第27話 真実の愛
「ヴィキ!」
悠が叫ぶと、その脇を風のようにすり抜けたバリュバルがヴィキの身体を突き飛ばし長剣を振り上げ、蛇の牙を2本とも薙ぎ切る。
しかし、蛇は何事もなかったかのようにこちらを見ている。なんと、折れた牙が、みるみるうちに生えてきて元の鋭さの牙が口からはみ出している。
蛇はちらちらと舌を揺すりながら近づいてくる。
「おい!ラルス!逆の頭をつぶせ!双頭は、同時の必要があるんだ!」
ラルスはしかし動かない。気の抜けたような顔をしてヴィキと蛇を交互に見比べている。
「おい!呆けるな!」
怒鳴りつけられてようやくハッと身を起こし剣を構えるが、ブルブル震える手で剣を取り落としてしまう。
「バリュバル殿、ラルス。動かないでくださいね!」
声に悠が振り向くとエルフィールが大型の弓を蛇の後ろ頭に向けて構え、一瞬のうちに矢を放った。
矢は狙い違わず蛇の眉間の間を射抜く。
「いいぞ!」
その一瞬に、バリュバルは太い蛇の胴をたたき切っていた。
※※
結局、周辺に巣を見つけ、5体ほどの蛇を仕留めると、そのすべてと大きな蛇の死骸を詰められるだけ麻袋に詰め、狩りは終了した。
「双頭ってのは、多分に魔法的な存在だ。タイミング合わせて両方つぶさないと復活するしな。こんなもんまでいるとは「魔の森」の名前は伊達じゃないな。…それにしても、見事な弓だ。魔法弓か。初めて見た。」
バリュバルが物珍しそうにエルフィールの肩に担がれた弓に触れる。
「はい…。ここまで大きくなると、組み立てに時間をくってなかなか使い道が難しいですよね。」
弓を分解しながらエルフィールが答える。
全部で9体の蛇を仕留めたが、1体は大きすぎて麻袋に入らないため、両方の頭以外は簡単に穴を掘って埋める。死骸で魔物を引き寄せないための簡単な策である。
「なんか、言い出しっぺなのに何も活躍できなくてごめんなさい。」
せめて、と思いヴィキの傷に包帯を巻いてやる。ヴィキは気絶してしまい、鱗の光る身体を地面に横たえている。
「帰りましょうか…。」
「…ですね。その前にヴィキを湖に返してやらないと…。起きませんね。」
目を凝らして湖を見ても、ヴィキの仲間のニンフ達の姿も見えなければ、呼んでみても返事もない。
「先ほど、ヴィキがいたあたりに戻ってみますか。どうせ帰り道ですしね。」
日はもうだいぶ傾いており、一向は帰路につくことにした。
ヴィキを担いでいるラルスは先ほどから一言も言葉を発しない。
「なんだお前。その恰好、傭兵だろ?あんな程度でビビったのか。」
バリュバルのからかうような様子にもラルスは浮かない顔をして反応を示さない。
「旅の方ですよね?彼女を仲間に返したら一旦サナニエル公の屋敷に一緒に行きますか?」
エルフィールの問いに、やっと顔を上げて口を開く。
「…すまん。俺、北から行商の護衛できたんだ。旅の途中だったんで、やっぱりもう行くわ。」
「行くって…。ヴィキが起きるかもしれないし、少しだけでも話したら?ずっと待ってましたよ。この子。」
「…いや。ヴィキには、俺は、遠くに行った、って、よく言っておいてくれよ。これ以上一緒にいたら良くない気がするんだよ。」
「…どういうことです?もう会いに来ないのですか?」
歯切れ悪く「うん。やっぱ仕事もあるしな…。」などとつぶやくラルス。
「…はぁん。お前、怖気づいたな。彼女の本性の姿を見て。」
バリュバルのからかうような調子に、ラルスはきまわり悪そうに目線を逸らした。その目が、口以上に雄弁に、肯定の意思を表している。
「そんな。たったこれしきのことで?そもそも水棲の魔物は、水上と陸上で形態が変わるものがほとんどですよ?あれだけ身勝手に愛をささやいておいて、逃げるんですか?」
「…俺は知らなかった。魔物の生態なんて…。」
声に悔しさをにじませてラルスが答える。
「思ってたんだけどさ。彼女も群れの中でつがいを見つけて幸せに暮らすのが一番さ。人間は邪魔だよ。」
「…で、でも。あなたヴィキのことを好きになったんでしょ。」
「かわいいとは思ったけどさ。やっぱりこの姿見ちゃうと、俺らとは違うと思い知らされたよ。まん丸い黄色の目も、かわいい気がしてたけど、「あれ?魚の目?」っていったん思っちゃうと、もう…。」
ラルスは、身勝手ではあるが、本心を吐露する誘惑には勝てなかった。
「やっぱり、町に行けばちゃんとした人間の女の子がいるわけだし人間は人間同士が一番いいよ…。」
「…もういい。よく分かりました。これ以上聞きたくないからさっさと消えなさい。彼女は私達が責任もって仲間のもとに返しておきます。ただし、」
エルフィールが怒りを殺した声で言い放つ。
「金輪際この湖には近づくな。」
ラルスは悲痛な顔をしていた。自分が非道なことをしてしまった自覚はある。それでも、もうこの場を離れたい欲求には勝てなかった。「じゃあな。」と片手をあげると反対側の道へ歩き出した。「またどこかで。」と続ける勇気はさすがになかった。これは、悪夢を見たようなものだ。数日間の悪夢。そう思ってラルスは忘れることにした。
※※
「まぁそんなに怒るなよ。よくあることさ。殺すとか言い始めなかっただけ全然ましだぜ。自分から逃げてくれたんだ。双方幸せさ。」
腹を立ててないのはバリュバルだけだった。
エルフィールは激怒した様子で黒いオーラを放っている。
悠もまた、もやもやした気持ちを隠せずにいる。
「気がついたら、ヴィキに何て言おうか。」
「遠くに言ったと正直に言いますか。」
「そうだね。…いや、うーん。だめだ。彼女は待ち続けてしまうかもしれない。…あいつは死んだことにしよ。蛇との戦いで。」
悲しむかもしれないし、心の傷が残るかもしれないが、帰らない男を待ち続けて一生を棒に振るよりマシだ。
「…そうですね。それがいいでしょう。」
どうにも、気分が晴れない。エルフィールは、考えこむ。そうだ。思いだした。
彼女は、あの男の為になら群れを離れてもいいと言ったのだ。あの手の魔物が群れから離れれば生き残るのは困難になるだろう。それでもあの男への気持が勝ったのか。
「…これじゃあ、どっちが魔物か分からないじゃないですか。」
重苦しい空気だけが後に残った。




