第10話 あれから-2
「そういうことでしたか!そういえば先日、コカトリスに襲われて車輪の半分壊れた馬車が立ち寄っておりました。馬車を交換して荷物の一部も倉庫に置いておりますので、なくされた紹介状も入っているやもしれません。わが領地ではここが最初の貸し馬車の交換地点になっておりますので、その一行もこちらで料金を支払いの上馬車を交換していくのですよ。交易品も搭載していますので一部は買取をして査定の上交易所に出しております。そういったもろもろの利益で当領は潤っておりまして。」
なるほど。外には不思議なほどたくさんの馬車が並んでいたが、どうやらここを中継として設定していたからこそこの森を経由して進んだのか。
貸し馬車…レンタカーの貸出所みたいなものかな。と悠は自分を納得づける。
「おそらく、バリュバル殿のおっしゃるエグ・リリラの宝も、いくつかが倉庫に保管されていたと思います。ただ、どのあたりにしまったか、が。おい、アーノルド」
サナニエルが呼びかけると、老人は直立不動のままさらっと答える。
「悠様のおっしゃるものは最近のことですので…おそらく…赤の倉庫にあるかと存じますが、エグ・リリラのルビーは、そうですね…。3,4年ほど前に軽く整理した際には白の書庫、緑の倉庫など、正直申し上げると至るところで見ましたね…。10を超える数は見た気がします…。」
おいおい。そんなに倉庫あるの?悠は頭を抱えた。
聞けば、サナニエルの今は亡き父の趣味は書や骨とう品を集めることらしく、いくつもの倉庫にぎっしりと手紙、本、絵画など詰め込まれているそうである。
「この機会であるので、下女達を使って整理させよう。バリュバル殿、悠殿。申し訳ないことではあるが、一朝一夕には見つけ切らないだろう、下女達も手伝わせる故、ご自身で足労頂き見つけていただいてもよろしいかな。」
「もちろんです。探し物をするためにご宝物庫を荒らすのを許可いただいて大変ありがたい。」
バリュバルは丁寧に返答する。
「私ももちろ異論ありません。お手伝いいただけるとのこと心強いです。」
悠も見習ってうなずく。
「おお。ご理解いただいてありがとうございます!わが館には旅の方の滞在も多いので離れにお客様の宿泊用別棟もございます。後ほど下女に説明させますのでしばらくのご滞在をご理解いただければと考えております。」
こうした森の中の館では当然宿など近辺にないのでありがたい申し出だった。
こうしてバリュバルと悠の話は容易にまとまり、話はエルフィールの持ってきた水晶の話に移り変わる。
「これは。なんと不気味な・・」
話を聞き終えてサナニエルは眉をひそめて黙り込んでしまった。
「ここは「魔の森」で間違いないでしょうかね。」
サナニエルは問うエルフィールに渋い顔を向ける。
「そのように見えますな。ただエルフィール様、今現在ここは「魔の森」と呼称しておりません。今から30年ほど前に「ダナンの森」という呼称に改めようという動きがございまして。新改訂の地図にはその呼称で載せるよう交渉中ではありますが。その、100年も前は魔物が闊歩した危険な森ではあったのですが、開発も進み徐々に改善はしております。…が。」
サナニエルは額に手を当てて考えこんでしまった。歯切れの悪い様子にエルフィールはオウム返しに返す。
「…が?」
「実は、ここ数年ほど、ーーいやぁ…あれはいつ頃からだったかな。不確かではあるのですが、どうもまた魔物が増えてきているような報告もあがってまして…。」
うーんとサナニエルは黙り込んでしまう。
「魔物、というとクリプテッドベアやコカトリスなどですかね。」
