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何ももらえずに異世界に飛ばされたので何かやることないですか、なんてそんなぁ。  作者: 秋野PONO(ぽの)
第二章 魔物の森の白亜のお屋敷

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第23話 ラルスとニンフ―1

なるべく、草を踏む音すら出ないように慎重に近づく。近づくにつれ、かすかにささやくような声が聞こえる。ぎりぎり、何かキラキラしたものが湖畔に見えるか、というほどの距離まで近づいて、バリュバルは2人を振り返る。


「2人とも。この先は、気配消しの魔法をかけるぞ。魔物は獣以上に気配に敏感だ。気づかれる恐れがある。いいか、気配消しをかけても、ふいに出る大きな音は届いてしまう。今まで通り、なるべく音は出さないでくれ。」


うなずく2人。

ぽうっと光った手のひらがエルフィールの額に触れて全身を淡く包むとそのまま消える。続いては悠だ。

バリュバルの手のひらが悠の額に触れる。


ここで、先ほどとは違うことが起こった。

光が、悠に触れた瞬間、バチッと音を立てて空気が震えた。悠は後方にバリュバルは前方に軽く弾き飛ばされて転げる。


「ぃった、なんだ。」

「だれ?そこにいるのは?」

茂みの向こうから声が聞こえた。

そこにいたのは、透けるような肌をした1人の女だった。


「見つかった…。」

「人間?ラルスのお友達?」


女は不思議そうに3人を見つめる。


これはまずい。こっそり遠目に眺めてもし男性が襲われてそうだったら助けようと思っていただけのに…。


「ごめんなさい。覗くつもりなんてなかったんです…。その…ラルスさん?とあなた…。」

 女は訝しげに悠をみる。目が、あたり一帯に生えている枯れた葦のような薄い黄金色だ。

 女は水辺からすぅっと身体を動かすと、悠たちに近づいてきた。


 その動きはまるで体重などないような軽さで、水色のドレスの裾が湖から伸びてくるのだが、女が湖からどれだけ遠ざかっても裾は終わりが見えない、するする、するすると、終わりの見えない長さである。


 女は悠の2,3歩前でピタッと止まり、首を傾げ、上目遣いでの顔を見る。右に左に、首をくねくねと振り、悠をねめつけるように上目遣いに見上げる。


 …次の瞬間、息を飲むと、女は耳をつんざくような悲鳴をあげた。


「きぃやぁぁぁぁ!!あなた、その目、みた?私の願望、私の望み、私の願い…。その目、なんでもミエル!じゃあくのメ…!!」


※※

今より2日ほど前


ラルスは湖のほとりを歩いていた。湖の一部は湿地のようにじめじめとしていて、苔に足を取られて転びそうになる。

早めに調査任務を達成しなければ。あの方に合わせる顔がない。


ラルスは焦っていた。


もう2日水辺を歩きまわっているのだが、一向に成果がない。このままでは魔物の「ま」の字もない平和な旅で終わってしまう。


 しかたない、今日は少し南の方へ足を延ばしてみよう。南に行けば行くほど、北領では認知できていない魔物が現れる確率が高くなり危険だ。しかし、このまま成果無しで帰るよりは、と勇気を出して足を湖の南側に向ける。


だが、とにかく早く。できれば1週間以内には任務を達成せねば、お怒りになったあの方によって自分ごときあっという間に遠方に更迭されてしまうかもしれない。


 ※※

歩き続けるラルスは湖の南方の、中間地点まで来ていた。


ふと、聞きなれない音を聞いて眉をひそめる。


最初は風の音だと思った。湖の上をなでる風は時折、人間の悲鳴のような、はたまた逆に歓喜の歌のような奇妙な音を奏でることがある。水草をなでるざわざわとした音、小さな虫のリンリンと鳴く声、仲間を呼ぶガエルの、ひゅう、という鳴き声、湖の周りはいつでもさまざまな音の大演奏会だ。


とはいえ、その声は聞き逃せなかった。

慎重に歩き続けると、やがてそれは歌であることが分かった。


 雨の恵み まったき露よ 

 風に散る紅葉の葉よ びいどろ虫のこがねの尾よ

 生まれゆく 小さな旅人たちよ あない声きけ そは我らのしらべ


ところどころ古語か、ラルスの知らない言語体の言葉が混じっているが、自然を賛歌するような美しい歌であることはわかった。

ふらふら、とラルフは声のする方へ引き寄せられていく。


水辺に女がいた。

女は湖を背を向けているようでしゃがみこんで歌を歌いながら熱心に何かを行っている。黄金色の長い髪と瞳。水色のドレス。


回り込んでよく見ると、女は赤、青、緑色とりどりの小さな石を上手に縦に積んで指で押さえ、グラグラ揺れる石たちを機嫌よさそうに眺めている。


鼻歌は小さくなり、大きくなり、時折石が崩れてころころと転がる様子を楽しそうに見ながらクスクス笑う。最初から、順番を変えて石を積む。そうっとまた指を乗せる。その楽しそうな横顔。よく見るとまだ16,7ぐらいの少女のように見える。水色のドレスの裾が水に浸かっているが、裾が生き物のようにふわ、ふわと風になびいていた。


