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何ももらえずに異世界に飛ばされたので何かやることないですか、なんてそんなぁ。  作者: 秋野PONO(ぽの)
第二章 魔物の森の白亜のお屋敷

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第28話 バイバイ、ニンフ

しばらく歩き、ヴィキに出会った湖畔にたどりつくと、一人の女性が佇んでいた。


 水色の透けるドレス、金色の髪、黄金色の髪、何から何までヴィキにそっくりであったのでニンフであることはすぐに分かった。


「ごきげんよう。人間たち。」

「あなたは、ヴィキのお姉さん?お母さん?」


 ニンフの女性は感情の無い透明なまなざしでヴィキを見つめているが、どこかその瞳の奥にやさしさがあるような気がして、悠はなんとなしに身内だろうと思った。


「母、になるな。ヴィキ…?ああ人間には発音が難しかろう。ヴィキシュアリヌ、と人間風ならいうかの。」


「あなたは滑らかにしゃべるのね…。」


「これでも湖の魔物を束ねておる。この度は手間をかけたの。あの忌まわしき蛇どもを殺してくれたこと、また娘の身を守ってくれたこと。」


 女性がやわらかな声でしゃべると、さらさらと水の流れる音が聞こえる気がする。水がひそやかにおしゃべりしているような声だと悠は思った。


 担いでいたヴィキの軽い身体を女性に渡すと女性はさらさらと彼女の身体をなでる。ヴィキの鱗が消え、人間のような白い体に戻る。


「ほんに、愚かしい娘。卵の中にいた期間が長すぎて、精霊界の言葉も人間の言葉もうまく習得できなかった。教育し直さねばなるまい。」


「…しかし、一途な、綺麗な瞳でした。わが身を振り返って恥ずかしくなるほどに…。」


「ほほ。年若い青年よ。一途と愚かさは同じ意味じゃ。じゃがその一途さがこの世界の生命を連綿とつないでいてくれることは自覚せねばなるまいな。」

「ええまったく。」

 女性はヴィキを水につけそのまま湖の向こうに行こうとしたが、その裾をひっぱって悠が止めた。



「ちょ…っと待ってください。もう少しだけ私達、探し物をしに来てて…。ちょっとエルフィールさん、水晶!」


「おっと。危うく、すべて忘れて見送るところでした。」

 エルフィールが慌てた様子でカバンから水晶を取り出す。

「私達、この水晶に映った黒い靄と赤い光を探してまして。見覚えありませんか?」


「おお、そうか探しものか。娘を救ってくれた恩人の頼みごとじゃ。かしてみなさい。」

 女はエルフィールから水晶を受け取るとヴィキにそっくりな黄金色の目を細めて移った映像を見つめた。


 女の目が黄金色から橙色へ、そして黒っぽい影を帯びてきたと思ったら次にはまたもとの黄金色に戻る。女はしばらくその水晶を万華鏡のようにくるくる変わる色彩の目で見つめ続けていた。


「どうでしょう。見覚えありますか?」

 女は答えない。その代わり、問うたエルフィールをそっと手招きすると腕を取り手を自分へ近づけ、においを嗅ぐようなしぐさをする。


「そなた「天の民」の匂いがするの。懐かしき香りだ。我ら太古の昔には天の民の眷属であった。だいぶ血も薄まっておるゆえ、もう効力はないが、そなたが呼べばあつまる魔物もおろうな。」


「ええ、でももうその力を使う気はないのです。」


 エルフィールがほほ笑んだ。女はそうかと言ったきり、エルフィールには何も言わなかった。


「…よく見たらなんと珍妙な取り合わせの者たちだ。そこの黒いの。彼と違って「魔の民」の香がプンプンするわい。…いやいい。近づくでない。強すぎて頭がくらくらする。森の東にエギドという種族が暮らして居るが、彼奴らと相性が良かろう。もとは我らと同じ天の民の眷属だが、長い時の中で道を違えた。」


