第38話 ダナンの回想ー2
「一体どういうつもりだ。」
夏離宮に赴いたダナンは開口一番、言葉のしゃべれる少女、テロメアへ叱責の言葉をかけた。
結局あの後村の男は後ろめたい気持ちを消化しきれず、屋敷へすっかり事情を話していた。
テロメアはおびえた表情でダナンを見つめる。
ダナンはいらいらしながら厨房の木のテーブルに置いてあった小さなノミと血の付いた布を示す。
「子供が、こんなことはするな。」
「子供では、ありません。もう15です。私、一番、年上。」
テロメアがおびえながらも答える。しゃべれるとは言っても言葉はたどたどしい。部屋の向うでは彼女より小さな子供たちが恐ろしそうにこちらをちらちら覗き見ている。
ダナンはため息をついた。
「いいか。今度から必要なものがあったら言うがいい。私がお前たちを拾ったんだ。拾ったからには最後まで面倒みてやる。」
テロメアは悲しそうに首を振るばかりである。
「本当は、髪の毛、売れるといい。けどここの人達買ってくれない。」
よく手入れされた髪の毛はかつらや魔術の道具などに重宝される貴重な売り物だ。しかし、この地方では、ことさら魔の民への反発や恐れがひどいため、彼等の黒髪は、売れない。染髪して売るという手もあるが、なぜか彼らの純粋な黒髪は非常に染まりづらく、染髪剤でも染髪魔法でも、ほとんど染まらない。
「農具は私がアーノルドに言って持ってこさせてやる。」
だから、せっかく両親が大切に育ててくれた身体を傷つけるな、そういわれるやいなやテロメアは震えはじめてしまった。口をへの字に曲げ、歯を食いしばる。しかし、我慢もむなしく、ぽろりと一粒涙がこぼれてしまった。涙を隠すようにダナンに背を向ける。
「両親、もう会えないのわかります。この子達育ててあげないと。私が一番年上。食べ物、必要。」
「…そうだな。だが君も、まだ子供だよ。」
不器用な子供である。泣いて縋って見せれば同情して世話をしてくれる大人もいるだろう。涙をこらえ見せないようにふるまうなど見ようによっては愚かな行為だ。頭が悪いのだろうか。
違うな。ダナンは思い直す。
手入れのされた体や肌、言葉をしゃべれること、交渉の対価として価値のあるものを知っている知識、どちらかというと支配階級の家の子供だ。魔の大陸の地図を頭に思い浮かべる。好奇心がわいてきてしまった。
「君は、どういった国からきたんだ。住んでいたのはどのあたりだ?覚えているかい?」
つい、そう聞いてしまった。
テロメアは思い出してしまったのか、ついに泣き出してしまった。
まずかった、自分の好奇心を満たすために、幼い少女に故郷を思い出させてつらい気持ちを思い起こさせてしまった。
「大きくなったら、きっと帰れる。それまでしばらくはこの地で、強く生きる方法を考えなさい。」
そう、生き方を選べるようなご時世ではないが、あと数年、戦争が終われば、選択肢も出てこよう。そう言ってダナンは大きなため息をついたのだ。
※※
ダナンとテロメアが恋に落ちるまで時間はかからなかった。
ダナンはテロメアの芯の強さに惹かれ、テロメアもまたダナンの誠実な態度に強く惹かれていた。
ダナンはテロメアを正妻にするつもりは当初なかった。
というのも、ダナンには北の領地の、黒騎士公と呼ばれる公爵の従弟でである姫との婚約話が持ち上がっていたためである。
しかし、北公の姫君が戦争の余波で急逝、そして南の沿岸諸国の豪族が彼女を引き取ったことから彼等の物語は急展開を迎える。彼女、テロメアが地方豪商ダリルの娘としてダナンに嫁ぐことになるまで3年もかからなかったのである。
そしてここにもう一つ偶然が重なる。兄ダワールの第一子、サナニエル、彼が産まれた直後、戦争が最後の牙をむき、ダワールは戦死。ここで思いもよらなかったダナンへ家督が巡るのである。
そんなあまりにも気まぐれに転がっていく運命の毛糸を前にして、ダナンは思う。
神の見えない手で救い上げられたような。それは救いだったのか、それとも呪いだったのか。