も、もしかしてこれがニンフ・・・?冗談じゃない…。どこからどう見ても人間と変わらないじゃないか。


疑いや、警戒を差し挟む余裕もなく、気づけばラルスはその少女の楽し気な横顔に恋していた。


「なにをしてるの?」


 できる限り優しく響くような声で、ラルスは声をかけるが、女は最初の「なに」のあたりで「ギャ」と声を上げ、10歩以上分も飛びずさり湖に身体を沈めた。


 水から、目だけを出し、「ヴヴヴヴ…。」と唸る。目は猫の目のように縦に大きく開かれて瞳孔は満月のように丸かった。


「これ、石積遊びでしょ。すごいなぁ。こんな綺麗なセット初めてみた。小さいころよく遊んだ。」

 無遠慮に近づいて女が積んでいた石を手のひらにとり、光に透かして眺めた。女は「ヴヴヴ…。う~。」と唸っているが、ラルスにはもう襲われるかも、などという気持ちがわいてこなかった。先ほどの一枚の絵画のように美しい女の笑みにすっかり惹かれてしまっていた。

「これさ、こうやって、1列に積むのもいいんだけど、石の配置を加減すると…こうやって、門みたいに積み上げることも…。ほら、よっと、サンペル城の門の完成っ。」


ね?と水の中の女性に話しかけると、女は真ん丸の目を徐々に補足していき、じりじりと水辺まで近づいてきた。ラルスの作った石積を首を傾げながら見つめると、一言「…わからない」とつぶやいた。

「そっか。わかんなかったかぁ。じゃあこれさ。角が丸いのととがってるのがあるでしょ。これがさ、なるべく角がとがってて四角いのを一番に下にしてっと。ほらこうするとすごく高く詰めるんだ!土台が大事なんだよ!」


女の目が今度は丸くなる。本当に猫の目のようだ。

「高い…。ヴィキx〇#、むり。おまえすごい。」

「ヴィキ…?何だろう聞き取れない。ヴィキ?それが君の名前?俺はラルス。よろしくね。」

「ヴィキx〇#。人間は、発音、ムリ。」

女は自ら上がると積みあがった石をじいっと見つめて、指でつん、と突く。崩れてしまわないことに驚いているようだ。


「ラルス?…すごい。これどうやってつくる?」


 その目から警戒は消え、好奇心できらきらした目で女ーーヴィキはラルスの服の袖をかわいらしくつまんだ。

 それから二人は石を積んでは崩し、キャッキャと笑いながら、時折、思い出したかのようにお互いの顔をじっと見ながら、日が暮れるまで川辺で過ごした。


※※


「なるほど…。ラルスさん、その人間の男の人を待ってるんですね。」

「ラルス。次の日、来た。でも今日、来ない。もう来ないか?」

「う…うーん。でもさっき、いませんでした?いや…その…のぞき見するつもりなかったんです…ほんと。ごめんなさい…。」


「私、名前、ヴィキx〇#、さっきのは私の魔法で作った私の願い、本物じゃナイ。」

「えっと。ビ…?ヴィ…キさん。発音が難しい。」


「人間にはむり。水の精霊の言葉、難しい。」

「そう。人間の言葉、も。ヴィキ達には難しい。ドーリアージュ達から歌として学ぶ。でも結構むずかしい。きもち、わかる。」


「ドーリアージュ?」


「ドーリアージュは北の湖に住む私たちの伴侶。男。でももうほとんどいない。最後の一体見たのずっとむかし。」


「ドーリアージュは…たしか…水棲の、上半身が人間で下半身が馬の魔物だったような…。うろ覚えですが。絵本で見たことがあったような…。絶滅したのかもしれませんね。」

エルフィールが記憶を探るように目を伏せてつぶやく。


「ドーリアージュもういない、私達ももうすぐいなくなる…。最後の卵、この間針の蛇に食われた…。最後だったのに…。だから、ラルスとならきっと子供出来る。ラルス優しい。何でもわかってくれる。でも」


 みるみる内に女の目に涙が溜まり、ぽろりと零れ落ちた。


「ラルス今日来ない。もう来ない?優しいラルス。ヴィキx〇#人間じゃないから、もう来ない…。」


 女は黄色い目から涙をポロポロこぼし、肩を震わせ泣いた。

 3人は慰める言葉もなく立ち尽くしていたが、悠は、しばらくして首を傾げた。


「針の蛇…って何ですか?」

2人共分からないようだ。

「クインサーペントなら森にいたかもしれないが…針…?」


「違う!針の蛇!針でワタシタチの卵突き刺して食べる。ジュル、ジュルって…。狙われテル!」


「ええ…。…うえ、なんか想像すると気持ち悪い…」

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