第21話 探し物は見つからず、されど増える
「それはそうなんだけど。見つからないんだよねぇ。紹介状。もしかして馬車の人が持って行っちゃっててここにはないんじゃないかなと思い始めたり。それより、あのエルフィールさんの水晶映像、すごく気になることがあって。あのもやの中の赤い光、あれ、この間の呪われた石と同じですよね。あの黒いようなオレンジのような…。」
「そうか?ちょっと今は持ってきてないが、後で見比べてみるか…。」
「なんかバルさんのペンダントとは全然違うなって思ってたんだけど、あの書庫で見た石を見た時は似てるなと思った。光の中とそうでないときに色が変わってしまって、難しいんだけど、いつか見比べさせてもらうと思ってたんです。」
「なるほど。リィンの捜索についてきてくれた意味がわかりました。あの色が、呪われていたものだとしたら、悠殿が見てくれないとわからないかもしれないです。私もバリュバル殿も、正直、あんまり違いが判らないですので。」
「そうなんですよね。紹介状の件はやれることがないので、バルさんの石の件を手伝うつもりだったんだけど、それもうまくいかないんです。なんでなんだろう。
「悠殿。あなたのその力の権限は最近なんですよね。今まで師事して体系的に学んだことも?ない。そうなら解呪なんて高度な術をそう簡単に行使できるとも思えないんです。」
「そうなの?」
悠のポカンとした質問に、エルフィールはあきれたようにうなずく。
「あなたの故郷には魔法が使える人がいませんでした?実際のところ、私にも力はあるけど、占術系の力に調整して、5年、修行してまともに使えるようになったのは本当に、最後の5年目です。攻撃系や生活系も一応平行して学びましたが、鳴かず飛ばずで終わりました。解呪なんてすごい力だと私の感覚だと10年ぐらいは修行しないと、箸にも棒にもかからないのが普通じゃないかと…。」
そうなの?と首をかしげる悠。だがその横でバリュバルもうなずく。
「そうだぞ。俺も多少は多少は使えるが、探知と気配の操作なんかの簡単なやつぐらいしか結局ダメだった。あんなでっかい石の解呪なんて、俺の感覚からしたら、熟練でも1個で魔力を使いつくしてしばらく何もできないぐらいでは…。」
「ですよね。私もリィンの探索でものすごい行使したので2,3日は何もできません…。」
そんなに魔法とはハードルの高いものだったのか。これは、こちらくるときに「魔法の力」って言わないでよかったのでは。…とはいえ、何もないよりは絶対よかったはずなんだけど…。
この力のことがわかってから、悠はメルセデスに頻繁に質問するようになった。
ーほんとに自分の力はあなたの言う「かかさま」から授かったものじゃないの?
メルセデスは首を振るばかりである。そんなメルセデスだが、なんと一つ能力を持ってきたということだった。
「動植物の生態と植生の知識が頭に浮かぶ力。」
とメルセデスはこともなげに答えた。ああなんて頭がいいんでしょメルセデス…。人間みたいにファンタジー的なことをいろいろ考えない分、原始的で力強い力である。「むしろみんなこういうのじゃないの?魔法?…へぇ。火だって自分で起こせるし、水だって水辺にあるのに、わざわざ自分の身体から出したいの?人間ってなんか不思議なこと考えるわよね。」とメルセデスには鼻で笑われた。
「そうなんだ…。でもエルフィールさん、リィンさんはもっとすごい魔法を使えるんでしょ??」
「まぁそうですね。でもあいつは…。あんまり魔法使わないですね。ケチなんで…。旅の途中もぶん殴るとか蹴るとかでの解決しか見たことないかも…。気取ってる割には短気なんですよね。すぐ手がでるんだから…。」
思わぬところでぶつぶつと文句を言い始めたエルフィールに悠は肩をすくめる。
「ま。でもリィンさんの捜索、急がないといけない理由わかりました。私がついて行ってみたいことも理解してもらえました?んじゃ行きましょ。」
※※
一時ほど歩き、着いたところは深い藍色を湛えた湖だった。雨はすっかりあがり、陽光がキラキラ水面を反射する。悠は大きさについて全く想像できていなかったが、かなり広大な湖である。周囲は木々に囲まれており、向こう側に見える山の稜線に沿って湖の先は曲がっているようで、向う岸は見えない。
「ニンフって、歌で人を惑わして、人間の舌を食べるっていうあの伝承とかで出てくるやつですよね。」
エルフィールが聞き捨てならないことをぽつりとつぶやく。
「え。ちょっと…。なにそれ…。そんなんもっと早く言っとくことじゃないです…?」
「いやぁ。ごめんなさい…。だってさっき思い出したんですもん。小さいころよくばあやが読んでくれた話の一個にあったなぁ。あれ?って…。」
頭を掻きながらてへへというエルフィールに、バリュバルがそういえば、と切り出す。
「それは知らんが、戯曲で聞いたことがあるかも。」
「へぇ。どんな内容?」
「たしか、ニンフに捧げものをして綺麗な歌声を手に入れた歌手の男が、見返りをきちんと払わず怒ったニンフに湖に引きずり込まれて食べられる、みたいな話だったような。」
「…。」
そんな話はもっと早く言ってほしい。
「とはいえ、だ。伝承やなんかに出てくる魔物の姿は本当にいい加減なのがいっぱい混ざってるからな。人間にとって面白いように作られているので、悪役として定番のオークやワーウルフなんかが実際会ってみたら実に気のいいやつらでそのまましばらく村にすんじゃったなんて話も枚挙にいとまないほどあるぞ。地方の分布種族種類や生育環境によってもかなり違ってくるらしいし、あんまり先入観を持つってのも、いかん。」
「ですよねぇ。ほんと魔物の話ってあてになんないんですよ。面白おかしくするための脚色がたくさんあるから。…とはいえ、一応、聞いときますね。バリュバル殿、悠殿、歌は得意です?先に言っておきますと僕は音痴です。」
「…あんまり。」…というか、悠にはこの世界の歌が何一つ歌えない。
「おなじく…。」
「なるほど。ニンフに会いたいような会いたくないような難しい感じです。まず湖の周辺の探索から始めようかと。近くにいれば、「精霊の寝床」の反応を感じるはずなんですよ。ちょっと私も実際こういうケースが初めてで、どういう感じになるのか、実践で御覧じください、というかんじでして…。」
※※
悠たちはしばらく、湖の周辺を散歩してみた。水辺にあまり近づきたくないような気持になった悠だが、二人もどうやら同じ気持ちのようで、少し距離を取って散策を続ける。
「いませんね…。」
「ニンフにも会わなけりゃ、あいつも見つからない。困ったな。」
「水辺に行ってニンフを見つける方を優先します?」
「そうですよね。でもちょっと疲れませんか?あの岩のあたりでちょっと休憩しましょうか。歩き通しなので。悠殿には本当に申し訳ない…。」