悠は立った数日で出くわした様々な生き物たちを思い出した。クリプテッドベアなどはかわいいものだったがあの巨大な鳥、コカトリスと言われた生き物や道中であったグリズリーなどは思い出しただけで身の毛もよだつ狂暴そうな容貌を見せた生き物たちだった。
「クリプテッドベアも出ておりましたか。なんということだ…。」
サナニエルは頭をかかえる。
「もともとこのあたりには多種多様な、狂暴な魔物達も多く生息しておりました。人間と意思の通じえない害獣に分類される魔物、コカトリスやグリズリー、クリプテッドベアなど、また北の他領との境界には大きな湖を持っておりまして水性の魔物、ニンフやエギドなども住んでおりました。しかし、先代の父の時代、北の国との協力も得て森の通行を妨害する狂暴な魔物を駆除しており、そのかいもあってここ数十年は穏やかな魔物達、北との境界を収めるニンフや、森の番人、羽鳥などの、人間に比較的友好的な魔物しか残しておりませんでした。」
「そういえば武装蟻もいたな。」
バリュバルが思い出したことを付け加えるとラウールとルナも同調する。
「あれは、ここらでは見たことがなかったな。バリュバルさんがいなけりゃ厄介だったかもしれない。」
ラウールが考え込むように口元に手を当て言った。
「なんとラウール。昨今は村も男集が減っていよう。防衛も今以上に固めないとまずいだろうな。」
「ああ、あんたさんのとこの兵も借りちゃいるんだが、狩りや村の建築の人手に遣わしてもらってるよ。北方の地域の動きも怪しいし見張りも昨今は多めに立ててる!魔物に怪しい人間に、問題山積みだよ。」
聞けば屋敷より東に位置する彼らの村は北に向かう街道との分かれ道付近に位置するらしく、北方と行き交う旅人もしょっちゅう見かけるそうで、旅人崩れの強盗夜盗も増えてきており警戒を強めているそうだ。
ラウールの自由な物言い口調に、少しびっくりした一同だったが、サナニエルが気安く答えたことで、彼の気安さの中に親しみや親愛が見て取れたことで、村の人々のとの良好な関係もうかがえて悠には好ましかった。
※※
用意された部屋でそれぞれ落ち着いたところで、悠の部屋をノックするものがあった。
「さて、私とラウールは用が済んだのでお暇するね。」
ルナがにっこりと笑顔をたたえて佇んでいた。
「あ。ありがとう。寂しくなるけど、またね。」
悠は手を差し出す。その手を不思議そうに見ていたルナだったが、やがて両手で手を握りぶんぶんと振り回す。
「うん!またお話しよう!」
ルナはしばらく、悠の何の邪気もない笑顔に見とれていたが、ふと真剣な顔になると、扉の内に強引に身を割り込ませ、ガチャと内カギをかけると悠の顔を覗き込む。
「ねぇねぇ。言おうか迷ったんだけど。貴女のこと気に入ったから忠告しておくね。」
「ここの屋敷では十分気を付けて。」
ルナが声を潜めて言うには、この屋敷には妙な噂があると。
旅人がそりゃもうひっきりなしにやってくる大人気のお屋敷なんだけど、どうも妙なことに帰ってくる者の人数が少ないような気がするんだ。
悠はそう言ってしかつめらしい顔をし眉間にしわを寄せてから悠にささやく。
今代の領主様は本当に良い方だと村人もみんな認めているけど、不思議よね。どうして訪れた人と帰ってきた人の数がこんなに違うんだろう。
「さっき話に出てきた北方に行ったのでは?」
「この城の北側は危険な湖、崖地も多くてわたるには不適当だわ。西方はもう森を抜けたら海よ。」
ルナは首をひねる。
「しかも商売目的でなさそうな貧しそうな旅人やかと思えば貴族風の女性の二人連れとか、特徴や老若男女もバラバラで。なんでこんなにお屋敷に訪問する人が多いんだろう。私ほかの土地には住んだ来ないけど、こんなもんなのかな…?」
不安げに首をかしげるルナに、答える情報を悠も持ってはいなかった。




