第14話 魔眼の発動?
その日の午後、悠はバリュバルに頼まれて装飾品の積み上がる書庫で、宝石とにらめっしていた。
「悪いな。悠の手紙もまだ見つかってないのに。」
困ったことが起きているとバリュバルが言うには…。
「こんなにいっぱい…」
ペンダント状のものから指輪、原石など、そこには赤い石が積まれていた。
「通常は、エグ•リリラの石はペンダントにして首にかけるが、まぁ指輪やその他の装飾品にるするものもいる。ただ、こっちの山は大きさ、軽さから全く別物なのが疑いのないもの。」
よく見ると山は2つに分けられている。右の山には小ぶりな石や軽石のように細かい穴の開いたもの。バリュバルは不要なほうの山をざっと蓋のついた箱に閉まった。残ったのは5つほどの石だ。
「これがどれがそうなのかさっぱり分からなくて困ってる。」
「そもそも私にはどうして自分の縁のものがわかるのかすらわからない」
「エグ•リリラの民は産まれた時に親から1つの石を渡される。それは生涯持ち続け、死ぬと故郷の鉱山に返される。子供が産まれると近くの鉱山でその子の守り石を探す。同じ鉱山の同じ領域で産まれた石は呼び合うので、こうやって」
バリュバルは胸元から赤い石を取り出すと、山近づける。
「近づけるとまぶしいばかりに光り出す。共鳴するようなイメージかな。」
「…これらはまっったく光る気配もないね。だからこれは全部違うってこと?」
「それが、そうでも無くてな。普通こうやって思念を込めれば多少共鳴するので、その強さで我々は見分けしている。たがこれは」
「やっぱりまっったく光ってるようには見えない。」
「そうなんだよなぁ。なんというか、作りもチェーンの様子も飾り石についた刻印も間違い無くエグ•リリラ石なんだが、全くちらとも光らない。」
「うん。色もなんかこれ。うーん。」
悠はその1つを窓際に持っていき光に当ててみる。
「なんか色が変というか。こことか、ちょっとくすんでるよね。」
「そうか?そう言われてみると…いや、わからん。悠、お前ほんとに目がいいんだな。」
悠はバリュバルから石を取り返すと、彼の石とくすんだ石を両手に持って交互に見比べる。くすんだ石を窓際の光にかざし、首をひねって考え込んだ。
窓を半分開けて陽の光を入れる。本物の方は陽炎のような陽光を浴びて透明なオレンジに輝き、夕日が透けて閉じ込められたような朱色の宝石だ。カットされておらず水に磨かれてもいない尖った断面のフォルムは切り立つ断崖絶壁の押し上られた岩のような真っ直ぐで陽の光を反射して書庫の壁面に赤い影を落としていた。
対してもう一方。光に当てると同じように輝くが…。
しばらく左右に振ったり手の中で転がしていると、ふとどこか暗く鈍く黒い影が、入る瞬間があることに気づいて悠は訝しんだ。
ぼんやり黒く捉えどころのない影。
「あれ?」
窓の光が当たる方向、そこから右へ動かして光の当たらない方向へ、…違う。左右へ平行に動かして目で追う。
左目をつぶって次に右目をつむる。悠の場合は左目のほうが視界が狭い。ぼやける狭いその視界で光を手のひらで遮る。何か黒いものが動いたような。
よく見えないため左目と右目を交互につむる。左右の見たものを統合させるように。そうすると徐々にはっきりとその黒い影が見えてくるような錯覚に陥る。
頭がクラクラする。徐々に両目でもはっきりと見えるようになる。視界が暗闇の世界に慣れていくように。夜の帳が下ろされて昼が夜に変わるように…。
その宝石に絡みついた黒い筋をはっきり悠は視界にとらえた。
黒い筋は赤い石に絡み、太くなったり細くなったりしながら気持ちの悪い動きで蠢いていた。
膨らんだり細まったり気持ちが悪い。
だが、目が離せない。
悠は無意識にそれを睨んでいた。身体が強いストレスを受けたように震えるが、同時にその黒いもやも自分の体に合わせて震えるような動きで収縮を繰り返している。
ああ、もうダメ。
石からは白い煙のような細長いもやが染み出し、うねりながら空気に溶けていったが、悠は、それをみることがかなわなかった。
悠の視界には天井が、次の瞬間床が広がり、そのまま気を失った。
※※
白いベッドで目覚めたとき、悠の側には小柄な老婆がいた。
「目が覚めましたかい。おっと、起きちゃだめだよ。そのままそうっと、そうっと。そうそうゆっくり体を起こして。」
悠の背中を支えながらゆっくり起こしてくれる。
「あたしっ。なんっ。えっ。倒れっ?」
