33話 『元』橋姫ガールと公園デート(終盤戦2)
「なあ璃世。今日、オレはヘマばかりしでかしたけど、その中で印象に残ってるやつとかあるか?」
「今日の失敗で? ……言っていいの?」
「どんとこい!」
過ぎたことでずっと落ち込んでいるよりも、笑い話に昇華させたほうがいいに決まってる。
こう思えるのも、璃世はオレのことを受け入れてくれることを実感したからだ。
忘れていた感覚を、思い出した。
オレが過去のことを吐露したときに知った『実感』のはずなのに。
まったく、『囚われる』というのは怖いな。
「んー、カフェの時のやつかなあ。ほら、颯君ってば買う前のクロワッサン食べようとしたじゃん!」
「あったなー」
「さすがに驚いたよ! トングとか使わずにクロワッサン鷲掴みで、それで掴んだ手を口に近づけていくんだもん。もう必死に止めるよね」
「その節は、とんだご迷惑を……」
「結局食べてないんだからいいじゃん! それだけおいしそうだったんだなーって思ったよ。颯君、クロワッサン好きなの?」
「まあ好きな方だよ。ひし形のやつもあるけど、やっぱり三日月フォルムがたまらない。外の『サクッ!』と中のしっとりの対比も素晴らしいというほかないよな。香りよし、見た目よし、食感よし、味よしの四拍子が揃ったクロワッサン、好きだなぁ……」
「あれっ、なんか嫉妬しちゃいそう」
璃世の口から『嫉妬』という言葉が出るのはいつぶりだろう。
長らく出てきてなかったから、どこか新鮮。
思えば、この『嫉妬』が全ての始まりだった。
でも今は、ツッコミの要領で言っているみたいなので大丈夫そうだ。
「璃世ー?」
「……ああっ、私ったら。ごめんね!」
「もちろん璃世の方が大好きだから安心してくれ」
「あ、あとっ!花の丘での間違いは驚いたなー!!ははは」
急に話を逸らされてしまった。
顔が赤くなったまま、次の失敗話に移行する。
『ははは』と口に出しているのはご愛嬌。
「あれか、アサガオをヒマワリと間違えて解説しようとしたやつか」
「それそれ!」
「確か、璃世も普通に困惑してたよな」
「素直に、颯君の目には何が見えてるのかなって思った」
「オレもアサガオにしか見えなかったよ。見えなかったはずなのに……!」
「アサガオをヒマワリって言い張るくらいには緊張してたってこと?」
「まーうん、そうだな。その前にも結構やらかしてたから」
「それじゃあ仕方ない仕方ない!」
「仕方ないことなのか……?」
アサガオをヒマワリと間違えたのは『仕方ない』で片付けてしまっていいのかは分からないが、璃世がいいって言うならいいのだろう。
陰に覆われた心の中がだんだん晴れていく感覚がする。
やっぱり、話すと気持ちが軽くなるな。
これも、璃世のおかげ。彼女にそのことを話すと『私は何も……』とかって言いそうだけど、それでも璃世のおかげには変わりないと思っている。
──────────
「ねえ。そういえば、颯君はここで告白するつもりだったんだよね?」
「……うん」
「別に考えてた言葉があったらしいけど……。良かったらその言葉、教えてほしいな」
告白の話。
一呼吸置いてから、満を持して話題にしたように思う。
璃世の顔はさらに真っ赤になる。
拳は硬く握られていて。
『俯かない!』と決心した心が見え隠れしているようで。
オレは璃世の方を向く。
お互いの距離が自然と近くなった。
「──好きです、璃世さん。もし良かったら、この手をとってこれからも一緒に歩んでいきませんか?」
手を差し伸べてみる。
その手を、璃世は固く握りしめた。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
しばらく余韻に浸る。
これが、本当は言いたかった言葉。
