第31話 夜のしじまー2
サナニエル公の客用離れ建物の2階には応接広間がある。
1階は共用、2階は男性用、3階は女性用と一応の分けがある。客が希望する限りは変則的にしていることもあるが、エルフィールとバリュバルは2階のそれぞれ角の部屋に寝泊まりしており、悠は三階に部屋をもらっている。
2階の応接広間からは泊り客のにぎやかな語り合い、宴、時には喧嘩の声が聞こえるが、今日に限っては陽気な笑い声が聞こえてきている。
エルフィールとバリュバルはあの一件以来妙に仲良くなってしまい、遠乗り、鷹狩り、武術稽古と、作業の合間に遊び歩き、お付きのルイとリィンザエルにまで「真面目にやってくれ。」と小言を言われる毎日である。
そのうち飲もうと約束していたが、先日たまたまエルフィールが占いの仕事を片付けたお礼にサナニエル公からいただいた酒が手に入ったので、バリュバルを誘って応接広間で二人で大宴会を開いてるところだった。
二人の話は留まるところを知らない。貴族のお遊びの内容や狩りに使われる武器類の構造、書庫の本の内容、王都で干渉した戯曲の内容。エルフィールは位は低いが一応王都では貴族階級である。こういった世情のもろもろは嫌でも目に、頭に入ってくるが、ではその自分の話についてこれる、どころか時には言い負かされてしまうほど見識のある彼は一体何者か?
気にはなるが、友人として付き合う分には話の面白いただの旅人なので、どうでもいい。
一方バリュバルも、初対面の確執はあったものの基本的には真面目で熱くなりすぎることがあるがきちんと付き合えば気のいい、そしてちょっといい意味で頑固なエルフィールに友人として面白味を感じていた。
話は多岐にわたり討論になることもあるが、不思議とひどい喧嘩には発展しない。お互いが違いすぎて、あまりにもひどい方向に行きそうになると我に返って謝ってしまうからである。
話は先日行った鷹狩の話に及んでいる。王都の流行の戯曲の顛末の件ですっかりバリュバルをやり込めたことへの意趣返しにバリュバルが鷹狩の話を持ち掛ける。
「だぁから~。鷹の餌に混ぜる資料は酒粕がいいんだって。」
「肉食だからひよこやウズラでしょう?酒粕とは初めて聞いた。」
ちちち、とバリュバルは人差し指をエルフィールの鼻先に突きつける。
「年がら年じゅう肉ばっかり食ってる訳じゃねぇぞ。やつらも。肉7割、穀物3割の割合だ。そんでもって穀物に定期的に酒粕をまぜるとだな。」
「ほう。」
「鷹の体が艶を帯びてピカピカになる。目元も赤く潤んで尻もつやつや。」
エルフィールが眉をしかめる。
「…鷹の話ですよね?」
「おうそうそう。んで交尾の時にメスが何羽も寄ってきて空中で順番に尻に…」
そこまで言ってバリュバルは空の木皿でエルフィールに顔面をはたかれていた。
「そこまで。」
エルフィールの顔が赤い。
「悪かったよ。でもあんたそんなんだと大変だな。お貴族様は何人も妃候補が寄ってくるだろう。慣れといたほうがいいって。」
「ほっとけよ。…好きじゃないんです。あの値踏みされるようなねっとりした女性の視線…。こいつは使えるだろうか?どれぐらいの広さの屋敷を持ってるんだろう、自分に何をくれるんだろうか、目だけでそこまで語れるなんてあっぱれだけど、同時にうんざりだ。」
言うエルフィールの声色が想像以上に沈んでいたので、バリュバルは素直に悪かったかなと思った。2種類の酒をいい塩梅に混ぜて「ん。」と渡してやるとエルフィールはぐっと強いアルコール臭のする杯をあおった。
「…トラウマか?」
「そ。たぶんトラウマですね。」
「そぉさなぁ」と適当な返事をして酒に用意していた砂糖とほんの少しの塩を入れた。…つもりだったが、塩の量加減を間違えて匙からどばっと一杯いってしまう。
「あ。」
慌てて酒をなめてみるがしょっぱさに顔をしかめる。
その様子がちょっとおかしくてエルフィールがそのうち笑ってしまうとバリュバルもつられて笑う。酔っ払いなので笑いの沸点などどこにあるのかわからないぐらいだ。
笑いすぎて酸素がなくなったように咳が出そうになってしまい、ちょっと反省してしばらく押し黙る。
「悠は、もう寝てるかな。」
バリュバルがつぶやく。なんとなく、エルフィールも同じことを思った気がして。
「…たぶん。彼女はいいですよね。初めて、女性と友になれる気がしました。」
何か言いたい気がしてバリュバルも口を開きかけるが言葉もない気がして、「だな。」とだけ言って、黙った。
「バリュバル殿。あなたは嫌いなものとかないんですか?」
「ん?んー。好きなものならたくさんあるが。嫌いなもの。か。」
「嫌いなものとか怖いものとか。」
「怖いものは、ない…な。強いて言えば嫌いなものはある。」
いいことを聞ける気がしてエルフィールがほう、と目を輝かせる。
「魔法、だな。」
「…魔法…ですか。」
ああ、とエルフィールが思い当たる。中央大陸では魔の民の使う魔法は忌み嫌われるため、旅をする上では煩わされるだろう。
「使えないんですよね?」
「ああ。話すと長くなる諸事情あってな。ほとんど使えない。才能もない。ただ半端に使えるものはあるのでひどく誤解を受けて苦労した。この髪だしなぁ。」
中央大陸では忌み嫌われる漆黒の髪は邪悪の象徴だ。
「そういえば、書庫に人体の交換についての魔術書がありました。」
「あったな。中央大陸、特に西部ではそういった魔法が盛んだな。ただ、開いたら材料に「人間の肝臓、角膜1揃い」とか書いてあってげんなりするぞ…ああいうたぐいのやつは。」
「そう。…というか、この屋敷は本当にそういうたぐいの本が多い。王都だと禁書扱いだと思うんだけど、平気でその辺に放り投げてあるから…。」




