第39話 そのころ
一旦、現実世界に戻る。
絵画に触れたとたん、一点を見つめたまま動かなくなってしまった悠。
慌てたのはバリュバルである。
「お、おい悠?悠さーん?どうした?」
声をかけるが、反応はない。
そのうち体はぐんにゃりと弛緩し始め、糸が切れた操り人形のようにふんわりと地面に落下しはじめた。
慌てたバリュバルはその体をしっかり受け止めるが、悠の顔を覗き込んでももう意識はないようだった。
「どうしたんです?彼女…。」
不信に思ったレヴィルが問うが、それにこたえられるものはない。
「気を失ったんだ…。何か良くない魔術でもかかってるのかもしれないなその絵画…。」
「ええ~。僕は大丈夫でしたけど…。ひとまずどこかに寝かせたげた方がいいですね。」
「ああ…。すまないギギ。引っ越しは後日だ。」
遅れてきて慌てているギギへ声をかけバリュバルは今すぐにでも屋敷に帰ろう立ち上がる。
そのとき。
「お…おい。あれ…。」
ギギが不思議なものを指さしながら何やらつぶやいている。
どうした?とバリュバルが目をやった先には。
黒い煙が、まるで地面から発生した積乱雲のようにうずたかく積みあがっていた。
不気味な黒い煙は大人2,3人分程度の大きさで、地面から湧き上がり、先端に行くほど細くなっていく雲の切れ端をひらひらと空に漂わせながら、不気味に渦を巻いていた。
「あれ…。」
ギギがバリュバルの方を見ながら「あんたらが探してた黒いもや、ってやつじゃないの…?」
正確には、エルフィールが探していたものだが、間違いない、バリュバルは小さくうなずいてみせる。
こんなときに。
バリュバルは背中に抱えている悠を確認しようとして、手元に目をやって、驚愕した。
首に掛けていた自分の石が、反応していることに気づいたのだ。
淡い光を放ち四方に光の道を作っている。
「なんだおい。それ…!まぶしいよっ!」
ギギが目を逸らす。
慌てて周囲を見回す。まず急速に大きくなっている黒いモヤに目をやり、すぐにその対象を見つけた。黒い渦に隠されているが、うねうねと渦を巻くその隙間から、ちら、ちら、と赤い光が見える。
「げ。あのもやの中の、やっぱり…。」
そう、エルフィールの水晶の中に見えた赤いものはやはりエグ・リリラの宝石であったようだ。
しかし、悠が指摘したように、バリュバルの手の中にあるその至宝と、靄の中で怪しい光をはなつそれは確かに少し輝きが違う。彼の首に下げた至宝は鮮やかな赤、靄の中のものはくすんだオレンジの光である。
「ちょ…ちょっと…。あれ…どうするんだ…?」
ギギが言う。バリュバルは腕の中の悠と黒いモヤを交互に見えていたが、やがてぽつりと言った。
「…当然。逃げるんだよ。屋敷まで、走る。おい、あんた。レヴィルさん。どうするんだ?」
「あっ…。僕も行きます…!もともと迷ってただけなんで僕っ。屋敷に言ってサナニエル公に会わないと。」
「じゃ、決まりだな。」
そう言って3人は屋敷の方向に逃げ出した。