告白の言葉を2度も言うなんて、不思議な気分だ。
「璃世、これが考えてた言葉だ。……どう?」
「……すっごいロマンチックだと思う」
「こんなこと聞くべきじゃないかもだけど、入園ゲートの近くで言ったのと今のとではどっちの方がいいと思った?」
「……言っていいの?」
「うん」
しばしの静寂が訪れた。
悩んでいるようにも、口をつぐんでいるようにも見える璃世の姿が、そこにはある。
「入園ゲートの時の方がよかったかも」
「そ、そうか……」
必死に考えた言葉、アドリブで発した言葉に負ける──。
ちょっぴり寂しい気持ちになる。
でも、『うれしい』という相反する感情も同居している自分がいる。
「どっちもいいことには変わらない。そこは分かって。さっきの言葉は、ちょっとロマンチック過ぎるというか、付き合うときじゃなくてプロポーズの時の方が合ってそうというか……」
「改めて言われると、そうかもな」
「入園ゲートで言われた言葉はね、ちょっと前にも言ったけど、純粋で真っすぐな気持ちが伝わってきたの。それがうれしかった」
「……オレもうれしいよ」
「え?」
璃世が困惑の表情をオレに向ける。
「だって、初めて気持ちを伝えた言葉の方をいいって言ってくれてるんだし、オレはこれでよかったと思う。やっぱり、好きな人には好きな人にとっての1番の言葉を贈りたいしなっ!」
精一杯の満面の笑みを璃世に贈る。
彼女にも笑顔が戻ってきた。
「私ね、等身大の颯君をずっと見ていたい」
「等身大?」
「背伸びしている颯君もいいけど、そうしたら私との距離は遠くなっちゃう」
「まあ、確かに。オレと璃世は同じくらいの身長だし」
「それに背伸びをすると、こうやって──」
気づくと、璃世の顔が近くにあった。
お互いの呼吸音が聞こえる。
心臓の音だって聞こえてきそうだ。
身を乗り出しているかのような格好。
あまりに近い距離。
つい、目も閉じてしまう。
しかし、どれだけ待ってもなにも起こらない。
目を開けてみる。璃世の顔は、まだ目の前にあった。
しかし、動かない。固まっていた。
1分、2分と時間が過ぎていく。
葉っぱを揺らす音と、璃世の呼吸音が聞こえてくるだけ。ちょっぴり荒い、璃世の息づかい。
そして、彼女の顔はオレから遠ざかってさっきまでの位置に戻った。
「璃世、さん?」
「ううん、ごめん。やっぱなんでもなかった」
「うん……」
そうとしか言えなかった。
オレもいろいろと冷静じゃなかったから。
このドギマギする時があるのも、きっとデートの醍醐味。
予定していたよりもかなり早く終わってしまった今回のお出かけ。しかし、璃世との間に結ばれた絆や育まれた愛情はとっても大きなもの。
──今日は、本当に璃世と一緒に過ごせてよかった。
感謝も込めて、璃世に向かって微笑みかける。
きょとんとしていたが、すぐに微笑み返してくれた。
笑顔で溢れる明日を迎えるために、頑張っていこうと決心するのだった──。
「ねえ、これからどうするの?」
「オレの予定じゃ、この後は駅に戻ってお別れのはずだったんだけど……」
「それ、予定してた時間帯は?」
「……夕方です」
今は、お昼をやっと過ぎたころの昼下がり。
夕方と呼ばれる時間じゃないことは明白だ。
照りつける太陽も『今はまだ夕方じゃない!』と、きっと反論している。
「颯君、このあと予定ある?」
「特にないけど……」
「なら、もうちょっと遊ぼうよ!」
「この公園で?」
「いや、公園の外で」
「どこに行くか決まってるのか?」
「それは……。うん、歩きながら考えよう!」
先に立つ璃世と、先に立った璃世に手を差し伸べられて立つオレ。
デートはまだまだ続く。延長戦の、始まりだ。
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