「エギドなら道中あってきましたね…。」


「なに?息災にしておったか。…何?誘われたか?はっはっは。だろうな。」


 それにしても…と女は戸惑う悠に目を向け、嘆息した。


「一番妙なのはそなたじゃ。3種族のどれにも似てない匂いがする。魔力が一つもないのに、魔力膜のようなものがその身体を覆っている。魔の力はすべて弾いてしまいそうだな。それに、その目が強すぎて、私ですら抑止が難しい。じっと見つめられるとひざまずいてしまいそうな目じゃ。」


「え。。この左目?そんなに強いの…?意図せず赤くなったり熱くなったりして困ってます…。」


「気づいておるか?こちらの目が魔眼で、もう一つの方は聖眼じゃぞ。制御がムズイ、の一言に尽きるの。魔眼を使えば魔を取りこみ共鳴し、聖眼を使えば逆に魔を取り除けそうだな。」


 ええ…。


 そんな複雑なことを言われても、魔力をはじく、のに取り込んだり取り除いたりできるの…。


 悠が複雑な話にすっかりこんがらがっていると、女はふふふと笑った。


「まぁそんなに複雑に考える必要もない。もって生まれたものはいずれふさわしい形にどこかに収まる。そういう風にできている。焦らず感覚に従った方がうまいことが多い。」


※※


「しゃべりすぎたようだな。この水晶の話であったな。私はよくよく覚えているぞ。この「もや」は。我々の食した人間の瘴気から漏れ出たものであろう。」


「もう幾時も前になろうか。20年ほどは経ったかもしれんな。我々は湖のそばで静かに暮らしていた。時々は南の領地の主人も来ておったぞ。ダナンと言ったかな。湖に生きる生き物のことや人間の街のことなどを語りあったことがある。ダナンはいつも何かに駆り立てられていていろんなことを知りたがった。私達は一時友人であったように思う。


…あるとき、人間の死骸がたくさん湖に投げ捨てられた。20体以上はあったかの。ダナンの気配がくっついていたので、最初は我らへの供物かと思っていたが今となってはどうだったかよくわからん。ありがたく全ていただいたが、あのとき以来、ダナンは姿を見せておらんな。おそらくもう死んだのだろう、何となくわかる。」


「そのときからしばらく、我らの食い尽くした残骸から、時折そんなもやが出ることがあった。気味が悪いなどと思うものは魔物にはいない。死骸からはよくそのような瘴気のもやがでる。たいがい、これよりずっとずっと薄くて目には見えない程度であろうとも。」


たぶん、と女は懐かしそうに眼を細めて言う。


「そのものの思いの強さや執着によってもやの形や大きさは違うのかな。我らのいただいた残骸からは、それはもうとてつもない大きさのもやがちょくちょく出た。」


3人は顔を見合わせた。湖に20体以上もの死体が投げ捨てられた?南の領主の手によって?


※※


 ニンフと別れたあと、悠たちはすっかり日が落ちてしまった森の中を速足で屋敷に向かっていた。


「それにしても、分からないのはこの中央の、赤く光る二つの物体ですよね…。」

エルフィールが言うが、悠の頭にはあまり入ってこない。

「う…。うーん。それもなんだけど、正直20体もの死体、っていうのがインパクト強すぎて…。エルフィールさん、一応確認なんですが、この地方では湖に遺体を埋葬する習慣とかある?」


 一応聞いておかないとと思うものの、そんなわけないよねと思う自分もいる。


「そんな風習は聞いたこともないです…。」


「なるほど…。ですよね。」


 


「深刻な顔をしてるところ申し訳ないのだが、とりあえず差し当たって一番確認しておきたいのは…この話を持ち帰ってサナニエル公に出すかどうかだな。」


「確かに…。」


 なんとなく悠もバリュバルもエルフィールの方を見てしまったが、エルフィールは難し気な顔をして押し黙ってしまっている。


「正直、聞いてみてすっきりしたいという気持ちはあります。なーんだ、っていう理由かもしれないじゃないですか。ただ、藪をつついて蛇を出したくない気持ちもあります…。こんな穏やかじゃない話が飛び出してくるとは思ってもみなかったので…。ヴィキの母上の思い違いだったらいいな~と思うんですが、すごく記憶しっかりしてそうですよねあの方…。」

ああ~、とエルフィールは頭を抱えてしまった。

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