第24話 いいアイディア
ラルスは弱りきっていた。
あの可愛らしいニンフの少女を北の館様に差し出すのはどうしても気が引ける。別のニンフを捕まえて差し出すか。
でも、あの子悲しむよな。仲間が連れて行かれたら。
怒るかな、怒るかよなぁ。
そしたらも任務なんて忘れてこのまま南にバックレるか。
ラルスは流れの傭兵だった。とある事情で北の領地の領主に借りを作ってしまったのが運の尽きだった。おかげでおかしな仕事はやらされるわ、家宝の剣を質として取られてしまっため、とんずらすることもできず、途方にくれていた。
「あーあ。でも、もう一度会いたいなぁ。」
ニコニコと無邪気な顔で「明日も来る?」と聞かれた。かと思えば、大人の女の顔で、腕にすがりつきまぶしい黄金の目で見つめてくる。その腕の柔らかさ、衣装から覗く胸の膨らみ。
そうは思うものの、では任務はどうするのか、堂々巡り、答えは出ない。
あんまり、ため息ばかりで、美しい森の景色も上の空のラルスには目を滑ってゆくばかり、ラルスはうっかりぬかるみに足を取られてしまった。バランスを崩して慌てて近くの枝に手を掛けるが、運悪く枝は中身が腐っており、ラルスの体重を支えきれない。ぐにゃり、と曲がってしまい、慌てて体勢を立て直そうとするが、もう遅かった。
崖の下にゴロゴロと転がり落ちてしまう。
※※
「う。」
ゴロゴロと転がり落ち、とどめ太い木の根に頭をぶつけ、散々な進軍は終わりを告げ、草地に身体を横たえ、一瞬気を失っていたらしい。
首を押さえ身体を起こす。
足、無事、手、問題ない。よかった。どこも傷ついてはいないみたいだ。
まだふらつく頭を何とか清明にしようと手のひらを、頭に被せて左右に振る。
だんだんと目がまともに景色を映し出すようになり、ラルスは辺りを見回した。
周り中崖なので、どうやらくぼみ地に落ちてしまったようだ。
くぼみ地の最下には小さな小川が流れており、さらさらと水の流れるかすかな音が耳に心地よい。
「あれ?」
小川の向こうに何か、光るものが。
ラルスはあちこち痛む身体をさすりながら近づいていく。
「お、おいあんた!大丈夫か?!」
それは人間だった。白く長い髪、上等な貫頭衣を着ているが、見るも無惨にあちこち破けている。
揺すってみるが全く起きる気配がない。
死んでいる?
慌てて脈を取ると、かすかに肌は暖かく脈も弱く打っていた。
しかし、起きる気配はない。
むき出しの方山肌の土色の線が彼の(彼女の?)体まで続いており、どうやら上から転げてきたようだ。近くに大小様々の石が散乱しており、どうやら頭上の土地で落石があったことをうかがわせる。運悪く落石に巻き込まて落ちてきたのだろう。
ラルスは、しばらくぼうっとその場にしゃがみ込んでいた。
男は一向に目を覚ます気配がない。
しかたなく、男を担いで崖上へ登ろうとする。さすがに、ここにこのままおいて去るのも気が引ける。
ラルスは男を担ごうと腕と胴体の間に軽く手を入れる。
持ち上げて、驚愕して、腕を取り落としてしまった。
―驚くほど、軽い!
「こ、これは?」
わけがわからない。ラルスはもう一度、男を全身確認する。
腕、ある。…ごめん、と呟いてから、服の裾をめくって足を確認する。足、ある。二本とも。
尋常じゃない軽さである。
そしてもう一度見ると、輝くプラチナブロンド、長いまつ毛、秀でた額、紅を塗ったように赤い唇。
これ、精霊か、魔物じゃね?
呆然と男を見つめていたラルスだが、やがてその顔が笑みへ変わる。
良いことを思いついてしまったのだ。この男をニンフですといって北の館に連れていき、剣を取り戻して自由の身になればよいのだ。
その後は彼女のところへ戻ってしばらく一緒に暮らしたっていい。
ラルスは自分にしてはなかなか合理的な考えであると考えた。彼の失態は、その前に、彼女にもう一度会っていこう、ムフフ、と考えてしまい、そのまま男を担いで湖の方へ足を伸ばしてしまったことである。