混乱してろれつが回らない悠に、老婆はゆっくり落ち着いたように諭す。
「気がついたのは良かったが、まだ起きちゃだめだよ。ほら猫ちゃんも心配してる。」
メルセデスがにゃと一鳴きして、ベッドにぴょんと飛び移る。悠のお腹に飛び乗り、とうやら寝ていろということらしい。
悠はひとまず大人しく体を再度横たえる。
老婆は何やら外に出てどこかへ行ったがすぐに戻ってきた。
開け放した扉から続いてバリュバルが滑り込んでくる。
「ユー!大丈夫か!?」
顔色が目に見えて青白い。そのままの勢いでベッド際の床に膝をついて悠の手を取る」
「大丈夫か?頭は?気分は?ああ、ほんとうに悪かった…!俺があんなことを頼まなければ…」
「お待ちよ。彼女びっくりしてるじゃないかい。暑苦しい。病人に迫るんじゃないよ。ほら、そっちに椅子あるから、この辺に落ち着いてすわりよ。」
老婆は飽きられたような顔をしてスツールを引きずって悠から少し離したところに置いて示す。
「このにぃさんずっと扉の前でウロウロして10分おきにまだ目を覚まさないのか大丈夫なのかってうるさくて。向こうの部屋に隔離してたのさ。さ、この布で目を覆ってな。」
老婆はふふふ、とこの上なく楽しそうに笑うと悠に冷えた布を渡す。
「あ、だ、大丈夫です。もう。」
悠は断ろうとするが、老婆は首振って、エプロンのポケットから手鏡を取り出し、悠の前にずいっと近づける。
「げっ。なにこれ。」
悠は呻いた。鏡の中にある見慣れた自分の顔。
ただしその左目は血走ったように赤い筋が入り、黒目の周りに血腫のような染みが広がっていた。
「そっちの目だけでいいからしばらくこれ当てときなさい。」
呆然としていた悠だが老婆の言う通りに左目にタオルを当てて、バリュバルに声を掛ける。
「私倒れたの?どうしたんだろ私。」
「ああ、窓際で熱心に石を見てたと思ったぴくりとも動かなくなってな。そのうち崩れ落ちて気を失ってた。」
2人顔を見合わせて、わけが分からないというように肩をすくめた。
「それはな、おそらくこれじゃよ。」
老婆はサイドテーブルに置いてあった紙の包からそっと赤い石をとりだす。
バリュバルは体を震わせると手で老婆の持ったものを押しのける。
「今じゃなくてもいいだろう。」
苛ただしそうに言われるが、悠はその包みを体を動かして、取ろうとする。
「バリュさんもう大丈夫だよ。目がなんか変だけど体はなんとも。元気そのもの。すみません、それ見せてください。説明してください。」
バリュバルはしばらく老婆の手元と悠の顔を見比べて沈黙していたが、やがてため息をついて口をひらいた。
「これは、ユーが倒れたときに手に持っていた石だ。で、これが、俺の石。」
すっと2つを近づけると、にわかに淡い朱の光が石の周囲に沸き起こった。
「…ひかった。光ったよ!」
「ああ、一族の共鳴のときはこんなもんじゃないんだぜ。…でも、反応したことは確かだ。突然に、悠の持ってたこれだけ光を取り戻したんだ。」
「そうだ。この石は解呪されたんだよ。」
「…解呪?」
「そう、あんたさんの目はおそらく魔眼と言われるものの一種だ。」
魔眼。魔法が使えると楽しいだろうなとは思ったが、魔眼…。いや、私は何ももらわずこちらにきたんだったはず…。
「私も長いこと書庫にはいっとらんし、忘れておったわ。そもそも石っちゅーのはな。自然の気や人の念もこもりやすい。長いこと淀んだ空気に放置されたり呪われたものと一緒にあったせいで呪われてしまったんじゃろ。
魔眼には、何通りもの種類があるが、呪いを掛けるものが邪眼、呪いを解くものが聖眼と言われることもある。あんたのは聖眼かもしれんが私のような衰えてしまったもんには、もうよくは分からない。」
「そんな、聖眼だなんて、そんなものに心当たりは…」
「あんたこんなことをしかでかしたのは初めてかい?」
「はい…。 」
「それじゃあ、いずれ大きな町で師匠について修行したほうがいい。」
「…あなたではダメなんですか。ええっと」
「ババと呼びんさい。ここではそう呼ばれとる。」
「ババさん。」
「私では難しい。もう力も衰えててそんな威力もないでな。ここでは、私ぐらいしか魔術に触れてるものはおらん。あとは、知識をお持ちなのは奥方さま、ジャイルーン様ぐらいだが、それでも師事を受け付けるほどの力は持ってない。」
なんと…。自分にそんな力があるとはとても思えないが、王都に行かなければならない理由は次々でてくるのね。
悠はため息混じりで天井を見あげた。




