく臨月までこれたのである。暖かい毛織の毛布。ベッドには使用人たちの心遣いの暖かいクッションや織物が積みあがっていた。奥方が少しでも暖かく、快適に過ごせるように。

「テロメア様~。ダナン様からの贈り物で倉庫がいっぱいなのです~。適当に見繕って封を開けました。こちら、綿の織物ですわ。見事な唐草模様!お子の毛布にしてしまいましょうかっ。」


 くるくるとよく表情の変わるかわいい侍女、アンナの快活な声が響く

 アンナは、いやアンナのみならず、この屋敷も誰も、聡明で心優しく、地位も立派に手に入れたテロメアにこの上なく好意的だった。

 テロメアも、そんな彼等彼女らの忠義に報いるべく、日々慎重に過ごしながらも気配りや配慮を忘れない。理想的な主従の関係だった。


 ただ、そこに夫、ダナンの姿はない。

 この年、長く、長く続いていた戦争もついに終わりへ向かい、魔の大陸のとの講和の準備が着々と進められていた。六家の王家に連なる血筋の傍系のダナンは領主として講和の準備に、王都に赴いていた。

 もう一月にもなる。先日届いた早馬と心尽くした贈り物の数々、そして添えられて手紙には「もうすぐ帰る。用心してすごすように。」と走り書いたような文字でつづられていた。良人は聖職者らしく、美しく鮮明な字を書くが、慌てたときや気がせいているとき、別人かと驚くような、ミミズののたくったような字を書くことがある。何があったのだろうと思いをはせる。


 手紙を取り出してクスクス笑いながらベッドに寝転ぶテロメアに、アンナは眉尻を下げた。

「ほらほら、いつまでも手紙を見てニヤニヤされるのもいいんですが!今日はご医者の診察の日ですわ。お着換えになってくださいな。ご養生もいいですが、少しは運動して体を動かさないと、健康な赤ちゃん産めませんわよ!」


 アンナは東方の山岳地帯出身の両親を持つ移民の子だった。ランプにたらされて上等な革製品のようなつややかな赤毛、少し日に焼けたような褐色の肌、そして優しい灰色の目。山岳地帯では、妊娠した女性は日々、活発に体を動かした方が元気な赤ちゃんが生まれるとのことで、アンナが毎日テロメアに散歩するように、優しく、しかし厳しく促してくる。

「わかったわかった。もう。にやにやなんかしてませーん。」

 そう言って、妊娠してからこちら、ますます細くなってしまい周囲を心配させてしまっている体を起こしてベッドに座った。


 こんこん、と扉がノックされる。

「失礼いたします。お食事です。」

 執事のオベライが、恭しく礼をして室内に入ってくる。

 足つきの盆には銀の食器とスプーン。

「また、このよくわかんない芋のスープですの?まったく…。奥様にもっといろいろな種類のものを食べさせてあげなきゃ。芋に似た顔の赤ちゃんが生まれてきちゃう。」

 アンナが悪態をつくが、言葉とは裏腹に、表情には勢いが無い。忠実な執事、オベライも、申し訳なさそうに頭を下げるばかりである。


 仕方ないことである。

 この年、折からの不作がついに牙をむき、領地は深刻な食糧不足に陥っていた。

 元来のこの地域の主な栽培品は豆である。それが折しもの寒冷で、徐々に収穫高が少なくなっていき、ついに近年、産地とは言えないほどの収穫量となってしまったのだ。取れ高、ほぼゼロである。

 もちろん、ダナンとて、手をこまねいて見ていたわけではない。冷害に強い品種の豆の種の購入、栽培、大体の小麦の作付け、しかし、それらが成果を上げる前に、冷害の被害は確実に領地に広がっていった。


 そして。

 うまくない。非常に、うまくない。

 そうダナンが王都に出かける前に、しきりにつぶやいていた言葉。

 端的に言うと、困った事態。


 領地のもともとの収穫高とは相反するように、一部、非常に取れ高の良い農作物があった。

 数年前、魔の民の難破した船にしまわれていた芋である。

 苗の状態で船倉にしまい込まれていたらしいそれは、優に100は超える量で頑丈な木の箱に綿を敷き詰めて入れられていたため、奇跡的に海水の被害を免れた。

 西の領地の一部を借りて彼等がそれを栽培し始めた当初、領民である村の人々は奇異なものでも見るように彼らを見つめていた。


 なにやら怪しい作物を植えているようだが、どうせ大したことにはならないだろう。

 村の人々にとって彼等漆黒の髪に赤い瞳をした住人は縁起の悪い存在であり、積極的にかかわろうとはしなかった。

 数年は、大した取れ高もなく、現地の村人と魔の民たちは争いもせず、かといって積極的にかかわるようなこともなく、互いに無関心を通したような状態だった。

 しかし、村の住人の思いとは裏腹に、魔の民の植えた芋は今年、非常に豊富な収穫を得たのである。

 そして反対に先細り、収穫の減っていく自分達の作物。

 領主であるダナンが豊富に取れた芋を村の民に配分したのが、またいけなかった。とはいえ、そうしなければ下手をすれば村に今年生まれた子供の命も危ういような、食物事情はそんな危険な状態だった。


 しかし、この行為が、村の住人に、「おかしい。なんであいつらの作る作物はこんなに成功しているのだ?」という疑問を鮮明に抱かせてしまった。

 このときから、時々に彼らの不満が現れるようになり、領主への不満も少しずつ渦巻いていった。

ーなんだかダナン様はあいつらの保護活動に力を入れているみたいだ。

ーどうして我々の作物は力なく枯れてしまうんだろう。

※※


ダナンの回想が、まるで色のない紙芝居の様に次々と頭の中を展開していく間、実は悠の脳は半覚醒のような状態で活動していた。

 言ってみれば、夢とわかる夢を見ている状態だ。

 悠の知識をもってすればそれは、寒冷地に適当した作物であったため、というだけの出来事だ。


 ただそれだけの。


 しかし、紙芝居の中の色のない村人たちが、何かとてつもない悪徳の存在の仕業だと不安に思い、騒ぎたてるのも、分からないではない。

 否、分かりすぎるほどわかってしまう。彼女の心はこの悲しい紙芝居の中の住人達すべてに、苦しいほど同調していた。

 誰も彼も、悪いようには思えない。

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