第12話 早朝の論争-1
悠は早起きである。根詰めた作業には生活リズムが大事だと思っているので早い段階で使用人たちが起き出す少し前から食堂でお茶を片手に上ってきた朝日を庭に面した窓に入れながら書き物をするようにしていた。
珍しく、扉を開けて人が入ってくる。バリュバルが悠に小さく片手をあげて眠そうなあくびを盛大にしながら向かいの席に座った。
「ひさしぶり。」
あらかたな分類は4日ほどで終わったため、おとといから悠は書の部屋、バリュバルは宝飾品となんだからよくわからないものの部屋にこもって収蔵品とにらめっこしていた。
自分で茶の入れ方を確認してセルフサービス状態で自由にティーポットに茶を注ぎたしなんでいるので、まだ下女達は誰一人として食堂にいない。もう少ししたら起き出して給仕してくれるだろうが今は誰もいないので、悠はお茶の残ったティーポットを指して勧める。間もなく前日の現れていた茶碗をもってバリュバルがやってきて茶を注ぐ。こういったとき悠は絶対に給仕をしない。バリュバルは当然のように自分で何もかも身の回りのことをする。エルフィールだとぼんやりちょっと待って誰もやってくれるものがそばにいないことににはっと気づいて自分で茶碗を取りに行く。
バリュバルはしばらくぼんやり朝日を眺めていたが、悠のそばにある書き物のノートーー2冊目に突入していたので机に無造作に置かれた1冊目を何気なくパラパラとめくる。
「すごいな。年表かな。文才に加えて絵心もあるのか。」
「あ、それは地図本の要所要所をまねて写しただけ。オリジナルじゃないよ。」
3ページに分けて西方、中央大陸、東方を大雑把に記録したものだった。
「それはそうだろう。だが必要なところ以外をうまく省略して1項に収めているな。」
しばらくパラパラと本をめくっていたバリュバルに悠は今なら、とまだ自分に足りない地域の詳細と、ずっと前にエルフィールから聞いた話の検証がてらさまざまなことについて教授を求めた。
主に西方の地理、歴史、風土など。ただ、宗教観には踏み込まれていない。
「戦争戦争終結は王歴120年、今から60年ぐらい前になるのかな。これ以降戦争や争いは起きてないってこと?」
「そうだな。内乱はあるだろうが大きな戦争は起きてない。もともとの戦争のきっかけは、まぁいろいろあるが、大きくは西方の食糧事情だったことは知ってるかな。」
それは本には記載されてなかった。
バリュバルの話はこうだった。
もともと西方では長く国が興った気配がない。中央大陸の2.5倍は広い土地を持ちながら、南方半分は巨大な砂漠「荒涼の砂漠」の乾いた風で人々は上半分の土地への居住を余儀なくされていた。おまけに、土壌の軟弱さ、地盤の弱さで作物が育ちずらく、過去何度も飢えや乾きに悩まされる土地だった。西方の人々は中央大陸へ、食料、温暖な気候その他もろもろを求めて移住するものが多く、王歴0年の以前から少しずつ移住者が増えていた。
「中央大陸では迫害が多いのは不思議な力を持った人がたくさんいるから?」
「それもある。だが、それを言ったら中央大陸に先住のライビリアにだって協力な魔法使いはたくさんいるだろう。オリアルラ達に至っては精霊を呼べるんだぞ。我々から見たら化け物だしな。伝説通りなら腕6本だなんてそれこそ化け物じゃないか?」
ふふふ、と笑うバリュバルにつられて悠も少し笑った。
西方戦争のきっかけは中央大陸北方の穀倉地帯でのちょっとした小競り合いだったがそれまでくすぶっていた3部族の感情を逆なでしオリアルラと交流の深い古い大国メディナ、メール地帯(のちにメール王国)がが参戦し混迷とした戦いが5年続いた。
「終戦は王歴121年。俺が中央大陸に来た次の年1だったからよく覚えてるな。ま、実際には停戦だな。メディナの主導で大陸間停戦宣言が発せられた年だな。実際のところ、メディナの国庫が付きてきたことや風害や人口の増加で戦争どころでなくなったんだろうと思うがね。ちょうどそのとき西方の食糧事情が短期間で劇的に改善した。現在では当時の2,3割の移民が西方大陸へ帰郷しているという話もある。」
「へぇ。そんな短期間に?」
ここに、と悠の作った雑な地図の、1ページ目、西方地域のちょうど上部真ん中のあたりを指しながらバリュバルは説明する。
「半活火山地帯があるのだが、この中心のなんだっけ・・アナトリア火山、だったかな、がその年の数年前に噴火した。その火山灰がこちらの地域に降り注いだのだが、その火山地域の火山灰、また火山の土が偶然作物の作成に好影響を与える土だった。試しにその土を従来の土に混ぜて作物を栽培したところ、よく育つ。さらに当時品種改良に成功したバーム芋との相性もよかった。多分に偶然の産物だったが、この中央大陸に面した地域は数年で大豊作に転じ、今も生産が上がり続けているとのことだ。」
「なるほど。火山地帯の土は保水性と排水性を兼ね添えた、土ですからね。乾燥地帯に適した土だから、土地と作物と土壌がぴったりあったというわけね。」
バリュバルは方眉をわずかに跳ねさせただけだったが、内心では西方諸島には火山地帯があったかなと心に疑問符を記録した。
実際のところ、理解力、記憶力、対応の良さ、どれをとってもどこかのよく教育された貴族の令嬢なのだが、厨房で「すべての調味料を味見したいと言って舐めていた気味の悪い女性」ーー(と、最近愛想よくしてくれるようになった召使の少女の言)という奇行の矛盾が悠の人物像をとらえる邪魔をしていることを認めた。
「さて、停戦の理由。ほんとにそれだけだったのですかね。」
いつの間にかエルフィールが腕を組んで戸口にもたれていた。
しまった、悠は慌てた。バリュバルとエルフィールは鉢合わせする場所では議論を避けるべき話題だった。すでに日が昇っていて使用人たちがあわただしく食事の準備をしている時間になっていたとは。
エルフィールはであったときの仰々しい服ではなく麻のゆったりした袖付き服と白いズボンだった。悠々と歩いてくると侍女を呼んで紅茶を申し付けると悠の隣の席に、礼儀として、少し椅子を離して腰掛けた。
「丁度停戦の成った王歴121年前後、中央大陸にはもう一つの王国が興りましたね。今でも謎の多い国・メール王国。この国が興ったことで中央大陸は湿地と運河でエリンドラと面している「ピュリ・ドルク国」、オリアルラと交流の深い古い大国「メディナ」、謎多き国メールの三つ巴に突入しました。メールに王国の建国が、ちょうど停戦の年の前後、現在わが国メディナの王朝が新王朝に交代しつつあり、新しき王ミラザ・カバイル・ルードルク公はこの3国の調停と協力に奔走しているようです。そのおかげで近年実情も漏れ聞こえてくるようになってきました。メール国の官僚・幕僚には大勢エグ・リリラの民がおり、王の愛妃にも数多くの美しい黒髪の姫がおわすとのことで。」




