第33話 みんな外に出たい。
翌日、悠は割れるような頭の痛みで目が覚めた。
コップ一杯の水を何とか飲み、食堂の方へ痛む頭を押さえながら歩く。
昨日の夢はほとんど途切れ途切れに記憶の中に散らばっている。浜辺へ、何かに駆り立てられるような気持ちで走りだしたこと、そのときの焦燥の気持ち、それだけがはっきり覚えていることだった。
自分が机で眠ってしまったことすら覚えてなかった悠は、ベッドの脇に寝る前熱心に格闘していた宝石を置き、しっかりとベッドに入って眠っていられたのはなぜか?ということすら疑問に思わなかった。
昨夜の出来事などすっかり忘れていたからある。
ただ、ひどく疲れていた。出来事すべてを忘れてしまっても、残るのは強い気持ちだけだった。夢の中の少女の焦り、不安、ただちに「どこかに」行かなければならないという気持ち、ただどこへ行けば?目的地すらわからないのに焦りだけが湧き上がる、喉が渇いてたまらないのに水瓶を誰かに遠ざけられてあえいでいるような気持ちだ。
「ああ…。嫌だ。」
今日はとても書庫で過ごす気にはなれない。
宝石は書庫へ返してこなければ…。
そう思って机に置いた宝石を手に取る。
「?」
昨日と同じ輝き。しかし、怪しい靄は綺麗さっぱり消えていた。右目で見ても、左目で見ても、うねうねと気持ちの悪い靄は影も形もなく消えていた。
「…やったー!!」
思わずガッツポーズで飛び上がってしまったがすぐに「あ…いてて。」と頭を押さえてうずくまる。
嬉しさのあまり、悠はそのままの足でサナニエル公にお知らせしに行った。
「おお!ありがとうございます!悠殿。本当に解呪をやってのけられるとは!確かに輝きが違いますな!」
「書庫も、見違えるほど整理されて、かなりのスペースが開いたんですよ。あなた。せっかくですから買い付けを拡大してもう少しお財布を潤しましょう。」
ジャイルーンも嬉し気な様子で良人に笑いかける。ジャイルーンとしては、以前から、買い付けを拡大したいと考えていたものの、あの書庫の惨状を憂えて二の足を踏んでいたのである。
「おお。わかったよ。ジャイルーン。わかったからそんなにはしゃがないでくれ。お腹にさわる。」
サナニエル公が慌てた様子で妻を押しとどめる。ジャイルーンはもう10か月。あと1か月もしないうちに生まれてしまうと産婆たちも踏んでいて着々とお産の準備が整えられているのだ。
「あの…。それで、ですね。約束通り、エギド達へ移動をすることをお許しいただけるということで、これからしばらくエギドの移住を手伝おうかと考えております。」
悠の申し出にサナニエルは快く承諾した。
「ええ。もちろん。地図をお持ちですかな?…はい。しるしをつけさせていただきました。このあたりでしたら畑の邪魔にもならず、また風の影響も最小限に抑えられましょうぞ。あ。そうそう…。」
サナニエル公が妻に目配せすると、ジャイルーンはそうでしたわ、と戸棚をごぞごぞと探り始めた。
「これこれ。悠。エギドにダメージを与えてしまうというハベンを取り除いた魔よけ香を作らせてみたの。」
ジャイルーンは戸棚から小さな香を取り出す。上品に草が巻かれており、手のひらに載るサイズだ。
「わぁ。そんなことできるんですね…。」
「ええ。もともと魔よけの香は何種類もの香草が組み合わされたものだから、一つぐらい抜けたとしても効力はさほど落ちないんじゃないかしら。これを、森入口の村で販売してはどうかと思って。」
ジャイルーンの暖かい笑みに悠は言葉を詰まらせた。もともとは人間の身の安全のために作られたものだ。一つ材料を抜くのだって勇気がいることだったろう。それを可能にしてくれたのはジャイルーンの尽力のたまものだったに違いない。
「…ありがとうございます。感謝します。きっとエギド達も。」
香を借り受けポケットにしまうと早速今日エギドのところへ赴いて事情を説明することにした。ついでに移住だって早い方がいい。
※※
「今日はやめとけ。」
うきうきと食堂でサンドイッチを作ってもらい、必要な荷物を詰め、今まさに出かけようというところで、悠はバリュバルに呼び止められた。
エギドのところへ行くという話をするとあからさまに渋面を作られる。
「…覚えてないのか?昨日…。」
「昨日?何かあったっけ…?」
きょとんとする悠。何しろ嫌な夢を見たこと以外は何も覚えてないのだ。
「…何でもない。いや。顔色が少し悪い気がするぞ。別に今日じゃなくてもいいだろう。」
「え。ああ。確かにちょっと頭が痛かったような。でも大丈夫よ。嬉しさでもう治っちゃった。」
「いや。今日は…。今日は…天気が悪い。明日にしておけ。」
「…?快晴に見えるけど…。」
不可解なやり取りに悠は眉をしかめる。こんなやり取りをしているヒマはないのだ、とにかく早くエギド達に知らせて安心させてやりたい。子供だってまた生まれるかもしれないのだ。
結局、バリュバルはついてきた。メルセデスがいるから、道中の危険はないと言っているのに、悠は不可解な彼の行動に疑問符マークたっぷりだったが、途中で、あ、エギドに会いたいのか、となんとなく結論づけて帯同を許した。なんとジャイルーンまでついてきたがったが、こちらは真っ青になったサナニエル公に止められて、移動するなら途中必ず一度屋敷に寄るように約束させられて送り出された。
天気がいいからみんな外に出たいんだなぁ。
のんびりと悠はそんなことを思った。
この先、しっかりとプロット立てないと作れない雰囲気なので、2週間ぐらい更新止まるかもしれません!見に来てくださる方、ありがとうございます!かならず更新しますので是非待っててください!




