第11話 書庫は混沌
屋敷は主に3棟に分かれ、本棟は1階は応接室や台所、2階は倉庫、3階はサナニエル公や妻ジャイルーンの私室等、西棟は執事や下女の詰め所、東棟は客用の別邸という作りとなっていた。
問題の倉庫だが、サナニエルに案内された倉庫は2階の部屋という部屋をほぼ占拠していた。全部で15室はあろうかという部屋の実に半分ほどの6室程度が書や骨とう品などで埋め作れされており、案内されて一番に扉を開いた際は棚中、紙、紙、紙の様子に圧倒されてしまった。乱雑に棚に詰め込まれた書物や手紙、書きつけなどが危ういバランスで棚に突っ込まれており、執事のアーノルドが「最近のものならこの辺に・・・」とつぶやきながら一番手前の棚に乗った書類をかき分けて束になった書類を引き出そうと引っ張ると、雪崩のように他の書がバランスを崩し、ざざざっっと彼の頭に降り注いだ。
「ひ。こ、これは失礼をっ・・・」
とっさに助けに入ろうとした悠も雪崩に巻き込まれて「あぶぶっ。」と呻いてしゃがみこんだ。
とんでもない乱雑ぶりだった。手前の方の紙玉はそれでも紐で巻かれたり袋に詰められていたが、奥の方は強引に棚に詰め込んだようにぐちゃとつぶれ押し込まれていた。
6室すべてを開いて見せてもらったが、紙束や筒状に巻いた紙の何かに埋もれる部屋2つ、陶器や茶器、鎧や武器などが乱雑に積まれていたり悠がすっぽり入ろうかという大き目の箱にごちゃごちゃに詰め込まれた宝石や原石、装飾品などの部屋3つ、絵画が壁一面に立てかけられた部屋が1つその部屋はなんだかよくわからない銅像や壺などの大物が置いてあった。
部屋を移って棚を触るたびに雪崩や崖くずれの有様に悠は開いた口がふさがらない。
「どうしてこんなことに。」
「はい。古物全般好きの前公爵様、ダナン公、つまりサナニエル公のお父上様ですね。ダナン公がご存命だった頃は割と整理していたのですが、サナニエル公はお父様の遺物にはあまり興味は示されない方でして。とは言え古物売買の名前だけは玄人筋にも知れ渡っておりまして、蔵ごと買ってくれという依頼もあとをたちません。でこのようなありさまに」
白ひげの執事、アーノルドは、亡きダナン公を思い出し感極まったのか、あるいは自分の苦労を表現できる機会に恵まれて、感涙に堪えなかったのか、眉を寄せそっとハンカチで目頭を拭いながら説明した。
「と、とりあえずこの辺を…」
と手前のほうの変色してない紙の束をそぅっと引き抜こうとするが、奥の方で他の紙に引っかかっているのか、抜けない。強引に引っ張るとまたもや雪崩。
上の方からガバっと一塊抜こうとしても雪崩。
悠は、ため息をついた。
「とりあえず、アーノルドさん。」
「はいっ!」
「このままじゃ、無理ですね。何処から探していいかも分からないし文書、手紙、本、バラッバラ…。まず分類、そう分類した方がよさそうです。マスクと頭巾を人数分お願いします。紙とペンも」
悠は、紙とペンを受け取ると下女を、捕まえて、紙、本、装飾品など分類を書き付けてもらいそれぞれの部屋に並べた。最後の部屋に「不明」と「ゴミ」と書いた紙を置いた。
気づけば分類、清掃、目録作成などのすべての指揮を自然と悠が取っていた。すべてを完璧に分け切るのではなく、「なんだかよくわからないもの」を主の采配を仰ぐ必要があるものとして取り分けることを許容したことが、よかった。悠はそのゴミなのか貴重品なのか不明であるもの、例えば半分燃やされた本や割れた食器、つくりかけの刺繍などを「なんだかよくわからないもの」に入れてサナニエル公に頼んで時間を作ってもらい見分を進めた。
屋敷には書籍も散乱しており、悠はそうした仕訳けをしながら自分の目当てのものを探しながら読めそうな書籍に目を通した。言語はいくつかのものがあったが不思議なことに読めるものと読めないものがあった。日本語のような、そうでないような、じっと目を凝らすと日本語が浮かびあがってくるもの、見たことがない言葉なのになぜか脳に押し入ってくるように語り掛けてくるもの。ただ、どうやっても書くことはできなかった。悠がメモした文書は大量になり、この世界の歴史のメモ書き、地図(つたないが自分なりのポイントを記したもの)、年表などを多言語の教養のある執事のアーノルドが見たが、全く読めないどころかどの言葉の様子にも似てない不思議な記号としか見えないと首をかしげるばかりだった。
そうして5日ほどはあっという間に過ぎた。朝は自室に下女が運んでくるパンとスープの朝食(これが毎日決まりきった、外の固い中のもっちりした無発酵のぺったりしたパン、野菜くずと卵の入ったスープ)を取り、書庫で自分の役割をこなす、合間に読めそうな本を片っ端から読み昼食時になると台所でこれは何かあれはどう使うかなど質問しまくりで下女達を困惑させ、調味料についてかたっぱしから質問攻めにしてメモを取るという奇行にはしったときはさすがに気味悪がられしばらく遠巻きにされたが、悠に他意はないとわかると彼女彼らも気にしなくなった。下女や使用人らにとって日常のそういったことを知らない人種は自分で自分の世話をする必要のない王侯貴族だと考える。だが、貴族は普通、厨房でかたっぱしから料理器具を使ってみたり汚れた床を拭く布巾はどれかと尋ねたりしない。そうして昼過ぎになると簡単にブランチを取り(使用人たちは見学しまくる悠に、昼食をとるように勧めてくれたが、眠くなるといけないので悠は食べる習慣がない)引き続き作業に没頭、少し休んだ方が…と進めてくれる周りの言葉を聞き流して夕方まで作業を行い、夕方には再び厨房に赴いて作業を観察したり手伝いしながら過ごした。
この世界の朝は遅く、夜早い。日が沈み始めるころになると1人前以上ある鶏肉の料理と焼きたてのパンを応接間の隣にある食堂のような広間でいただく。パンにつけるジャムやバターは大瓶に入って10種類以上入口に装飾のように飾られており、申し付けると使用人が小分けしてテーブルに運んでくれる。これが楽しくて端から順番に悠は試してみたが、酸っぱい木の実のジャム(砂糖なし)みたいなものもあって、残しては悪い気がして顔をしかめながらパンとジャムとスープを交互に胃に流し込むこともあった。
探し物はなかなか見つからなかった。まずはお片付け、というところから着手してしまったため、あらかた全容が見えないと探しようがない。
ただ、1週間ほども経つと悠はまるでこの世界に生まれた人のようになりすまして取り繕って話すことができるようになった。




